第40話 灰色の蛇
湖水がまるで激しく沸騰する湯のように吹き上がり、湖面に映る真紅の惑星を破り、禍々しい恐怖の化身がその姿を現した。
鎌首をもたげながら、ゆっくりと湖を進む灰色の身体は巨大で優に城壁を超えていた。
一見、とてつもなく大きな蛇のような化け物に見えるがそう見えるのは下半身と思しき部分だけでその上半身はこの世の生物とは思えない奇妙な構造をしていた。
多頭竜のように体から、たくさんの首が生えており、頭が付いているのに似ているがその生物は竜のようには見えない。
首のように見えるものは全て、人の上半身で生えている頭も人のものなのだ。その全てが世界を怨むかの如く、その目には憎悪と狂気が見え隠れしている。
その蛇は丘の上の敵を捉えると他の物には目もくれず、丘を目掛けて動き出した。
「あぁ、間違いないあの日のあいつだ」
レオの紅玉色の瞳が怒りに燃えるようにさらに紅さを増していました。
わたくしとレオの運命が変わったのは全て、あの蛇のせいだもの。
「ところでレオ。あなたのその瞳、何をしましたの?」
混沌の狂気を体現した存在が向かってきているこの状況で聞くわたくしはどうかしているのかもしれません。
「そこ、今きになる?」
「ええ、とても気になりますわ」
「そういえば、君って、元々そういう性格だったよね。うーん、簡単に言うと僕たちにとって邪魔な奴を喰らっただけ」
諦めたのか、肩を竦めてそう説明してくれるレオもどうかしているのでしょうね。
ん?邪魔な奴ですって…何となく想像はつきますけど、アレを暴食の権能で取り込んだということね。相変わらず、無茶な人ね。
わたくしとレオがただ、見つめ合っているうちにあの蛇が丘に着いてしまったようです。
「恨めしい…恨めしい…」
「お前らだけ、なぜ生きている?」
「お前たちのせいだ」
「死を以て償え」
気味が悪いことにそれぞれの頭部が恨みがましく、わたくしたちに呪いをかけるかのように知った顔で言ってくるのです。
「僕が彼らと親子として暮らした記憶は六歳までしかない。だけど、父上や母上がそのようなことを言う人ではないって、僕は知ってる!」
レオはそう叫ぶと奇妙な形状の剣を手にしました。気になりますけど、さすがに聞くのは後にした方が良さそうですわね。
「冥界の女王、死の女神に死を語るなんて、おこがましいとは思いませんの?」
わたくしもオートクレールを鞘から抜き、レオの隣に寄り添いました。
「ねえ、レオ。呼びますの?呼びませんの?」
「え?呼ぶって、リーナは知ってたっけ?僕の友達」
「レオのお友達?知りませんけど」
わたくしは小首を傾げ、考えてみますが思い浮かびません。その間にもジリジリと蛇は近付いてきてますけどね。
「ではわたくしが呼びましょう。ニール!!」
空に紅い稲妻が走り、空間が切り裂かれると開いた空虚な穴から、漆黒の鱗のドラゴンが六対の翼を羽ばたかせながら、出現します。
ニーズヘッグは翼を羽ばたかせ、空中でその挙動を止めると地上を蠢いている蛇に向けて、猛毒のブレスを吐きかける。
「何、あれ…リーナの友達じゃないよね?」
「友達ではありませんわ。強いて言えば、わたくしが育てたので子供ですわね」
「そ、そうなんだ」
レオの目が泳いでいるのは気のせいよね。わたくし、何か変なことを言った?言ってないわよね。
「じゃ、僕の友達を紹介するよ。キリム!」
空をつんざく轟音と共に七つの稲妻が走り、雲を切り裂いて黄金色のきれいなドラゴンが翼を羽ばたかせ、現れました。
頭が七つもあるなんて、随分と奇妙な姿をしているようね。前腕と翼が一体化しているのも飛竜のようで珍しいですし、面白そうですわね。
「ふふふっ」
「えっと、リーナさん…キリム見て、何を笑ってるのかな?」
「わたくしが色々と出来そうな気がするのですわ。わたくしの最高傑作があの子ニーズヘッグですのよ」
「怖いこと言ってる気がするけど、まぁ、いいや」
「ええ、わたくしにお任せくださいな」
冗談を言っていられるのもここまでですわね。
ニーズヘッグが上空から、ブレス攻撃と猛毒の棘を射出し、キリムも上空から爆炎のブレスを吐きかけ、強力な尾の一撃を当てています。
竜王には及ばないもののこの世界屈指のドラゴンの攻撃をまともに喰らっているのに倒れなないどころか、致命的な損傷を負った風にも見えません。
伊達にハイドラなどと神を名乗っている訳ではないのですね。
「リーナ、準備はいいかな?」
「はい、いつでもよろしくてよ」
レオが右手に持つ剣を天に掲げると充填された魔力が黒雲を呼び寄せ、雷光がわたくしたちを照らしました。
彼の凛々しい横顔に見惚れてしまい、動作がちょっとだけ、遅れてしまったものの最大に展開させたオートクレールの刃をハイドラの頭部に向けて、撃ち込みます。
文字通り、一直線にハイドラの頭部で蠢いているかつて人であったものに向けて。
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