第20話 イライラしている方は物理的に冷やすのが効果的ですわ

 また、夢を見ているのかしら。

 薄い桃色の花に一面彩られた丘で座り込み、わたくしはただ、花冠を編んでいました。

 そんなわたくしの前に5歳?6歳くらいかしら、まだ幼い男の子がそわそわと落ち着きがない様子で立っているのです。

 彼の顔は恥ずかしいのか、頬だけでなく首まで赤くなっていました。わたくしも彼の顔をまともに見られません。


「リーナ、ずっと一緒だよ」

「はい、レオさま。わたしの命は生ある限り、あなたのものです」


 わたくしは大人の真似をして、意味も分からない言葉を吐いて、編んだ花冠を男の子に渡します。


「ぼくはリーナを…命を懸けて守り続けると誓うよ」

「レオさま…」


 男の子が受け取った花冠をわたくしの頭にかぶせてくれました。二人とも顔は真っ赤でお互いの顔もまともに見られないくらい。

 だけど、わたくしは知っているの。そんな言葉に何の意味もないことを。



 ごきげんよう、皆様。

 目覚めてすぐに少々、機嫌の悪いリリアーナです。

 夢見が悪かったからではありません…ほとんどまともに寝られなかったからなのです!

 一晩中、エキドナが激しく歯ぎしりをしていたのです。ええ、それだけで済めば、まだ良かったのですわ。

 右からは寝ぼけたアンの手刀が入ってきますし、左からはエルの蹴りが鳩尾を狙ってきますし…思わず、城ごと凍らせてしまいたくな……あら、嫌ですわ。

 そのようなこと、公爵令嬢が考えてはいけませんもの。ええ、記憶が封じられていたとはいえ、伊達に十年も無表情で氷の姫などと呼ばれていたのではありません。感情など殺して、お仕事に入るとしましょう。


 今日は確か、ベラ様に発注していた戦闘用?違いましたかしら?冒険用とした方がいいのかしら。

 あのドレスの仮縫いにお店に行かなければならなかったのですけど…わたくしの前にはうさじいことお祖父さまと魔法使いマニアの爺やがいます。

 ええ、ここは爺やの研究室。部屋を不法占拠した上に勝手にどんどん改築を進め、魔法使いが真面目に研究する部屋というよりも怪しい錬金術師が悪巧みをしてそうな部屋と言った方が分かりやすいくらいにとても怪しい部屋なのです。なるべくなら、長居したくありませんわね。

 床には得体の知れない獣のが散乱していますし、大人でも入れそうな研究槽の中には緑色の気味の悪い液体が充満しているのですから。


「お前にはしては早かったな」

「なんじゃと、わしはこれでも魔法生物研究ではお主に勝てると思っておるぞ」

「百万年早いな」


 しかもこの二人また、喧嘩をしてるんですもの。


「それで…爺や、完成したのですって?」


 こういう時、これ以上ない冷たい声が出るものよね。大陸屈指の大魔導師二人が我に返るのですから、わたくしの演技も中々のものでしょう?


「うむ、例のホムンクルスが完成したのじゃ!これじゃよ」

「わしの協力あってのものだがな」


 爺やが自信満々に一つの研究槽を指差しました。緑色ではなく、半透明の液体に満たされた槽に眠るように目を閉じ、浮かんでいるのは丁度、わたくしと同じくらいの背丈の少女です。

 蜂蜜色で腰に届くくらい長く美しい蜂蜜色の髪に…ええ……わたくしよりも育っている胸に括れた腰と理想的なプロポーションの持ち主の…もしかしたら、自分たちの好みを入れたのではなくって?


「わたくしよりも立派なようで何よりですわ」

「そ、そんなことはないのじゃぞ?城に運び込まれた時の姿を再現しただけじゃ。わ、わしは悪くないぞ?」

「そ、そうだぞ、リリー。大きさが全てじゃない!と偉い人が言っていたぞ?」


 この二人、慰めようとしているのか、貶そうとしているのか、どちらなの?どちらでもいいわ。怒ってなんてないですもの、ええ。怒ってませんのよ?


「ええ…怒っていませんから、これがアイリスの器なのね」

「そ、そうじゃ。だから、その凍気を少しだけ抑えてくれんかのう」

「くっくっくっ。わしは体がぬいぐるみだから、平気だがな」


 あら、嫌ですわ。うっかり、また凍らせてしまうところでしたのね。ごめんあそばせで済まないわね。


「ではアイリスをこの器に移していいのかしら?」

「お主せっかちじゃな。そうじゃったそうじゃった。お主といい、イシドールといい、なぜか脳筋だったのう」

「のうきんですの?まだ、税は取り立ててませんわ。納金出来る状態ではないと思いますの」

「その”のうきん”ではないわ!お主たちみたいな考えるより動く奴らのことじゃ!!」


 爺やがぜえはあと呼吸が激しいので心配になってきました。


「爺や、あまり興奮すると体によろしくなくってよ」

「誰のせいで血圧上がったと思っとるんじゃ、お主」

「お祖父さまでしょう?」

「リリーだろ?」

「久しぶりにわし、切れちまったぞ」


 あら、大変…爺やの血圧が上がってしまいますわ。そう思ったわたくしはまず、沈黙サイレンスをかけて差し上げました。それに体温も上がっていることでしょうから…ちょっと凍らせておきましたの。


 爺やとお祖父さまが反省して、おとなしくなったところでアイリスを器の方へと移しました。未だ、彼女は目覚めていませんから、器であるホムンクルスへ移っても馴染むまでに時間がかかるかもしれません。「わしに任せておくがよい」と胸を張るお祖父さまにお任せして、わたくしと爺やは議場へと急ぐことになりました。



「はい、終わりました。これでばっちりですっ」


 議場へと赴く前に乱れた髪をアンにセットしてもらい、ハーフアップにまとめてもらいました。

 編み込んでもらって髪留めとリボンでまとめてもらいましたから、手も込んでいますし、外からのお客さまを迎えるのに問題ないでしょう。

 服はいつも通りの”喪服”もとい黒を基調としたゴシックドレスです。


 議場には円卓が置いてあり、わたくしの背後に控えるようにアンが立ちます。「アンも座っていいのよ」といつも言っているのですけど、本人が座るのを断固として拒否するのです。

 わたくし以外に席に着いているのは爺やとハルト、それにルフレクシ様。新たに加わったコボルト族のリーダー・パトラ様です。エルも会議に参加する資格があると思うのですけれど、まだ起きてすらいませんし、彼女を無理に起こすと惨事が起きそうなので洒落になりません。エキドナはそもそも、この城にいると知られること自体が問題視されそうなので遠慮してもらっています。まあ、あの金髪の可愛らしい女の子がエキドナと気づく人がいれば、の話ですけど。


 そして、それ以外に席に座るのは見慣れない方がお二人ほどいるのです。それが今回の会議のお客さまであり、問題を持ち込んできた方々でもあります。


「お初にお目にかかります。某は白の大盾ルフスアイギスの長フュルフールと申す者でござる」


 妙な言い回しで喋っているフュルフール様はアルフィン湖の西岸に集落がある竜人ドラゴニュートの部族・白の大盾ルフスアイギスの長。

 竜人ドラゴニュートは全身を強固な鱗で覆われ、ドラゴンに似た頭と強靭な尾を持つという外見こそ、リザードマンに似ているもののドラゴンの眷属という点が大きく異なっています。彼らは理知的で争いを好まない温和な種であると言われています。

 ちなみに竜人ドラゴニュートはリザードマンと間違えられるとすごく怒るそうです。注意すべきですわね。

 フェルフュール様は美しい真っ白な鱗で覆われ、2mを優に超える巨躯を誇る立派な容貌の方です。ただ、一般的な竜人ドラゴニュートと異なる印象を受けるのは頭部を飾る鹿の角に似た二本の角状の物のせいかしらね。


「ちっす。アモンっす。銀牙族シルバーファングのリーダーやってるっす」


 え?ええ?喋り方とはアンバランスなほどに無駄に美しい容姿をされているのね。銀色の髪に黄金色の瞳がとても神秘的な雰囲気を醸し出しているのに…残念な感じがするのはなぜかしら。

 そう、このとても軽そうな喋り方をなさるアモン様はアルフィン湖の北方にある森林地帯に集落がある人狼の一部族銀牙族シルバーファングの長。

 人狼ルガルーはその名の通り、獣人の一種で人間形態と人狼形態に加え、巨狼にも変身が可能な戦う為に生まれた民族。

 わたくしの記憶が確かなら、銀牙族シルバーファングはおとぎ話に出てくる黒騎士に仕えていた一族のはず。

 わたくしの知っている人狼ルガルーもお喋りでオシャレ好きでおまけに泣き虫な優しい子ですから、見た目と中身が一致しない人が多いのね。


「本来は領主代行であるわたくしがおうかがいしなければならないところ、お二人に御足労いただきましたことを謝罪致しますわ」

「勿体なきお言葉にございます」

「気にしてないっす」


 対応が遅れてしまったのは事実ですもの。素直な謝罪は重要だと思うのです。謝れば済むという訳ではありませんし、交渉では下手に出るのは下策の場合が多々、ありますからね。それでも謝罪するのは白の大盾ルフスアイギス銀牙族シルバーファングの存在がアルフィンにとって、とても重要だからなのです。


 そもそもアルフィン湖の周囲にこんな有力な氏族が存在していますのに把握も調査もしていないのが問題ですもの。帝国は南部地域…特にカルディア地方を軽視しすぎではありませんの?

 確かに貴重な鉱脈が発見されたことはありませんし、特産品もさしてないかもしれません。ですが州都であるアルフィンが皇族にとって重要な地にも拘わらず、放置はさすがにまずいと思うのです。


「それでお申し出の件をどうぞ、お話になって下さいませ」


 一触即発とでも言うのかしら?空気がピリピリするって、本当にありますのね。他人事みたいに言ってますけど今、この場の雰囲気がそうですもの。


「我が一族は”侵略せず、侵略させず”という誓いを古代より、守ってきたのでござる。そこの狼めが協定を破ったのござる」

「ノンノン。違うっす。俺っちたちは弱いやつ相手にしないっす」


 え?どうしましたの?喧嘩の売買が始まりそうなのですけど。あくまでこの場は和平とまではいかなくても折衝の場のはずでは?

 お互いに譲り合おうという気が全く、ないように感じられるのですけども。


「我らが弱いと愚弄するか?」

「この場でどっちが強いか、弱いか、決めてもいいっすよ」


 お二方ともまだ席を立って、本気でやりあうというところまではいってないようですけど。これでは交渉に入る余地があるとは思えません。

 仕方ありませんよね。わたくし、別に怒ってはおりませんの。


「お待ちください。ここで剣を抜くということがお分かりでしょうか。お分かりの上、剣を抜かれるのであれば、覚悟されたと思ってよろしいのかしら?」


 抑えていた魔力を徐々に徐々にそれでいて静かに開放します。一気に開放するとわたくし以外の皆さんが凍死してしまうでしょうから、気を付けないといけませんわね。

 室温が多少…それともかなりなのかしら……下がってしまいましたけど室温以上に険悪な雰囲気のところをはっきりと分かるほどの低温にしてみたのです。

 ふふっ…心地いいでしょ?凍るような空気ですものね。闇に包まれていないだけ、ましと思えるでしょう?


「お二方とも…冷静な意見をお願い致しますわ」



 室温の低下は思った以上に効果的だったのかもしれません。そこからの合議はそれはそれは建設的かつ冷静な意見交換が出来たのですから。

 ただ、情報が出揃ったところで感じるのは軽い違和感かしらね。お互いに不干渉のはずなのに双方ともに非戦闘員にあたる女性や子供が姿を消すという異常な事態が発生しているという事実があるのです。

 まるでわざと争いが起こるように戦火の種を蒔いているかのように…。そうよね、深き者ディープワンがいるんですもの。

 混沌に連なる潜む者グレイヴンがいてもおかしくはないですわ。いるとすれば、恐らくあの遺跡かしらね。しかし、この城を留守にして、遠征に赴く訳にはまいりません。


「気にかかることがございますの。わたくしに少々のお時間いただけましたら、この問題を必ず解決出来ると思いますわ。いかがでしょう?」


 人は城と言いますもの。あの子達に手伝ってもらおうかしら。

 客人の相手をハルトとアンに任せ、わたくしは帝都へ向かうことにしました。

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