第37話 死の荒地の戦い・決着

 死の荒地は四方をなだらかな丘陵地で囲まれている。両軍が激突する様を遥かに見遣れるその丘は姿を隠すのに最適な木々が生い茂っていた。


「リリーお姉さまって、魔法だけじゃなかったんだぁ」

「それ、褒めてるのかな?」

「もちろん、褒めてるんですよぉ」


 木々の茂みから、優に身の丈はあろうかという大きな弩を肩に担いで現れたのはフェルロットだった。フェルロットが弩を大地に設置して、狙いを定め始める。その作業を尻目に尼僧服姿のエレオノーラが数百メートル先の戦場を見つめている。彼女の瞳は魔力を帯び、妖しく輝いていた。


「それで見えてるんだよね?狙いは任せてもいいかな」

「はい、見えてますもん」

「それじゃ、うちの旦那特製狙撃クロスボウの威力とやらを見せてやりますか」


 影であるアンディからの報せを受け取ったフェルロット率いる弓兵隊が姿を現し、戦場の行方を左右する一撃が放たれるのだった。



 ごきげんよう、皆様。

 などと優雅に挨拶をしている状況にないリリアーナです。


「あちら様は気付いていないようね」

「そのようじゃな。しかし、面倒なことじゃ。わざわざ、このような手を使わずともちょちょいじゃろう?」

「爺や、それでは駄目と申し上げたはずですけど?人は自らの力で運命を切り開かなければ、成長しない生き物でしょう?自ら、勝ち取ってこそ魂は美しく輝くものですわ」

「お主の魂理論は人とはかけ離れておるからのう」

「さて…それではそろそろ、頃合いですわね。フュルフール様、よく我慢してくださいました」

「待っておりましたぞ。者ども、今こそ、奴らに目に物見せる時ぞ!」


 さあ、反撃の時ですわ。わたくしの率いる中央軍は徐々に徐々に相手を蟻地獄の罠に誘い込むかのように後方に引いていたのです。気付かれないように巧妙に。

 それに気付かず、圧していると思い込み、中央へと進んだフリスト軍はその時点で詰んでいたのかもしれません。

 左翼では序盤から、敵右翼を圧倒していましたけど時が進むにつれて、その流れが顕著になっていました。後方からのパトラ様率いる投石隊の攻撃で勢いを挫かれ、高速で突進攻撃を繰り広げてくる有角うさぎ隊に翻弄され、今は完全に前面だけでなく側面までも包囲される側になったのですから。

 右翼は兵数で劣っていてもキャシー率いるルガルー隊がその個人的な戦闘力で序盤から互角以上の戦いを見せていました。そして、決定的な事象が起きたので敵左翼は完全に崩壊するのです。




 激しい戦いを繰り広げるルガルー隊の影を縫うように側面へと回り込んだハルトマン率いるアルフィン騎兵隊はその機動性を生かし、敵左翼の側面に向かって突撃を敢行した。


「今だ!行くぞ、野郎ども!!」


 ハルトマンの号令一つで巨大な矢じりのような陣形を保ち槍を構えながら突っ込んでくる騎兵の姿に前面のルガルーとの戦いに気を取られていたフリスト軍左翼のディープワン重装兵はなすすべもなく、討ち取られていった。

 そして、それを合図としたかのようにフリスト軍左翼の後方で動きを見せていなかった敵の騎兵隊が動く。それも味方であるはずのフリスト軍左翼に後方から、突撃を開始したのだ。それは約束されていたものだったかのように。

 前面、側面だけでも持て余していたところを後面からも攻撃を受けたフリスト軍左翼は大混乱をきたし、その数をみるみる減らしていったのである。



 左翼と右翼による包囲網が完成しました。ここまで上手く、事が運ぶと逆に気持ちが悪いくらいですわね。

 ですが、わたくしたちも今まで我慢していた鬱憤をここで晴らすべく、ゆっくりと進軍を始めることにします。

 アーテルが一歩進める度にオートクレールが一匹、また一匹と刺し貫き、細切れに切断していきます。爺やは特に何をすることもなく、ふわふわと宙を漂って戦場を見ているだけのようですけど。


「凄い威力ですわね、あのクロスボウ…」

「あちらの魔法兵、全部吹っ飛んだようじゃ」

「では残りを殲滅するだけかしら?」

「そうじゃな」


 死の荒地で行われた血で血を洗う激しい戦いは意外にも短時間で終わりを告げた。午前中に口火を切ったのに午後に入るまでもなく、全てが終わった。

 さすがに敵の攻撃を一手に引き受けていたアルフィンの中央軍は被害が大きく、最前面で盾となったスケルトン兵は損耗率八割を超えていた。しかし、ミュルミドンとドラゴニュートの部隊には死傷者が出ていない。これは左翼と右翼の軍でも同じ状況だった。軽症の怪我人こそ半数以上を占めていたが重傷者は出なかったのである。

 この世界の住人ではないディープワンの死体は残ることなく、瘴気となって消えていった。ただ、一人。この戦場を離脱しようと足掻く者がいた。フリスト軍を率いていた高位神官がその姿を消していたのである。

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