第一章 アンダーグラウンドの少年

1-1.

 ケイグラン・ヤーゲントは、惑星アースのアンダーグラウンドに暮らすジャンク屋の少年だった。


 アース。すなわち、大地。


 大地の下のアンダーグラウンドは、その本体の名前であることに反して、追いやられた人々、あるいは逃げてきた人々が暮らす世界だった。


 ケイグランは毎日の日課になっている、ジャンク探しに出た。


 アンダーグラウンドの出口になっているトンネルを抜け、地上に出る。バイクボードを器用に操って、廃棄物の山を通り抜けて、地上の郊外を走るハイウェイに出た。目指す場所は、産業廃棄物の処理場だ。


 地上とアンダーグラウンドは、まず匂いが違う。地上の空気は生命感がある。対して地下の匂いは死の匂いだ。いや、死ではないな。地下の人間は、それでも必死に生きようとしている。彼らが発するのは死の匂いではない、生きることに苦しむ苦痛の匂いだ。


 それこそが生の匂いだと言えなくもないが、本当に生きていると言えるのかどうか、本人たちすらも疑問でしかたがない住人は、アンダーグラウンドの生活臭を好んではいなかった。ケイグランとて同じだ。


 地上の匂いは気持ちよい。空気が美味しいとはこのことだ。


 風を受けながら、バイクボードを進め、廃棄物処理場に到着した。


「地上の連中は、物を簡単に捨てすぎる。ほら、この演算キューブなんか」


 ケイグランは廃棄物の山から顔を出している、手のひらサイズの立方体を掴み取った。


 両手の中にキューブを置いて念じると、キューブは淡い光を出し振動をはじめる。


「使えるな。エネルギー供給の効率が少し落ちているだけだ」


 そう言って、持ってきたリュックに詰めた。


 彼が使ったのは、NuMA能力と呼ばれる力だ。この世界のあらゆるデバイスに組み込まれている演算モジュールや通信モジュールに直接介入できる。アンダーグラウンドの人間なら、誰でも持っている力である。


 そして、地上の普通の人間は持っていない力である。


 NuMA能力を持つがゆえに、彼らは地上を追われ、地下へと逃げてきた。アンダーグラウンドは能力者の世界だ。


 その後も、いくつかのモジュールや、もう少し原始的な機械類をかき集め、リュックに入るだけ突っ込んでいった。そうこうしているうちに、リュックも満杯になり、さて今日の獲物はこんなところで満足しておこうかと思ったときだった。


 地面に小さな棒状の金属が落ちているのを見つけた。


 金属——いや、キューブと同じ素材のように見える。


 ケイグランをそれを拾って、目の前にかざしてみた。指先から思念を注入、ぼうっと光ることを確認する。何かしらの素子であることは、間違いないようだ。


「素子っつーか、アクセサリみたいだな」


 ためしにこれまたそこらに落ちていた細いチェーンをつなげてみたら、丁度よい具合にネックレスになった。


「光るネックレスだ。悪くないな」


 首にかけて、バイクボードに手を乗せた。成果は上々。まだ日も高い。


「シティに行ってみるか」


 ハイウェイの側道に、バイクボードを移動させて地面を蹴った。普通のバイクボードはバッテリーを搭載しているが、ケイグランのそれはNuMA能力によって駆動されるために、バッテリーを積んでいない。それゆえに軽量で小回りがきく。なにより操縦者の意のままの運転ができるので、機動性が著しく高い。


 逆に言えば、見る人が見ればNuMA能力者だとばれてしまうので、ひとけのない場所でしか使えなかった。シティに行くのは自殺行為なのだが、まあ市街地まで行かずともカフェスタンドで休憩するくらいなら問題ないだろう。


 快晴であった。こんな日にバイクボードを飛ばすのは、実に気持ちがよい。空気の流れが、ケイグランの頬を撫で、少し長めの髪を揺らす。そろそろ床屋にいくべきなのだろうが、アンダーグラウンドの床屋はいまひとつ腕が悪い。


 そんなことを考えながら、ハイウェイを二〇分ほど北上した。


 たどり着いたのは、道沿いのカフェスタンドで、駐車場にバイクボードをとめて店に入った。


 一歩踏み入れて、まずいと思った。特殊警察の男が数人、休憩をしている。


 距離をとろうと思った。そして悟られないようにしなければと思った。心を静めて、念が漏れないように気をつけなければいけない。


 つとめて平静を装いながら、カウンターでカフェモカを注文する。品物が出てくるまでの時間が長く感じる。クリーム少なめでいいから、早く出してくれ。そんなことを考えながら、出てきたカップを奪うようにつかみ、店を出ようとした。


 ピーッ、ピーッ。


 特殊警察のアラートが鳴った。


「どうした?」


「センサーが反応した。能力者がいる」


「NuMAか?」


「そうだ。おい! 店内の人間は動くな!」


  カウンターの向こう側の店員が一斉に不安そうな顔をする。なるべくなら 店内で騒ぎを起こして欲しくないのだろう。


 ケイグランは迷う。ひと暴れして逃げるか? それとも、やりすごせるか?


 目を閉じる。呼吸を整える。落ち着くために、カフェモカを一口飲む。


 特殊警察の隊員が、センサーデバイスを持って店内の客をひとりずつチェックしていく。やがてケイグランのところにきてセンサーデバイスをかざした。


 軽く呼吸。


 センサーは反応しない。


「ふむ。……変だな」


「よく調べろ。何なら匂いでも嗅いでおけ。地下の連中は匂いでわかるからな」


 なんだと!


 つい感情がぶれた。


 ピーッ! ピーッ!


「こいつだ!」


 やばいと思ったあとのとっさの行動で、カフェモカを特殊警察の顔に投げつけ、距離を取る。


 どうする? 時間を稼げるか?


 店内を見渡すと、出口近くに座っている少女がいる。


 ケイグランは出口まで数歩で移動し、少女の腕を掴んで立たせた。ポケットから作業用の小型ナイフを取り出して、少女に押し当てる。


「近づくな! 一般人を巻き込みたくはないだろう?」


 少女を拘束したまま、後ずさりし、出口のドアを開けて外に出た。特殊警察の男は、ケイグランから一定の距離を維持して移動してくる。


 バイクボードに少女を乗せて、地面を蹴ってスタートさせた。


 背後で特殊警察が移動を開始する音を聞いた。


「悪いな。人質になってもらったけれど、傷つけるつもりはない」


「だろうな。そんなことしても、あなたにメリットはないからな」


 長い黒髪の少女は、少年のような喋り方をした。人質になったというのに、怯えた様子はない。安心しているのでも、ケイグランを甘く見ているのでもなく、何事にも興味がないような態度だった。


「少年、お前はNuMA能力者なんだな」


「それがどうした。それよりも、軍人みたいな喋り方をするな」


「そうか」


「そうだね。変な女を人質にしたなと思ってるよ」


「幸運なことだと思うといい。それよりも、どうして逃げる」


「どうして? 当然だろ。能力者が秘密警察に捕まったら訓練所行きだ」


「訓練所の何が困る」


「困るとかいう問題じゃない。生活を縛られて、人生を縛られて、何をするにも束縛ばっかりなんて、耐えられるもんか」


「だから地面の下に潜るのか」


「アンダーグラウンドって言え。俺たちの世界だ」


 背後から特殊警察の車両が接近する音がする。サイレンを鳴らすにしても、もう少し上品な音にしてもらいたいものだと、ケイグランは思う。


 NuMA能力者は、通常政府が保護する。保護とは名ばかりで、宇宙のどこかにあるという訓練校に集められて、拘束されると聞いている。


 自由を求める能力者は、逃げるしか選択肢がないのだ。


「逃げられると思っているのか、少年。相手は特殊警察だぞ。戦闘行為に巻き込まれるのは御免だ」


「あんたを巻き込む気はないよ。どこかで置いてやる。その後、身軽になった俺はブーストかけて逃げきるさ」


「いや、その気遣いは無用だ」


 少女はバイクボードのハンドルを握るケイグランの手に、自分の手を重ねた。


 しゅぅぅという音とともに、バイクボードが停止する。


「NuMA能力だとッ!」


 少女は停止したバイクボードから、自ら降り立った。


「私の名前は、ジャスティーヌ・ジルハック。軌道警備隊訓練校の生徒で、当然のことながら能力者だ。すまないな」


 ふたりの背後で、特殊警察の車両が停車し、隊員が降りてきた。


 ケイグランはなすすべがなかった。



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