第35話 死の荒地の戦い・出立
ごきげんよう、皆様。
約束した夜が待ち遠しくて、その前の戦いに集中しきれないのが心配なリリアーナです。
今日ですものね、約束した夜は。その前にディープワンの軍勢をどうにかしなければ、いけないのですけど。
「なるほど。これがどういう原理で浮いているのか、気になるけど」
わたくしのドレスは本縫いに入ってすらいないので先に羽織るケープマントのみが先に届けられました。ボルドーに染め上げられた表生地に縁にまで金糸で刺繍が施されています。髪も肌も色素が薄いわたくしは基本的に黒系統のドレスしか、身に付けませんから、黒とボルドーのコントラストになって、いい感じではありません?
ただ、羽織ってみるとどういう原理なのでしょうね。このケープマントはちょっとだけ、宙に浮いているようです。何より、肩に直接羽織っているという感覚自体がありません。
「姫、気になるのそこですか?腕によりをかけ、特別な
特別を強調するネスですけど、彼のエンチャント自体が特別ですから、何らかの付与が施された時点でこのケープは高性能を約束されたようなもの。
「留守はあなたに一任するわね。エキドナには話しておいたけど、あまり馴れ馴れしくしては駄目よ?程々にね」
「ありがとうございます、姫。不肖ネス、姫様のご期待に必ずや応えてみせましょう」
本当に大丈夫なのかしら?ネスの場合、理解していても理性が持つのか、怪しいものですわ。もう少し、まともな理性さえあったのなら、お父さまが側で使っていたかもしれませんのに。ネスは嫌がるでしょうけどね。
「お嬢、全軍、準備が整いましたぜ」
アーテルに騎乗し、周りを固めるミュルミドンと城門を潜ったわたくしの前に広がる光景は中々に壮観な眺めです。
左翼に展開しているのはイポスとパトラ様が率いる軽装歩兵とコボルト投石兵の混合部隊でその数は二百程でしょうか。軽装歩兵の中には歩兵よりも額に鋭利な一本角が生え、狼くらいの大きさのうさぎの魔物の姿の方が多いようです。
「わしに感謝するといい。うさぎ部隊はこのわしが育てた」
いつの間に現れたのか、お祖父さまがわたくしの頭の上に陣取っていました。あのうさぎさんたちはお祖父さまの仕業なのね。
右翼にはキャシーが率いる獣人で構成された軽装歩兵隊百とハルトの率いる騎兵隊五十が整然と並んでいます。さらにそこに白銀の毛並みをしたルガルーの小隊五十が加わってくれるのです。
「姫に受けた恩を返すのはここしか、ねえ!おめえら、気合入れていくぜ」
小隊の先頭に立つアモン様の姿がそこにありました。昨日のグレイヴンの一件の借りを返すということでしょうか。やはり獣人には律儀な方が多いようですね。
そして、中央はわたくしの指揮する重装歩兵なのですけど、人員は心許ないものがあります。新たに召喚したミュルミドンを中心に構成したのですけれど、その数は五十余。
敵軍の注意を惹きつけ、誘い込むにしてもこの数で捌ききれるかというと少々、怪しい物がありますわ。
最初に召喚したミュルミドンは特別な個体だったらしく、知能も戦闘力も非常に高かったのでミュルミドン・ナイトと名付けました。しかし、それ以降の個体はナイトほどではなく、戦闘力は高いものの融通が利かない面があるのでミュルミドン・ソルジャーとしたのです。そして、中央軍を構成するのはそのソルジャーですから、少々不安になっているという訳なのです。
「遅れてすまんのう」
「姫、我らがあなたの盾となりましょう。それが某の運命でござる」
「お主ら、遅いぞ。遅刻するとうさぎにするぞ」
爺やと純白のドラゴニュートはお祖父さまの乱暴な物言いに苦笑しながらも率いてきた部隊とともに中央軍に合流してくれます。
その構成は爺やの召喚したスケルトン部隊二百とルフトアイギスのドラゴニュート兵が五十で各々が今回の戦術に適した防衛に適した頑丈そうな盾を所持しているのが特徴です。
「皆様、今回の戦いは決して負けることを許されません。それはただ、負けるを意味するのではなく、わたくしたちが背にしたこの町が…そして、人々が消されるということなのです。だから、わたくしたちは絶対に勝たなければなりません。いえ、勝つのです、絶対に。いざ、出陣」
鬨の声を上げ、全軍が進軍を開始します。斥侯を務めるヴァルからの情報では接敵するまでおよそ一時間といったところでしょうか。
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