閑話 影は疾るII&めげない娘

 今回は残虐な描写ありです。


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Side アンドラス

 勇者と呼ばれた男ランジェロは悄然とした表情でおぼつかない足取りのまま、とぼとぼと南へと歩き出す。

 倒れていた私兵も一人、また一人と起き上がり、悄然とした表情でその場を去っていく。五十人ほどいた私兵は順調にその数を減らしていき、残ったのは十人のみ。


「何が起こったってんだ。誰もいねえじゃねえか。お飾りの貴族様すらいねえ」


 住人の中でもリーダー格らしい屈強な体格の男が残りの面々に睨みを利かせた。


「俺達がこのまま、手ぶらで帰ってみろ。分かってるだろ?」


 男が首に手をやり、スッーと引くジェスチャーで残りの面々は理解したようだ。


「たかだか令嬢一人を連れて行けばいいだけだ。簡単じゃねえか。道中は長いしな、勝手に楽しむくらい閣下も許してくれるだろうさ」


 男が下卑た笑いを浮かべる。そんな男達の様子を影から、冷たい瞳で見つめる男が一人いた。影であるアンドラスだった。



 命まで奪わないようにという姫の寛大な心を無碍にするとは許せん。あまつさえ、姫を穢すだと?万死に値する。


「我が主に仇為す輩、許さん」


 城へと歩みを進めんとする賊どもの前に俺はゆっくりとその姿を現す。


「な、なんだ、てめえは?」

「貴様らに引導を渡しに来た冥府よりの遣いさ」


 この程度の輩を相手に武器など必要ない。俺が何も手にしていないので


「武器も持ってねえくせに俺達を相手にするって?地獄で後悔しても遅いぜ!」


 痺れを切らしたのだろう。男の一人が俺へと素早い動きで近付くと上段に構えたロングソードを勢いよく振り下ろしてきた。


「遅いな」

「なっ!?」

「我が拳鋼なり」


 ロングソードは俺の身体を捉えることはない。完全に空を切った攻撃に男が驚いた表情を浮かべたのと男の首が勢いよく、血飛沫を上げながら飛んでいくのは同時だ。手に付いた血糊を払い、身構えている男どもを見据える。


「嘘だろ。素手だぞ、奴は囲め!奴は一人だ」


 傭兵の類なのだろう。そこそこに修練された動きと想定外の事態に対処しようとする気概は持っているようだ。だが気付くのが遅かったようだな。


「我が足風なり」

「ぐえぇ」


 後ろに回り込み、俺の死角に入ったと思っていた男の腹に回転し、威力を高めた蹴りを撃ち込む。少々、力を入れ過ぎたか。男は汚い臓物をまき散らしながら、10mくらい吹き飛びながら、大木に突き刺さった。


「ウォーミングアップはこれくらいでいいだろう。一斉にかかってこい」


 挑発された賊徒どもは各々の武器を構え、多方向から斬りかかってくる。それで勝てると算段したのだとしたら、愚かとしか言いようがない。目前で行われた圧倒的な戦力の差というものを理解していないのだからな。


「鋼と言ったはずだが」

「ば、ばかな。こいつ人間か!?」


 俺は身に振りかかってきた刀身を両の手で止めるとそのまま、粉々に握りつぶす。男どもの顔は恐怖に怯えているようだが俺の手は止まらない。刃を握り潰したその手で男の首が二つほど、宙を舞っただけのことだ。

 残り六か。一人以外は雑兵に過ぎんな。一人の腹に蹴りを入れ、二人の脳天に上方からの踵落としを決め、残りの二人は首ではなく、胴体を手刀で薙ぎ払った。

 なぜ、首ではないか。首を飛ばすのはいとも簡単なことだから、胴体を真っ二つにされた人がどうなるのかを検証したかっただけのことだ


「さて、残るはお前、一人だけのようだが」

「ば、化け物め。お、俺を殺したら、お前たちもただではすまんぞ」

「外道に生きる価値などない」

「ひ、ひぃー、助けてくれえ」


 首領と思しき男はみっともないことにこの期に及んで俺に背を向け、逃げようとした。無駄なことをするものだ。


「影縫いの術!」


 逃げようと必死に駆ける男の影に向かって、呪符を投げつける。


「あ、足が動かねえ」


 影縫いにより大地に足を掴まれた男は俺の前に無防備なままでいる。


「降魔覆滅」

「あがががが」


 両のこめかみに向け、両の親指を突き込む。この時点でもう男の意識はなかったのかもしれない。だが姫を穢そうとした者をこのまま許しはしない。

 俺は親指をこめかみから抜くと両の掌で男の頭部を力いっぱいに圧し潰す。ミシミシグシャという嫌な音とともに男の頭部だったものは粉々に砕け散った。


「姫の手を汚す訳にはいかぬからな」


 俺は周囲に飛び散った人だったものを火遁の術で跡形なく消し去り、何事もなかったかのように主の元へと戻るのだった。



Side コレット

 わたしはコレット。16歳の花も恥じらう乙女っていうとたいていの人に「は?」って顔をされてしまうんです。

 でも、16歳なのは嘘じゃないし!栄養足りなくて、背が伸びなかったのとちょっと成長しなかったところがあるくらいですし。

 そんなわたしは冒険者ギルドに所属する冒険者なのです。ランクもDランクなので最下級って訳ではありません。討伐依頼とか、一切やったことないですけどね。

 ええ、そうです。わたしは採集依頼や納品依頼でコツコツと真面目に頑張っている冒険者なんです。こう見えて、冒険者歴はもう三年になりますし。

 そうです。わたしの家族はもうこの世に誰一人としていないんです。身を売ることも勧められましたがそんなの絶対に嫌です。好きになった人もいない。好きな人に身を捧げて、想いを果たすことも出来ないのに全てを諦めて、身を売るだなんて。

 誰も頼れない。信じられるのは自分だけ。だから、わたしは冒険者になることにしました。

 それまで何の苦労もしないで生きてきたわたしにとって、冒険者として生きるのは並大抵のことではありませんでした。始めた当初はまともに食事をとることすら出来ないなんて、ざらにありました。慣れてくると心の持ちようで少しくらいの空腹は我慢出来るようになりましたが素人にはお勧めできません。


 その日のわたしは冒険者として三年活動したことで油断していたのかもしれません。いつものようにポーションの材料となる薬草を採集してくる依頼をギルドで受けたわたしは慣れ親しんだ獣道を通って、森深くへと入ったのです。

 そこには森の浅いところで取れないような珍しい薬草が生えたわたしだけが知ってる秘密の場所があったからです。危険な獣に出会ったこともありませんし、ましてや魔物なんて見たこともありません。だから、出るはずないって、思い込んでいたのかもしれません。


 わたしが籠からはみ出るほどに薬草を取り終え、帰ろうとした時です。わたしは不意に強い力で手を取られ、バランスを崩して倒れしまいました。倒れた時に打った腰の痛みに顔を顰めながら、見上げるたわたしの前にいたのは深い緑色の肌に不釣り合いな赤い目をぎろつかせた魔物ゴブリンでした。


「きゃあああ」


 わたしは初めて見たゴブリンに恐怖のあまり、悲鳴を上げてしまいました。次の瞬間、頬に強い痛みと熱を感じます。ゴブリンがわたしを黙らせようと頬を平手で殴ったんです。


「うぅ」


 ゴブリンは怖くて、蹲ったまま身動きを取れずにいるわたしに馬乗りになると手にしていた剣でわたしの服に切れ込みを入れ、そこからは力任せに破かれて、あっという間に生まれた時の姿にされてました。わたしの服だったものは切り刻まれて、もう原形を留めてません。


「げひゃひゃひゃ」

「いやぁ、こんなの…やだぁ」


 でも、誰も助けになんて来やしません。ここは森の深いところで冒険者でも滅多に来ないところ。魔物に辱めを受けるくらいなら、死を選ぶ。いいえ、わたしには死ぬ勇気がありませんでした。だから、無様に生にしがみついて、生きてきたんです。死ぬのは嫌。でも、このまま犯されるのも嫌。


「げへへへ」

「いやぁっ、誰か、助けて…いやぁ、やなの」


 ゴブリンの顔が目前に迫ってきて、その血生臭さと何かが腐ったような耐えられない臭いに意識を失いかけながら、自分のあまり自己主張しない慎ましやかな胸にゴブリンの手が伸びてきて、わたしの反応を見るかのように揉んだり、頂を抓ったりしてくるのを他人事のように見ていました。

 視線を下にずらすとゴブリンの下腹部で凶暴なくらいに膨張している男の人のものが見えました。あんなので犯されたら、わたし壊れる。

 あぁ、もう駄目。こいつにとってわたしは犯すだけの対象で食料に過ぎないんだ。


「誰かぁ…助けてぇ、誰でもいいのぉ」

「あれ?完全に道に迷ったかな」


 その時、わたしは幻聴を聞いたのでしょうか。こんな場所でまだ、幼さの残る少年の声が聞こえるなんて。


「そういうのって、合意じゃないと犯罪なんだよ。知ってる?ゴブリンみたいだから、知らないか」


 少年の声はどことなく年に似合わない落ち着いた声でゴブリンを煽っているようにすら思えるようなそんな声でした。そこから、わたしは意識を失っていたようです。助かった、犯されないで済んだと安心したことで緊張の糸が途切れたのかもしれません。

 気が付いた時にはゴブリンの姿はどこにもなくって、黒い髪の少年がわたしのことを心配するかのように見つめていました。


「大丈夫かな?」


 そう言って、わたしを気遣うように羽織っていたマントで身体を隠してくれました。まるで騎士様みたいと相手がまだ、子供っぽさの抜けていない少年なのにその顔に見惚れてしまいました。

 ちょっとかっこいいかも。こういう状況で助けてもらったから、心がおかしくなってるのかもしれないけど。


「あ、ありがとうございます」

「僕は行くけど…一人で町に帰れる?」

「え…か、帰れますから。ひ、一人でも平気です」


 どうにかお礼を言うことは出来たけどつい強がってしまうのはこれまで誰の助けも借りずにきたせいかもしれません。頼っちゃいけないみたいに勝手に反応しちゃう。こんなわたしだから、誰も助けてくれないのかも。そう思うとちょっとだけ、悲しくなってきます。


「僕はこれでも勇者なんだ。だから、君を町まで送るよ」


 しかし、彼はそんなわたしの強がりを見透かしたかのように手を差し伸べてくれました。それどころか、気遣ってくれて、自分と変わらない背丈のわたしを負ぶってくれたのです。そこから、町に行くまでの間、わたしは心臓がどきどきしているのを彼に知られたら、どうしようとか、わたしの胸がもうちょっとあったら彼は嬉しいのかなという変な乙女心に苛まれてました。


 町に着いてから、せめてものお礼にと彼を家に招待しました。家といっても生活するのがやっとなくらいの粗末な小屋程度なものです。それでもわたしにとっては大事な家。他人を招待するのなんて、初めてのことですし、ましてや男の子とはいえ、殿方を招き入れるなんて心臓が飛び出そうなくらい緊張を強いられました。


「僕もね。家族はいないんだ」


 彼も同じでした。わたしと一緒。頼る人もなく、一人で生きてきたと知って、好きかもという気持ちが好きになっていました。ほら、あるでしょ?同族意識っていうのかな、そういうのかも。

 彼は全てを話してくれませんでしたが食事を一緒に摂っている間、色々と話が弾みました。他愛もない話がこんなにも楽しく感じられたのは家族がいなくなって以来のことでした。


 彼はわたしのことを好きなんじゃないと恋愛に疎いわたしでも分かります。でも、それなりに気遣ってくれる、そんな優しい彼にわたしは好きになる気持ちを抑えられなくなりそうでした。


「僕は旅しなきゃいけないんだよね。コレットと出会ったのその途中だったんだ」

「どこに行くつもりだったの?」

「アルフィン、そんな名前の町だよ」

「わたしも一緒に行きたいな」


 自分でも驚いてしまいましたが一緒に行きたいと思わず、口ずさんでいました。彼はちょっと驚いていたようですが静かに「駄目だよ」と言いました。


「危ない旅だからね」


 危ないってことは心配してくてるんだと思うともう、気持ちを抑えられませんでした。


「じゃあ、約束して。旅が終わったら、私に会いに来てくれる?」


 そう言って、わたしは彼に抱き付いていました。自分でもなぜ、そんなことをしてしまったのか、信じられません。でも、後悔はしてません。


「うん、いいよ」

「待ってるから…ずっと待ってるからね」


 旅へと出立する彼の姿を見えなくなるまで見送ったわたしは心に決めました。彼の足手まといにならないようにもっと鍛えなきゃ、と。

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