閑話 メイドによる出前サービスって、ここ日本だっけ
これは一体、どういう状況なんだろう。僕の前でいそいそと食卓の準備をするメイドさんがいる。ベールを被って、髪と顔を隠そうとしているけどバレバレじゃない?銀色っぽい髪の色と光に反射して、妖しく輝くルビー色の瞳は隠しきれるものじゃないと思うんだ。
僕は修行を兼ねて深い森を踏破しようと魔物を倒しながら、進んでいた。でも、太陽も沈んできたし、これ以上は無理と思った。無理せず、野営する場所を整えようとしていた時だった。
深い森の中だからか、もう暗くなりかけていた。木々の間に生れつつあった闇の中から、彼女は不意に現れたんだ。ベールを被り、黒に白いフリルで飾り付けがされたメイド服を着込み、優雅に僕に淑女の礼をしてくれるその姿はあの時、見た彼女と変わらない。
「ごきげんよう、勇者様。勇者様へ差し入れをするようにと主人から仰せつかりましたの」
メイドさんは努めて冷静に落ち着いた声を出そうとしているけど彼女の声を聞き間違える程、僕は耳が悪くないと思う。
「あ、ありがとうございます」
メイドさんは僕の言葉にベールの下で薄っすらと笑みを浮かべたように見えた。本当はそうじゃなくて、僕の希望が見せた幻なのかもしれないけどね。
「では夕食の準備を致しますね」
メイドさんはそう言って、いそいそと準備をし始め、僕は何をすればいいのか分からなくて、困っている。そんな状況にあった。少し、からかってみようか。
「お姉さんが仕えている方って、どんな人なんですか?」
本当は知っているんだ。記憶も大分、戻ってきたし、力も色々と取り込んだ。君がリーナだってことも知ってる。だけど、わざとそう聞いてみた。
「勇者様を好ましく思っている方としか、わたく…わたしからは申し上げられませんわ」
僕の質問にちょっとびっくりしたのかな。それでもまだ、バレていないと思って、頑張ってる彼女はやっぱり、かわいい。見た目がちょっときつそうに見えるのに中身はちょっと抜けてるからかな。
「そうなんだ。それは残念だなぁ。直接、お礼を言いたいと思ったんだ」
「まぁ、そうなんですの。主にお伝えしておきますわ」
気のせいか、やっぱりベールの下で彼女は微笑んだように思えた。というか、君、もう言葉遣いがメイドじゃないと思うんだ。バレバレ過ぎでしょ。隠す気あるんだよね?
組み立てられた携帯用の折り畳み式テーブルの上に真っ暗闇の森の中とは思えないような豪華な晩餐が並んでる。
「これはサンドイッチ?」
「ええ。こちらのサンドイッチはわたしが都から仕入れたローストビーフを入れてみましたの。これは旬のフルーツで作ったフルーツサンドイッチでこれはスモークサーモンのサンドイッチですわ」
「とっても美味しそうだね」
ベールの下で嬉々とした表情で説明していた彼女は僕の言葉に顔が赤くなったように見えた。多分、気のせいだろうけどね。ベール被ってるしさ。
彼女は僕がひたすら、サンドイッチを頬張っている姿をただ、見つめているだけだ。今は六歳も差があるから、手のかかる弟の面倒みてるって感じなのかな?
にしてもこのローストビーフ、マジで旨い!噛み締める度に溢れる肉汁の旨味ったらない。これは高いやつだ。間違いない。
スモークサーモンも口の中に入れただけで広がる
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
「また、明日も…なんて、ご迷惑ですよね」
ベールの下の彼女の表情はどことなく寂しそうにしてる、そう感じた僕は迷わずに答えてしまった。
「そんなことないです。毎日でも全然、OKですから」
「はい、では明日からずっ…いえ、明日もまた、差し入れに伺いますわ。名残惜しゅうございますけどごきげんよう」
食卓を片付け終わり、帰り支度の整った彼女は優雅な淑女の礼をすると踵を返し、去っていこうとしてふと立ち止まった。
「その前に一つだけ…」
「?」
彼女はお互いの息が届く程の距離まで近づいてくると僕の胸元に顔を寄せた。
「…例の女の匂いはしないようですわ。よかった」
彼女は何か、呟いたようだったけどあまりに小さな声だったので僕にはよく聞こえなかった。なんか「よかった」だけ聞こえたけど、何のことだろう。
「それではごきげんよう」
彼女はまるで闇に溶け込むように消えた。残ったのは森の中を木霊する得体の知れない鳥の声と風の音だけで。僕は孤独に慣れていたつもりで慣れていなかったんだなと改めて、気付かされる。
「早く、明日にならないかな」
僅かに見える星空を眺めながら、また会えるだろう彼女の姿を思い出しながら、休むことに決めた。
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