第30話 その命をもって我が怒りの贖罪とせよ

 もっとも敵影が少ないルートを進んだハルトマンとアイポラスが結果としては正解のルートだった。

 彼らの前には竜人ドラゴニュートの子供や獣耳が生えているから人狼の女性や子供なのだろうが閉じ込められた大きな檻がある。


「まさか、一番敵が少ないところに人質いるとはな。どういう魂胆なんだろうな」

「あれっすよ。姫の性格をよく知ってる奴の仕業っすよ、きっと。あの人、基本的に敵が多いとこ、突っ込んでこうとするっしょ」


 アイポラスの言葉にハルトマンは同意し、頷く。確かに自分が仕える変わり者の少女にはそういう面があると短くはない付き合いで思い知っているからだ。

 死にたがっているという訳ではないことは分かっている。むしろ、彼女は死にたくないのにそういう不思議な行動を取っているのから、理解し難いのだ。


「えーと、皆さんを助けに来ました」


 ハルトマンの言葉で澱んだ眼をして、この世が終わるかのような暗い表情だった檻に囚われた人々にも希望の灯が灯ったのだろう。安堵した声と互いを労わるような声が聞こえてくるようになった。

 かどわかされた人々の無事を確認したハルトマンとアイポラスは彼らを伴って、無事な地上へと送り届ける為、この不浄な迷宮を一旦、出ることに決めた。



 大太刀を風車の如く、振り回し周囲のグレイヴンを切り刻んでいく白き魔人と鋭い爪で擦れ違いざまにグレイヴンを次々と胴薙ぎに物言わぬ躯に変えていく銀色の魔人による虐殺ショーは終わりの時を迎えていた。


「どうやら、ここが終着点のようでござるな」

「だな。鹿よぉ、こりゃ当りなのか、外れなのか、どっちなんだ?」


 長く続いた通路の先に開けた大広間と思しき大きな部屋へと踏み入ったフュルフールとアモンの前に現れたのは二振りの真っ赤な戦斧を手にした一匹のグレイヴンだった。並のグレイヴンの二倍近い体躯を誇り、その目には全ての生物への怒りと憎しみで燃え上がった炎が浮かぶ。


「よく来たな。お前たちが来ると思っていたぞ。我が名はラタトスク」


 両の手にした獲物の戦斧と同じ真っ赤な体色をしたグレイヴンは意外なほどに流暢な共通語で目の前の敵たちに語り掛けた。


「お主がラタトスクでござるか。不和をもたらす者でござるな。某はフュルフールでござるよ」

「はぁ、相変わらず、鹿はまじめだな。どうせ潰す相手に名乗る意味とか、あるんかよ?あぁ、俺はアモン。お前の首と胴をばらしてやる心優しき狼さんだ」

「くっくっ、はっはっはー。我の首と胴をばらす?それは逆だろうよ。我が渾名はヘッドテイカー。首狩りのラタトスクの首を取るとは笑わせてくれる」


 対峙し、睨み合う三者はそれぞれの得物を手に微動だにしない。動かないのではなく、動けないのだ。先に動いた者が殺られる、そういう空気が場を支配していた。


「はっはっはっはっは。だから、お前らは愚かなのだよ。我がお前らの相手をすると思ったか?思ったんだろうな。愚かだからな。我が数的不利な状況で戦いに望むと?愚かなり」

「…どういうことでござる?」

「負けるのが嫌でおかしくなったか?」


 そう言いながらもアモンはラタトスクの言葉に違和感を感じていた。狡猾で不和をもたらす者なんて物騒な呼び名を持つ輩がこんな状況に甘んじていることに。


「お前らの相手は我ではない。来いっ、ニーズヘッグ!」

「「なにっ!?」」


 耳を劈く轟音とともに広間の天井が崩れ落ち、黒く巨大な何かが白きドラゴニュートと銀色のルガルーを吹き飛ばす。

 2m近い体躯に屈強な肉体を誇る二人を吹き飛ばした主は天井をさらに破壊しながら、その巨大な姿を現した。闇色の鱗に覆われた全身はその存在そのものが闇の如く、広げた漆黒の翼は大広間を影で覆いつくし夜にするが如く。

 伝説に謳われる漆黒の毒持ちし竜ニーズヘッグは見下ろす全ての生物を射殺すかのように威圧感を与えていた。


「くっくっ、せいぜい頑張るがいい。また、我と会うことがあれば、その時は戦ってやろう。生きて会うことがあれば、だが」


 ニーズヘッグの強大な尾で吹き飛ばされ、壁に衝突したことで少なからぬ傷を負った二人の獣人を嗜虐的な瞳で睨みつけながら、宙に出来たゲートに身を投じ、ラタトスクはその姿を消した。


「矮小なる生物どもよ。その命をもって我が怒りの贖罪とせよ」


 ニーズヘッグが一歩また一歩とその巨体を揺らす度に地下の迷宮であったものは原形を留めないレベルに崩れていく。


「鹿ちゃんよお、生きてるか?」


 壁に激しく衝突したせいで左肩を脱臼したのか、左腕がぶらんと力無くぶら下がった状態のアモンが近くで片膝をつく白いドラゴニュートに呼びかける。


「生きておるとも、狼殿。これくらいでくたばっては守れなかった者達に申し訳が立たんでござるよ」


 アモンと同じく壁に衝突した際に負ったのか、開かない片目のまま、片膝をついていたフュルフールだがよろよろと立ち上がると再び、大盾と大太刀を手に構え直した。


「そうかいそうかい、お前そういう奴だったよな。何とかなるかは怪しいがやるしか、ねえか」

「相手はドラゴンロードとは言わずともそれに次ぐ存在でござる。我らが命を懸けて、倒せるかは分からんでござる」

「だがやるしか、ねえんだろ?」

「そうでござるな」


 ゴキャという耳障りな音とともに左の脱臼を無理矢理、治したアモンも目の前にそびえ立つ巨大な黒いドラゴンを前に再び、腰を落とし膝を曲げた独特の構えを取る。

 神と同等の存在とされる四匹の竜王ドラゴンロード。それに次ぐ十二匹の古エンシェントドラゴンは十二竜将ドラゴンジェネラルと呼ばれ、恐れ敬われている。

 毒竜ニーズヘッグはその十二竜将の一角を占める一匹であり、滅びの黒竜や死を呼ぶ冥界の竜などの異名で知られる強大な黒竜である。

 そんな生きた絶望を前にフュルフールとアモンは生きて戻れないかもしれないというのにどこか、この戦いを楽しもうとしている自分たちに気付いていなかった。

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