第36話 死の荒地の戦い・激突

 死の荒地はアルフィンから、およそ5kmほど南下した地に広がる荒涼とした大地である。元々は肥沃な大地であり、一帯に広がる穀倉地帯だったとして知られていた。 ところが十年前、アルフィンの動乱が発生した際にその環境が一変する。雨さえも滅多に降らなくなり、やがて肥沃だった大地からは緑が失われていき、得体の知れない魔物が夜の闇を彷徨う危険地帯と化したのだ。


 その死の荒地がありえないような活気に溢れていた。ただ、それはこれから始まるであろう死を呼ぶ舞踏会の前の活気に過ぎないのだろう。


 バノジェを出立した総勢千五百余名のフリスト法主国軍。その内訳は重装・軽装の武装を身に着けた深き者ディープワンが千三百と最も多く、中核を成している。馬に跨り、各々が好みの武装を身に着けた騎兵百五十はディープワンではなく、人間だ。そして、残りの五十はディープワンだが纏うのがローブであり、その手に持つのが杖であることから、分かるように魔法を扱える魔法兵だった。

 兵数で圧倒的に勝っているからだろうか。その陣形は数に物を言わせた直方陣である。大型の盾を有した重装歩兵を前面に出し、物量差で押し切ろうという考えなのだろう。

 機動力に優れた騎兵隊は最左翼に配されており、魔法兵は陣の最も奥である本陣に位置していた。


 それに対峙するように布陣したアルフィンを出立した混成軍は総勢七百余。ルガルーとドラゴニュートからの援軍を得ても二倍兵力でこそ劣っているアルフィン軍は奇妙な陣を敷いていた。

 指揮官であるリリアーナが直接率いる重装歩兵団を最前面中央に位置し、右翼と左翼の軽装歩兵団はそれよりも引いた位置に展開している為、全体が弓なりの形状になっていた。



「ふむ。姫は変わった陣を敷かれますな。魚鱗に似れども異なりまするな。鏑矢でもござらぬ」

「これでいいのです。このまま、前進致します」

「では骨どもを進ませるとしよう」


 中央最前面に配置した大型のラウンドシールドを装備した重装スケルトン兵が隊列を崩さず、進軍を開始します。それを合図にその左右に重装で統一されたミュルミドンとドラゴニュートがやや引いた位置で進軍を始めました。


「さて、そろそろですわね」


 わたくしもオートクレールを手に取ると天に向けて、振り上げました。その刃はまるで生きている蛇のように獲物を探しそうとうねりながら宙を漂います。この状態になっていれば、範囲内に敵と認識されたものが侵入した途端、餌食になることでしょう。

 オートクレールが鎌首をもたげるように動き出すと左翼に展開していたコボルト投石部隊が投石攻撃を始めたようです。

 それはまるで戦の始まりを告げるかのように空気を切り裂く音を立てながら、敵陣に襲い掛かっていくのです。


「さあ、始めましょう。終末の歌を。あなたたちに終末を」




 アルフィン軍の左翼に展開する有角うさぎと軽装歩兵部隊の陰に隠れるように隊を進軍させているのはコボルト族で構成された投石攻撃を得意とする投石部隊だった。

 率いるのは部族を連れ、アルフィンへの移住を成功させたリーダーであるパトラである。


「おでたち、今、力見しぇる時!おでたちを仲間しゅてくれた町守る」

「おー!」


 手足が短く、小型犬のような愛らしい外見のコボルトが気合を入れ、士気を高めていてもどこか、ユーモラスでほのぼのとしたものが感じられる。だが、彼らの町を守ろうという気概は本物だった。


「よしゅ!今だ!放てえ!」


 パトラの号令で一丸となったコボルト投石部隊が一斉に尖った投石をスリングで投じていく。ヒュンという風を切る音ともに敵陣の先鋭に降り注ぐ石の雨は少なからぬ被害を与えている。

 スリングの長所は何といってもその攻撃速度の速さである。さらにその石はネビロスの付与魔法によって、強化されている。

 前方の部隊に向け、盾を構えていたフリスト軍の前衛部隊は斜めに降り注いでくる石の雨霰に対処出来ず、打ち崩されていく。


「よし、今こそ突撃である!」


 額に一本角ではなく二本の捻じれた角が頭の左右に生えたや通常の有角うさぎより大きいうさぎが陣頭指揮を執るイポスの隣を駆けている。その上に乗っているのは誰あろうイシドール本人(うさぎ)であった。

 投石部隊からの投石で少なからぬ被害を受け、やや浮足立つ敵前衛部隊に向け、有角うさぎの一団がその鋭い角を突き立てようと猛スピードで突進していく。

 兵数においては劣っていながら、アルフィン軍左翼はフリストの右翼を押し返そうとしていた。



 その頃、右翼では先を行くカシモラルが率いるルガルーの軽装歩兵部隊が狼男形態へと変身し、敵陣へと襲い掛かっていく。その後背に陣取るハルトマンが率いる騎兵隊は動きを見せない。まるで何かを待っているかのように。


「まだだ。もっと引き付けてからだ」


 ハルトマンの厳しい視線の先にはフリスト軍の左翼後方に展開している騎兵隊の姿があった。



 ガシャンという激しく金属同士がぶつかり合う音が戦場に響き渡っています。わたくしたちの前でスケルトン兵が盾を構え、ディープワンの攻撃を必死に耐えていました。彼らは単純な指令しか、受け付けませんけれど守るというオーダーには忠実に従いますから、その身が砕け散るまでその場に留まるのです。

 わたくしは爺やとフュルフール様と一緒に中央の最前衛でオートクレールを振りながら、陣頭に立っていました。四方を取り囲まれてはいないものの前方は魚、魚、魚のオンパレードで適当にオートクレールを振ってもどれかに当たるくらいですもの。


「姫、そろそろ頃合いですかな」

「わたくしたちは徐々に後退しましょう。気取られてはなりません」

「ふむ、リリーよ。あちらの動きに不穏なものが見られるな。どうするのじゃ?」

「爺や、策は既に用意してありますのよ」


 爺やも気付いたようですわね。魔力の流れが見られるということは敵に魔導師の類がいるということですもの。わたくしたちは敢えて、魔法を使っていませんけど、あちら様には関係がありませんものね。

 でも、そんな無粋なことをさせると思っているとしたら、甘いとしか言いようがありませんわ。


「アンディ、いるかしら?エルとフェリーに伝言をお願い」

「御意」


 アンディがスッと闇から、現れるとわたくしの前に一旦、跪いてから一礼をし、再び、闇に消えました。相変わらず、仕事が出来過ぎて怖いわ。

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