第33話 お姫様が住んでるとこだね

 冥府の女王たるエレシュキガルは暇を持て余していた。否、本来は暇ではない。実務を一手に引き受ける宰相ナムタルがいればこその暇なのである。

 その暇を利用して、エレシュキガルが行っていたのは主に自らの魔法をさらなる境地へと高める実験だった。

 魔法にかかりっきりでない時の彼女は子供たちの世話に多くの時間を割いていた。ナムタルに言わせれば、頭を押さえながら「世話?あれは世話ではなく、魔改造というやつではないのか」と。


「ふふふっ、そうよ。これだけの翼があれば、理論上は最強ね」

「さいきょう?そうなるとママうれしい?」

「わたしはあなたたちが誰にも害されなければ、それでいいの。でも、忘れないで力だけでは駄目なのよ」

「ち・か・らだけではだめえ?」


 四枚の翼を生やした小さな黒いドラゴンはくりくりとした大きな黄金色の瞳を瞬かせ、不思議そうに首を傾げた。


「そう、力だけでは駄目。道を間違えることがあるの。だから、想いが大切なの。忘れないでニール。力だけでは駄目、弱いものを守ってあげてね。あなたは強い子なのだから」

「うん、まもる。ままとやくそく」


 それは悠久の彼方に消えし、遠い遠い過去の話。




 大広間であった面影すら残らない瓦礫の山の散乱する場に五つの人影と宙に浮かぶ小さな影がある。


「皆さんにはわたくしからも謝らねばいけませんわ。本当にすみませんでした。ニールも謝るのよ?」

「ご、ごめんなさい」


 わたくしはニールことニーズヘッグが迷惑をかけたフュルフール様とアモン様に頭を下げることくらいでしか、謝罪の意思を表すことが出来ませんでした。お二方とも逆に恐縮してしまって、両方が謝るという妙な事態に陥ってしまったので


「ニール、どうして、こういうことになったのか、説明出来るかしら?」

「はい、ママ…実は…」


 ニールがボソボソと語り始めた内容は衝撃的というほどのこともなく、わたくしの予想する範疇だったと言えます。

 エレシュキガルだった頃のわたくしが冥界を出た後、ニールはわたくしのことを追って現世に出てしまった。正確にはわたくしというより、わたくしが作ったお菓子が食べたくて、追ってきたというところがニールがまだ、子供から成長していないということなのですけど。

 そして、現世へと出てきたニールですが探す当てもなく、世界中を彷徨っているうちにその見た目から、攻撃され止む無く、反撃したそうです。それで町が少なくとも一つは壊滅したそうですから、わたくしの世話が行き過ぎた可能性がなきにしもあらず、ですわね。

 そんな時に出会ってしまったのがグレイヴンの指揮官であるラタトスク。ラタトスクの甘言、文字通り甘い物で釣っただけのようですけれど、それでラタトスクを手伝うという名目でこの地に舞い降りたようです。

 あの子にとっての行動原理は甘い物が食べたいとわたくしに甘えたいくらいですものね。単純で分かりやすいのはいいのですけど利用されやすいのはどうにか、しなければいけないですわね。


「ではニーズヘッグ殿も仲間ということですかな?」

「あの子はわたくしに逆らうことはないですから、大丈夫ですわ」


 わたくしがこの世界を見限らない限りは大丈夫、とは言えないですわね。見限ることはないとは思うのですけど、何があるのか分からないのが人生というものでしょう?

 これが神であったら、適当に見繕った人間に試練とやらを課して、その結果次第で見限るのでしょうけどね。わたくしは人ですもの。人がまだ、愛すべき存在である限りは目を瞑ってあげるとしましょう。


「それでだ、姫。そこの骨の人はなんなんだぜ?」


 狼男形態を解いて、元の銀髪の優男風に戻ったアモン様が首を傾げ、骨もとい爺やを睨んでいました。そこは気になりますよね。わたくしでも知らなければ、気になりますもの。


「わしじゃよ、わし」

「その声、お前、まさかシュタインベルガー卿か?」

「然り然り。わしこそ、最強のパワーを手に入れた死を超えし最高の魔導師じゃよ」

「うわぁ、ベル爺のめんどいのが当社比5割増しくらいになってませんか」

「そうね。確かに余計、面倒になった気がするけれど…わたくしは魔法がほら、この通りですもの」


 そう言いながら、宙に六属性それぞれの魔法の槍を出現させ、適当な瓦礫の山に突き刺してみます。瓦礫の山程度なので跡形もなく、吹き飛んでしまいましたけどデモンストレーションとしては十分ですわ。


「この代償として、爺やが面倒になっただけでしょう?等価交換というものよ」

「そうじゃそうじゃ、ウィンウィンの関係というやつじゃぞ」


 喋っている間も宙をふわふわと漂っている爺やの姿を見ると確かにカルシウムがたくさん必要になりそうではありますね。


「さて、ではわたくしたちは城に帰らねば、なりませんね。お二方は村へお戻りになられるのでしょう?」

「さようでございますな」

「そうなんだぜ」

「それもわしに任せてもらおうかのう。わしはこんなこともあろうかと二つの村にポータルを設置しておいたのじゃよ」

「いつの間にしたんだぜ?」


 さすが爺やと感心するべきなのか、それともそんなに先見の明が効くのにわざわざ痛い目を見ないとリッチ・ロードになれなかった残念さを嘆くべきなのか、難しいところですわね。


「ママー、お家帰るの?お家、地下の暗いとこー?」

「いいえ、もうあそこに帰ることはないのよ、ニール。わたくしたちはお城に帰るの」

「お城って、お姫様が住んでるとこだねー、楽しみー」


 わたくしの左肩に乗っているニールが城という単語に興奮して、少々騒ぐので肩こりが酷くなりそうですわ。お祖父さまが頭の上に乗っかる場合も考えると頭痛と肩こりに悩まされそうでちょっと頭が痛くなってきました。


「お嬢ー、全部、片付いたんですね?」

「こりゃ、また酷い現場っすね」


 わたくしたちが帰る算段を話し合っているところに人質と思しき多数の女性や子供たちを引き連れたハルトとイポスがやって来ました。なんというタイミングの良さでしょう。

 自分たちの長の姿を目にした人質さんたちが安堵からか、ちょっとばかり興奮した様子でお二方を取り囲むというハプニングはあったもののルガルーとドラゴニュートの集落へのポータルを既に設置している爺やが全員を送り届けてくれることに決まりました。

 その前に骨が露出した姿では怖がらせてしまいますから、人の姿を偽装するようにと言ったら、「それなら、若い頃の姿にでもなるかのう」と二十代の頃の姿を取ったのです。それはそれでまた、ひと悶着起こりそうなのですけれど、わたくしには関係のないことですわね。爺やが例え、美男子であろうと醜男であろうと関係ありませんもの。お祖父さまの代わりにわたくしを見てくれていた爺やという人が好きなだけ。そこに美醜など入る余地ないですものね。


「さて、それではわたくしたちも城に帰りましょう」


 右の掌を宙に翳して、ゲートを開き一歩潜れば、そこはもうアルフィン城の中庭です。前哨戦が終わっただけですもの。本当の戦いはこれから…ですわね。

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