へレティクス・グラウンド

木本雅彦

Prelude

 ある立体映画ホロムービーに描かれていたワンシーンだ。


 若い女性が男性に悩みを打ち明けている。それは仕事上の悩みで、彼女はこの先の人生の方向付けに苦しんでいた。その苦しみを男性に向って吐露しているのだ。そして男性はこう助言する。


「人生は次々と繰り返される綱渡りみたいなものだよ。君は丁度、一つの綱を渡りおえて次の綱への一歩を踏みだそうとしているんだね。そして綱の下の底の深さを見て怯えているんだ。


 そりゃそうだよね。恐いのも無理はない。落ちたら死んでしまうに違いないものね。


 だけどもしも綱の下にネットがあったらどうだい?  ネットが張ってあれば、万が一落ちても大丈夫だ。ネットがあれば安心して新しい一歩を踏みだせる。


 だから君も安心して新しい次の一歩を踏みだせば良い。君にはネットがあるのだから。


 僕っていうネットがね」


 まあまあ、そこそこ良くできた口説き文句と言えよう。


 しかし考えてみて欲しい。彼の言うネットは本当に大丈夫なのか、と。


 無くなったり、破れたりすることはないのか、と。


 そう、確かに人は何かに頼らずには生きていけない。時には友であり、時には恋人、伴侶である。また、時には信仰や信念であったりもする。何かの心の支えを持たずには、生きてはいけないのだ。それが崩れた時、えてして人は自我をも崩壊させてしまう。


 しかしこれは、本当に信頼するに足るのだろうか。それらは崩れることなく側にいてくれるのだろうか。


 否、である。


 友は裏切るかもしれない。


 恋人は去って行くかもしれない。


 信仰や信念は揺らぐ時がくるかもしれない。


 逆もまた然り。


 新たな友人や恋人が出来ることもあるだろうし、新たな信念を悟ることもあるだろう。


 万物は変化し流転する。


 人はなんと脆弱なものに寄りかかって生きているのだろう。


 例えば君が立っている大地、その大地が突然なくなることを考えてみたまえ。これまで安心して踏みしめていた大地が、ある日突然消えてなくなってしまうのだ。その存在を信頼しきっていた足元の大地が。


 支えを失った人は果てしない奈落の底へと落ちていく。果てしない、果てしない深淵の奥底へと。


 だが安心して良い。大地は常に足元にあり、大気は常に君の周囲をとり囲んでいる。地球は君を護ってくれる。そう信じて人々は日々の生活を営むのだ。


 ここに至って、諸君に考えてもらいたい。


 我々新しい人類が、どうして生まれてきたのかを。誰の手によって生まれてきたのかを。そして何の為に生きていくのかを。


 忌憚なく断言しよう。我々は迫害されている。人の間にあって従来の人にあらざるものとして、執拗に迫害されている。


 しかし我々はまごうことなく自然の産物であり、我々が生まれてきたことは偶然ではなく、大地の手による必然なのである。


 よかろう。


 我々が信ずるべきは人の間には無い。そのような脆弱なものではありえない。我が身を預けるに値する確固たる存在は、人の間には有りはしないのだ。


 我々が信ずるべきは、大地の存在そのものである。


 そうだ、大地を信じて生きれば良い。草木の命に頼れば良い。動物達との触れ合いに救いを求めれば良い。大地を踏みしめて、大気を胸に吸い込んで、偉大なる大地グラウンドのめぐみに身を委ねればよい。


 ところが我々を否定し続ける人々の行いをかえりみたまえ。彼らが大地にしてきた仕打ちを見たまえ。


 彼らは地球を汚し続けており、尚かつその事実に疑問を抱くことさえ忘れている。我々の母である地球をだ。


 これを根拠に断言しよう。彼らは自ら地球の敵に回ったことを。そして我々は地球の庇護を受けた正しき大地の子供であることを。


 そして地球を汚す者たちに徹底的に抗戦することを、ここに宣言する。


 我らはこの星とともにあるのだ。


 —— 革命家 ネオン=ジャービスによる演説記録から抜粋(二四三九年)


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