第31話 黒竜ニーズヘッグVS鹿と狼の強者
「お母さま、また、拾ってこられたのですか?」
わたしのかわいい娘はまるで可哀想な子を見るような目でわたしを見ている。それもそうでしょうね。分かってはいる。でも、仕方がないでしょう?
捨てられている子がいたら、拾いたくなって何が悪いの?いいえ、悪くない。わたしは悪くない。子を捨てるのが悪いのだわ。
「ヘルも可哀想だと思うでしょ?こんなかわいいのよ」
「えっ…かわいい……ですか、これ?」
彼女にコレ呼ばわりされたわたしたちの前にいるのは真っ黒な体色の蜥蜴のような生き物。蜥蜴ではないと思う。ここは冥界。蜥蜴がいたとしてもまともな蜥蜴のはずはないし、蜥蜴にそもそも羽なんて、生えてないはず。
「もしかして、ドラゴンかしらね、この子」
「ドラゴンだとしたら、お母さまが本当に育ててもよろしいのですか?」
「そうね…それはあるのだけど」
彼女が危惧するのも仕方がないことね。冥府の女王に育てられるということはこの子の運命を変えてしまうかもしれないのと同意。
闇に囚われてしまえば、本来歩むべきだった道を踏み外すかもしれない。
「でも、このままだとこの子は生を選べないわ。選ぶことも出来ないまま、消えるのは悲しいことだもの」
「お母さま…」
結局、ヘルが折れて、わたしはその黒いドラゴンの幼生を育てた。幼く、やや乱暴なところはあるものの素直な性格に成長したドラゴンは冥府の誰からも愛される存在となる。
圧倒的な威圧感と破壊力を誇るものを前に死を予感した者が取る行動は二通りある。なすすべもなく蹂躙され、ただ生を終えるだけか、敵わないと知りながらも醜く抗い、生に執着するか。彼らが取ったのは後者の方だった。
「某が奴の注意を引きましょう。狼殿は奴に隙が出来た瞬間に一矢報いてくだされ」
「おいおい、それじゃ俺が英雄になっちゃうぜ?」
二人とも身体のあちこちに負った裂傷から流れた血で立っているのも奇跡に近い状態だった。だが、まだ戦う意思を失ってはいない。
「
フュルフールが左手に携えていた大盾を床に突き立て、光属性の魔法であり彼にしか使えないディバインイージスを展開する。大盾を中心として、放出された光の粒子が防御フィールドを形成し、ニーズヘッグの羽ばたきで生じる衝撃波を防いでいた。
「長くは持たんでござるよ」
「分あってるって、鹿ちゃんよ。まだだ。まだ、奴に隙がねえ」
フュルフールの背後に隠れるようにタイミングを窺うアモンは苛立ちを隠せずにいた。
「獅子は兎を狩るにも全力か、ドラゴンにしとくのは勿体ない奴だ」
その時、一瞬だけ、ニーズヘッグの動きに隙が生じる。慢心によるものなのか、生来の癖によるものなのかは分からない。だがその瞬間、ニーズヘッグの右目への攻撃は通るに違いないという確信とともにアモンは動き出していた。
「喰らいやがれっ!
フュルフールの背後から躍り出たアモンが渾身の一撃をニーズヘッグの頭部、それも右目へと向けて、放たれた。零距離での戦闘のみに特化したアモンにとって、唯一の飛び道具であり、隠し玉。それがライティングアローだった。
アモンの右腕から放たれた光の閃光がニーズヘッグの右目に突き刺さった。
「ぐぎゃあああ」
先程までの余裕と威厳はどこへやら。意外と幼い悲鳴を上げ、ニーズヘッグが右目を抑え、怯んでいた、
「おのれ、虫けらども。この我の顔に傷を。絶対に許さん」
怒りに燃え上がる黄金色の瞳が二人を睨みつける。それだけで心臓が止まるほどの憎悪と恐怖を感じながらも二人はどことなく、満足感を得た表情で立ちすくんでいた。
「見事でござる、狼殿」
「いやいや、鹿ちゃんいなけりゃ、無理だったぜ」
「これで終わりというのが残念でござるよ」
「俺もだぜ」
もはや打つ手もなくなり、覚悟を決めた二人の頭上に振りかざされたニーズヘッグの鋭い鉤爪が今まさに二人を肉塊に変えようとしたその時、どことなくこの場にそぐわない涼やかな声がその動きを制した。
「あら?あなたも地上に出ていたのね」
「う゛ぇ゛?マ、ママ?」
ニーズヘッグが20mはあろうかというその巨体と先程までの威厳がどこにいったのかと思うような情けない声をあげ、大広間だった場へと現れた三人の人影を凝視していた。
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