第38話 わたくしを殺して

 大陸北洋の大海原を大型の帆船が五隻、静かに進んでいる。およそ50メートルを軽く超える甲板長を誇り、舷側に合計七十門の魔導砲を搭載したいわゆる戦列艦に属するものだ。アースガルドで海を制する最強の力と言って過言ではない存在である。


「提督、目標を補足しました」

「あれが北の狼の新造艦だと?つまらんな」


 遠眼鏡を覗き、件の新造艦の姿を確認すると男はまるで興味がないとでもいうように片手を上げ、振り下ろすだけという簡単な攻撃命令を下した。



 一方、補足されたはずの長蛇号ヨルムンガルドは気味が悪いほどに落ち着いていた。


「勘の悪い連中の割に案外、鼻が利くじゃないか」

「どうしやす、姐御」


 提督であるジーグリットに味方の艦艇が一隻もいないという危機的な状況だというのに焦りの色が見えない。


「丁度いい頃合いじゃないか。偽装を解除するよ。あいつらが撃ってくるのとタイミングを合わせるんだ」

「へい、姐御!」

「総員戦闘準備!これは演習ではない」


 そして、長蛇号ヨルムンガルドの甲板に人の影がなくなった。当然のように船はその足を止める。それを待っていたかのように待ち受けていた五隻の戦列艦から放たれた魔導砲の砲火がマストをへし折り、甲板をズタズタに引き裂き、破壊の限りを尽くしていく。

 五分もしないうちに長蛇号ヨルムンガルドであった残骸が大海原を漂い、それで全てが終わった。戦列艦から、目標がただ破壊されるのを見ていた者たちはだれしもそう思っていた。


「さあ、反撃するさね!魔導砲一番、二番斉射!!」

「へい、姐御!」


 残骸の下から現れたのは照り付ける太陽に白銀の船体が煌めき、周囲を圧倒するような流線型の奇妙な船らしき物だった。そこにはこれまでの帆船にあったようなマストの類も甲板も全く、見受けられない。

 稼働式の二連型魔導砲がゆっくりと旋回し、戦列艦を二隻捉えるとその口火を切った。反撃が来るなど予想もしていなかった戦列艦は回避運動を取ることもなく、その砲火の前になすすべもなく、大破していた。


「よーし、御挨拶はこのくらいでいいさね。野郎ども、潜航開始だ!長蛇号ヨルムンガルドの姿を見た者を生かして帰す訳にはいかないからね」

「へい、姐御!潜航を開始」


 数刻の後、大海原に漂う戦列艦の残骸は何かに切り裂かれたかのように見るも無残なものだった。




 ごきげんよう、皆様。

 戦勝を祝っての祝賀会とか面倒で仕方のないリリアーナです。


 面倒ではありますけど祝賀会を開くのに反対という訳ではありません。功労者を労わる為にも必要なことですから。ひとまず、アルフィンに迫った危機は終わったと皆さん、考えていらっしゃるのでしょう。

 残念ながら、まだ終わってはいないのです。あくまで一つの障害が取り除かれただけ。最大の障害がまだ、残っているのです。


 ともかく、荒地での戦いで完膚なきまでにディープワンを殲滅したことでバノジェの町を開放することに成功しました。フリスト法主国を名乗り、今まで暴虐の限りを尽くしていた輩は一掃されたはずです。


「ご苦労様でした、ルフレクシ様」


 荒地での戦いに先駆けて、わたくしはルフレクシ様率いる諜報部隊にバノジェへ赴くよう要請しました。これはあちらの冒険者ギルドとも既に協議済みの内容でブリューナクという切り札を失った教団が兵数というアドバンテージがあるうちに全軍を以て、アルフィンに進軍するように仕掛けたのです。

 結果として、バノジェに残った教団の関係者は極少数となり、その制圧と教団によって囚われた女性達を解放する為にルフレクシ様の力が必要だったのです。


「それでは私は失礼致します」


 一礼をして去っていくルフレクシ様の背中を見送り、わたくしは祝賀会を抜けた。これ以上、わたくしが参加している意味はないでしょうから。行きがかり上、全体を指揮する立場にいただけで勝利を勝ち取ったのは皆で力を合わせた結果ですもの。


 アンに手伝ってもらい、祝賀会の為に着ていたヴィクトリアンドレスを脱ぐと再び、戦の為の黒いドレスへと着替えます。


「お嬢さま、本当に一人で行くんですか?」


 アンの顔に浮かぶ表情は不安と心配が入り混じり、今にも涙腺が崩壊しそうです。


「ええ、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。運命は変えられるもの。そうでしょう?」


 アンはまだ、何か言いたそうな顔をしていたけれど、そうしていると決心が鈍ってしまうから。これ以上、迷いが生じないうちにわたくしは転移の魔法を使い、その場を逃げるようにゲートを潜るのでした。



「嫌な星…あの時もあの星が大きく輝いていたわね」


 わたくしは彼との約束の場所である花で彩られた丘の上に佇み、天空で禍々しい血のような色で周囲を圧する巨大な星を見上げていた。

 十年前と同じ。わたくしが記憶を失い、最愛の彼と妹が光を放つ虚空へと消えたあの日と同じ。だから、今日、運命を変える。わたくしの運命を。彼の運命を。

 彼を待つ間、手持ち無沙汰なのもあって、幼い頃によく作った花冠を編み始めていた。わたくしはあまり、器用とは言い難く、むしろ、不器用な類に属するのかもしれません。

 そんな自分でも編める花冠に何だか、幸せな気分を味わえたのをよく覚えています。その花冠を彼にプレゼントしたことも。


「来てくださいましたのね。あなた…」


 花冠を編んでいたわたくしの前に現れた彼と視線が交差しました。その瞳はわたくしと同じ、ルビーのような色に染まっていて。昨日、会ったばかりなのに。

 今、目の前にいる彼の纏う雰囲気はまるで違うのです。この感覚は…。


「待たせて、ごめん。リーナ」

「…レオなの?思い出してしまったの?」


 リーナは彼しか使わないわたくしの愛称。知っているのはもちろん、レオ一人だけ。


「思い出したのね。ではこの花冠をあなたに…わたくしからの最後の贈り物」

「最後って?何の話?」


 丘の上でこの世界を見張るかのように赤く輝く星を背景にわたくしたちは見つめ合う。

 わたくしは彼の頭にそっと花冠を置くと彼の前に跪いた。その首を落としてくださいと彼に差し出す様に。


「あなたはわたくしが憎いでしょう?あの惨劇もあの悲劇もわたくしのせいなのだから。だから…わたくしを殺して。あなたにはその権利があるもの」


 そう、あの時、オートクレールであなたを殺してしまったのも…あの時、あなたとアイリスが異世界に飛ばされたのもわたくしに力がなかったから。

 わたくしさえ、しっかりしていれば…わたくしさえ、いなければ、そんなこと起きなかったのよ。

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