第23話 回し蹴りは見えると思います

アルフィン内政状況

人口: 413 人

帝国歴1293年

6月

 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

 黒きエルフ族が移住(+197人)

7月

 コボルト族が移住(+48人)

 バノジェや小集落から移住(+123人)

 ミュルミドン誕生(+10人)

 ミュルミドン補充(+30人)

   

人口構成種族

 人間族、エルフ族、獣人族(影牙族、影爪族)、コボルト族

 雑用ゴーレム、建築ゴーレム、ミュルミドン


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 俺は誰が見ても羨むほどの美貌に恵まれている。俺に声を掛けられ、靡かない女などいるものか。この女もそうだ。


「君はかわいいな」


 俺は横抱きに抱いた少女が目の前で真っ赤な顔をして初心な反応を見せてくれることに激しく興奮している。顔はまあ、及第点だ。悪くない。それ以上に男心をそそる身体が最高なのだ。それにこの反応だ。初物に違いない。


「俺に全て、任せてくれ。君は僕に身を任せればいいんだよ」

「は、はい。ランジェロ様」


 寝台にそっと少女を寝かせると豊かな双丘を隠している布切れを脱がし、ゆっくりと揉みしだく。


「あっ、いやぁ、そこぉ変な感じがします」

「本当に君はかわいいね。それにきれいな身体だ」


 思った以上に大きな胸に顔がにやけてしまう。この胸なら、胸だけでも喜ばせてくれるんじゃないか?

 しかし、おかしいな。これだけ興奮していて、目の前の女をやりたくて仕方ないのに息子が反応しない。昨日も四人を相手に暴れまくった息子がぴくりともしない。どうなってるんだ?


「あ、あのランジェロ様?どうなさったんです?もしかして、役に立たないんですか?」


 そこで俺の意識はプツンと途切れた。


 



 勇者様の額に手を当て、魔力を直接流し込みます。闇魔法・悪夢ナイトメアは文字通り、対象に見たくない夢を見せる魔法です。ただ、それは心的ストレスを与えて、壊すのが目的ではありません。そうなってはならない事象を見せて、成長を促すのが本来の目的なのです。

 うん千年くらい前に使ったのが最後だと記憶しているですけれど、その時は真実の愛がどうのとおっしゃる王子様にだったかしら。ですから「真実の愛?見つかるとようございますね」とかけて差し上げたのです。歴史書によりますとその王子様、名君になったそうですから、祝福の魔法でしょう?

 あの時は直接、注ぎ込んでいないのですけど今回は相手が一応、七十二柱ななじゅうふたはしらですもの。念には念を押してすべきと今までの生で学んできましたから。


「なんだか、うなされているようですねっ」

「この勇者様にとって、もっとも見たくない自分の姿を強制的に見せられているんですもの。これで恐らくは帰ってくれるはずですわ。勇者様もまともになるのではないかしら?」


 男として役に立たないというのがあの男の心の底に眠っていた怯え・恐れなのでしょう。それを与えたのは高い確率で母親ではないかしら…そう考えると少しくらいは同情の余地があるのだけど……いえ、やはり同情は出来ないわね。

 だからといって、無垢な乙女を穢して許されるはずはないもの。


「アン、帰りましょう。次の予定が詰まっているもの」

「はい、お嬢さま。次はベラのところで手直しの終わったドレスを受け取りですね。それはあたしにお任せください」


 わたくしとアンは勇者様と御一行を放置したままでここを去ることに決め、転移魔法を使うとアルフィンへと帰還しました。




「お待たせ致しました。本城の守りを固める算段がつきましたので此度の元凶となった者の討伐隊を派遣致します。その為、皆様にお集まりいただいたのです」


 わたくしはアルフィンに戻るとすぐに作戦会議を開くべく、参加者を招集しました。メンバーは前回とそれほど変わりません。留守を任せるネス、ヴァル、キャシーと討伐隊に参加するイポスが新たに加わったくらいかしら?そう言えば、ドレスを受け取りに行ったアンもいないわね。それに爺やがいないことかしら。

 お祖父さまは「あ奴の為したいことが見つかったようだ。手を差し伸べるのはお前の自由ぞ?」と仰っていたけど。


「フュルフール様とアモン様から伺ったお話で何者が森に潜み、何を企んでいるのか。思い当たる存在が一つあるのです。女性や子供ばかりが行方知れずになっているのでしたよね?非干渉地域で行方知れずになる者が増えれば、お互いがお互いを疑い始めるのは自然なことですもの」

「姫、すると白の大盾ルフスアイギス銀牙族シルバーファングが争うことで得する第三者がいるのですか?」


 得をするからしているのではなく、互いを争わせることで生じた人々の不和から成るマイナスのエネルギーを欲しているから。


「ええ、そうですわね。そうすることで彼らの目的が達せられるからですわ。彼らを討たねば、世界は滅びを迎えるかもしれません」


 討たねばならないと断言するのはとても、悲しいことではあるのですけど…潜む者グレイヴンを相手に話し合いなんて……かつて、どうにかして彼らと意思の疎通が図れないものかと苦心したことがあったのです。

 結果は全くの無駄骨でしたわ。彼らの目的に共存や繁栄など最初からなかったのです。全てを腐らせ、澱ませ、喰らい尽くす。世界を終わらせることが目的の者だったのですから。


「それで討伐隊でござるか。相分かり申した。我ら白の大盾ルフスアイギス、大義の為に恩讐など無意味でござる」

「俺っちも賛成っす。そんな奴ら、許せないっしょ」


 潜む者グレイヴンの悪意に曝されている当の本人達も乗り気になっているようですから、決まりかしらね。


「彼らの南の大地での本拠地も割り出しましたわ。ここ…古代神殿の遺跡の地下に彼らの要塞が築かれているとみて、間違いないでしょう。ただ、彼らは残忍で凶暴な性質をしていますけど狡猾な割に臆病な面がありますの。大人数の討伐隊を送ると警戒し、本拠地を動かす可能性があるのです」

「少数精鋭での本拠地攻略ですか」

「ええ、それしかありませんわ」


 結論は出ました。少数精鋭、腕に自信のある者で選抜さえた討伐隊を送り込み、目標を沈黙させます。

 討伐隊のメンバーも決まりました。わたくし。当事者であるフュルフール様とアモン様。アン、ハルト、イポスを加えた合計6名。本当は実質7名ですけども。アンディが影に隠れているでしょうからね。

 

 アルフィンに残る留守役の方々には重要な役目をお任せすることにしました。

 ルフレクシ様には弓兵隊の教練を進めてもらいつつ、バノジェのギルドとの繋ぎをお願いしてあります。

 エルは貴重なヒーラーである点と戦闘面において弓手としても魔導師としても有能なので討伐隊メンバーに入れたいところなのだけれど。領内の問題に他国の王女を関わらせてしまうと表向き、厄介なことに巻き込まれる可能性が高いという理由から、治療院での活動を続けてもらうことにしました。本人は行きたくて仕方がないようでしたけどね。

 ネスには家宰として、不在の間に執れる政務とアルフィン湖の湖水や水産物を特産品として出荷出来ないか、検証してもらうことにしました。

 キャシーには農政の専門家として、農産物を効率的に増産する策の検証をしてもらいます。魔力濃度が高い湖水を農業用水として使うことで成長速度を早められるのではという仮説を実証してもらうのです。彼女に任せておけば、まず大丈夫でしょう。

 ヴァプラにはアルフィンの南に広がる丘陵地帯を空から、詳しく調べてもらうことにしました。空から立体的に捉えられる彼にだからこそ、任せられるものですものね。

 お祖父さまはアイリスの魂が器に根付くのが間近ということで念の為に。エキドナはわたくしが勇者様の対処に行っている間、ネスに絡まれたのが相当に面倒だったらしく、エルに付いて町を見に行くそうです。


 アンから手直しの出来上がったドレスを受け取り、着てみます。


「短いのね…すごく心許ないのだけど」

「そこでこれを履くんです。完全にではありませんけど隠れますから」


 アンが次に渡してきたオーバーニーソックスと膝丈まであるロングブーツを履いてみます。悪くはないかも?

 戻ってきた魂の記憶が今の身体に定着するにつれ、身体の動きも記憶に呼応して動くようになってきた気がするもの。


「周りに誰もいないわね?」

「はい、お嬢さま。いたとしてもあたしが排除しますっ」

「排除しなくてもいいですわ」


 微妙に物騒なことを言うアンに少々、頭が痛くなりつつも動きやすくなったドレスで回し蹴りを繰り出しました。うん、悪くないですわ。長いドレスよりは戦いやすいですもの。

 今までの生では生き抜く為に戦う技術ばかり身に着けてましたから。剣術もですし、近接格闘術も嗜んできましたもの。彼に会うまでは死にたくないから、必死でしたから…結局、何を学ぼうとも死んでは生まれ変わるの繰り返しだったのですけどね。


「お嬢さま…大変、申し上げにくいですけど…回し蹴りは見えると思います」

「そ、そう…そうですのね」

「膝蹴りで顎を砕く方がいいと思うんです。それならお嬢さまのおみ足が見えることはありませんし!」


 力強く、間近に迫られた時の対処法を語り始めたアンを窘めつつ、潜む者グレイヴン討伐へと出立するのでした。

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