第22話 あら、勇者様あまりに情けない

アルフィン内政状況

人口: 413 人

帝国歴1293年

6月

 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

 黒きエルフ族が移住(+197人)

7月

 コボルト族が移住(+48人)

 バノジェや小集落から移住(+123人)

 ミュルミドン誕生(+10人)

 ミュルミドン補充(+30人)

   

人口構成種族

 人間族、エルフ族、獣人族(影牙族、影爪族)、コボルト族

 雑用ゴーレム、建築ゴーレム、ミュルミドン


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 ごきげんよう、皆様。

 仮縫いを済ませ、本縫いと仕上がりが当分、先ということで予定が狂ったリリアーナです。

 仕方がないので当座の冒険用ドレスとして着用出来るよういつもの漆黒のゴシックドレスを一枚、丈を短く、リメイクしてもらうことにしました。丈が短くなった分、蹴り技が使えますから、戦いやす…あら、嫌ですわ。令嬢が蹴りなどするはずがございませんでしょう?


「お嬢さま、あの一団がそうっぽいですっ」

「某が確認してきます」


 アンの声で現実に戻りました。たまに考え事に集中しすぎで周りが見えなくなる癖はいい加減、どうにかした方がいいかもしれないですわね。


「姫、件の奴らで間違いありません」


 わたくしたちは今、帝都からアルフィンへの街道を遥か下に見下す崖の上にいます。仮縫いを済ませたその足でアルフィンを目指しているとの報告が上がった件の勇者様をこの目で確かめる為、アンとアンディ、アーテルを伴ってこの場に来たのです。目的は当然、対象の無力化…かしら?


「人数はどれくらいかしら?数十人くらいはいそうに見えるけど…」

「五十と五人。件の勇者と思しき者一、その同行者と思われる女性四、装束・武装を揃えた私兵と思しき者五十でした」


 アンディは抜かりが無さ過ぎて怖いくらいね。さて、どうしましょう。わたくしの周りには血の気の多い子がい過ぎるから、このままアルフィンに入らせると血の雨が降りそうよね。


「全員、殺っちゃいます?」

「姫のご命令あれば、すぐにでも片付けますが」


 これが冗談で済まないから、困るのよね。武装が揃っている私兵なんて連れてきている以上、それなりに高い身分かしら?

 それにしても勇者だなんて。哀れな生贄の間違いではないかしら?感じる魔力は大したことない…というよりも話にならないレベルね。エルがいたら、詳しく分かるかもしれないけど。


「駄目ですわ。貴族の場合、面倒なことになりますもの。タイミングが良すぎる…良すぎるというよりも狙っているとしか、思えないのよね」

「追手ですね。某なら証拠も残さず、消せますが…」


 ですから消したらいけないのよ。消すだけなら、わたくしが魔法使えばいいだけの話なの。文字通り、この世界から消し去ってもいいわね。それとも生きたまま、冥府に送ってみ…いいえ、違いますわね。それをやってはいけないのよ。


「自分たちの意思で帰っていただくのが一番でしょう?とてもいい魔法があるの。ええ、とてもいいの。祝福を与えるのよ、ふふっ」


 それはいわゆる精神に作用する闇属性の魔法。人に試したことはあまり、ないのよね。肉体的に殺す訳でも消し去る訳でもないのだけど心は壊れてしまうかもしれないもの。

 祝福?そう、ある人には祝福かもしれないし、呪いかもしれないわね。わたくしは祝福するつもりで与えているけど…


「それでは参りましょう」


 アーテルを駆って…え?嘘でしょう?どうしてバレたのかしら。アーテルが連れて行ってくれるだけですものね、私の場合。ともかく、勇者様たちをもてなす為にお側にいかなくてはいけませんものね。



 わたくしたちは茂みに身を隠しながら、こちらへと段々と近づいてくる件の一団を見据えていました。


「これくらいの距離まで近づけば、大丈夫ですわ」

「姫、討ち漏らしは某にお任せください」


 アンディの討ち漏らしは本当に息の根を止めそうだから、怖いのですけど。


「まずは足を止めるとしましょう。そうね…あれがいいかしら?それとも眠らせる方がいいのかしらね?」

「お嬢さま?何を悩んでるのですか?足止めですよね」

「そうよね…ええ、そうね。足を止めればいいのよね。レライエ…力を貸して展開エクスパンド


 わたくしは大鎌の形状に戻ったレライエを両手で構えると五十余名全員を範囲内に入れて、睡眠の雲スリープ・クラウドを展開させます。霧のようなものに包まれたと思った時にはもう夢の世界に落ちているはずですから、平和的なものでしょう?

 意識を刈り取って、気絶させる昏倒の雲スタン・クラウドとどちらを使うのかで悩んだのですけど平和的なのはやはり、睡眠の雲スリープ・クラウドよね。


「目標は全て沈黙です、お嬢さま」

「第一段階は成功のようね。それにしてもあまりに情けないですわね。貴族の端くれでしたら、睡眠の雲スリープ・クラウドに多少の抵抗が出来るでしょうに」


 あくまで睡眠させているだけですから、目敏い人は早めに意識が戻る可能性も考えられるのよね。


「では仕上げの前の準備を終わらせましょう」


 仕上げに使う魔法を掛ける為にもっと近付くことにしました。アンとアンディは何も言わずに後をついてきてくれます。近付いてみて、気付きました。

 勇者様はそう…あなた、七十二柱ななじゅうふたはしらの子孫でしたのね……力は全然、感じられませんけども。それはもう残念なくらいに感じないわ。彼から感じられるのはアスモデウスと呼ばれた男の残念な部分の残滓のみですもの。

 それも色欲の部分だけを受け継いでいるなんて、不幸としか言えないわね。アスモデウス自身は一人の女性に一途だったと記憶しているのですけど、この勇者様にはその要素が全く、ないようね。

 そうなるとこの四人の女の子は単なる被害者ね。色欲の魔眼に魅入られて、抵抗出来る人間などそういないでしょうから。


「アンディ、この子たちは保護しようと思いますの。頼めるかしら?」

「御意。それでは御免」


 あっ…失敗ですわね。アンディに頼むのであれば、もっと説明をしてからにすべきでしたわ。そう思い直そうとした時には既に遅かったのです。

 アンディは四人の女の子の襟首を無造作かつ器用に掴むとふっと姿を消してしまいました。相変わらず、仕事が早すぎるのですけど。


「大丈夫ですかね、彼女たち…」

「そうね…無事だといいのですけどね……ええ、本当に」


 鞭打ち程度の怪我で済んでくれれば、いいのですけど。さて、保護対象は無事に保護したのですから、メインディッシュにするとしましょう。

 どうやって料理しましょうか?私兵五十名にはある程度、記憶を消すくらいでいいわね。それでそのまま都に帰ってもらえば、いいのですから。

 問題はこのアスモデウスもどきね。昔の誼で殺したり、傷つけたりはしたくないから…そうすると考えられる手段は一つしか、ないかしら。


「アン、浮気性の男を懲らしめるのにいい方法って、何かしら?」

「お嬢さま、目が据わってますけど…もしかして、お嬢さまグレた!?」


 色欲の権化にもっとも効果的な手を思いついたわたくしは気付かないうちに悪そうな表情をしていたのかしら?

 まぁ、いいですわ。人間の精神に働きかける闇魔法の恐ろしさ、見せてあげるとしましょう。

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