第32話 あなたで試させてもらうわ
大広間跡にてフュルフールとアモンがニーズヘッグとの戦いに突入した時を遡ること十分前、グレイヴンの地下迷宮を急ぐ三人の人影があった。
「ねえ、爺や。つまり、どういうことかしら?」
「つまり、じゃのう。簡単に言えば、わしがお主の闇魔法をIIIレベルまで使いこなせるじゃろ。逆にお主はわしの四属性魔法をIIIレベルまで使えるのじゃ」
「なるほど、分かりましたわ。わたくしがほぼ前の力を取り戻した、ということですわね」
「お嬢さまって、女神様の生まれ変わりなんですよね?」
すぐ後ろを走っているアンから発せられた声にはどことなく力が無く、疑問を払拭し切れていないのが分かる。
「わたくしの魂がかつて女神と呼ばれた存在だったというだけのことですわ。でもね、わたくしたちは自分たちで神なんて、名乗ったことは一度もないの」
「そりゃ、そうじゃろうな。神だの悪魔だのは人が勝手に名付けるだけじゃからな」
「そ、そうなんですか?」
爺やの言う通りだった。人は助けを求める時だけ神と崇め、敬う。しかし、いざ脅威がなくなるとその力を疎み始めるもの。それが人という生き物の性なのでしょう。
「わたくしたちは単なる突然変異だったの。わたくしは
「それじゃ、
「そうよ。皆、突然変異で生まれた異能者なだけだったの。それが神と呼ばれて、歪んでしまったのかしらね。共通の敵と戦っていた時はあんなに心を通わせ、力を合わせていたのに。皮肉なものよね」
そもそも異能を持つ者が七十二人も集まるのですから、不協和音が鳴るのも道理だったのでしょう。何しろ、我が強い者の集まりでしたから。
それでもベルがいれば、どうにかなったのかもしれないと今でも考えてしまいます。彼が欠けたが為に全てが狂ってしまった。
「ふむ、お喋りするのもここまでじゃな。ぱーちーはもう、始まっておるようじゃぞ」
確かに大広間での舞踏はこれからのようですわね。わたくしはこれから始まる楽しい宴を想像して、心の中で緩やかに口角を上げるのでした。
「あら?あなたも地上に出ていたのね」
「う゛ぇ゛?マ、ママ?」
わたくしたちが大広間だった場に辿り着いた時はまさに宴の真っ只中でした。予想していたのよりも楽しい宴だったのかしら?
もう大広間という原形を留めていないようで天井だった場所にはきれいな空が見えています。
「久しぶりね、ニール。あまりに会わない間にわたくしの教えを忘れたのかしら?」
わたくしは場を圧倒する威容を誇る黒きドラゴンを前に感じるのは遥かなる望郷と懐かしさのみ。元々、冥界の出身ではないわたくしが望郷の念を感じるというのもおかしな話ですけど、三千年も引き籠っていれば愛着も湧いてくるものなのです。
「ママ、本当にママなの?」
「あれは大いなる災厄ニーズヘッグじゃぞ。どうなっとるんじゃ」
「お嬢さまのこと、ママって呼んでますよ」
爺やとアンが驚いているようですけどわたくし、というよりエレシュキガルだった頃にニーズヘッグを育てたのは事実です。あまりにも昔のことなのとその事実を知る者が
「そう…あなた、教えを忘れただけではなく、生意気なことを言えるほど大きくなったのね……ふふふっ」
「「ひっ」」
わたくしとしたことがつい怒りを抑えきれていなかったらしく、近くにいた爺やとアンを怯えさせてしまったようですわ。
「折角ですから、あなたで試させてもらうわ。
わたくしはブレスレットに変化させていたレライエを元の大鎌の姿に戻すと両手で構え、アボミネーション・チェインを発動させます。
何もない空間から音も無く出現した頑丈そうな鎖はまるで意思を持ち、生きているかのようにニーズヘッグへと伸びていくとその三対の翼全てに巻き付きました。
「ふふっ…上出来ですわね。光、闇、炎、水、風、土。六属性の鎖で縛りつけるアボミネーション・チェイン。完成とは言い難いけどもどうかしらね」
「あ、あのママ…え?動けない」
まだ、子供くらいの年齢のエンシェントドラゴンとはいえ、ドラゴンを絡めとれるのですから、十分過ぎる出来でしょう。あとはさらなる改良を加えて、鎖から痛みを伴う物質を注入するというのもいいかもしれません。想像するだけで楽しくなってきますわ。
「ではこちらはわたくしの得意分野ではないですから、うまくいくかどうか…
効果範囲をこの大広間一帯にまで広げ、ディバインヒールを発動させます。わたくしにとっては得意分野ではない癒しの魔法ですけれど、レライエは癒しを専門にしていたのでどうにか、なるはずです。
「おぉ?これ、姫さんの力か?」
「そのようでござるな」
フュルフール様とアモン様の様子を見るとそちらの回復は成功しているようです。問題は意外と深い傷のように見受けられた右目が治れば、いいのですけど。
「ニール、傷は治ったかしら?」
ニーズヘッグは全長が20m近くあるのに加え、首が細長く蛇のような形状をしているので思った以上に頭が高いところにあるのです。そのせいで右目の傷がふさがってはいるように見えるけど、治っているのかどうかまでは判断出来ません。本人しか、分からないわね、きっと。
「な、なおってるかも?」
「それであなた、いつまでその体でいるつもりなの?」
ドラゴンでも上位種ともなるとある程度の変身能力を有しています。エキドナのように人間の姿を真似るものもいますし、姿を小さく無害なもののように見せかけるものもいます。常に戦闘形態である巨体を維持するのは効率的ではないのでしょう。
ニーズヘッグも普段の姿は貴族が飼っている室内飼いの小型愛玩犬くらいの大きさしかないかわいい蜥蜴なのです。翼は生えてますけど。
「あら?チェーン解除しないと駄目なようね。仕方ないですわね」
ニーズヘッグの様子を見るとどうやら、戦闘形態を解きたくてもわたくしのチェーンに全ての動きを阻害されているようです。
「これでどうかしら?」
六色のチェーンが翼から外れると再び、何もない空間へと消えていくとニーズヘッグの姿がみるみる縮んでいきました。
「ママ―、会いたかったー」
小さな翼を羽ばたかせながら、必死に飛んでくるニーズヘッグの姿は冥府で平和に暮らしていた頃と変わりません。優しく抱き留めてあげながらもここは厳しく言っておかないといけないわね。
「どうして、こういうことになったのか…説明してもらうわ。いいわね、ニール」
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