閑話 勇者が旅路は色とりどり
異世界から召喚された勇者の場合
僕は雨宮ユウ。
ファンタジーぽい異世界に召喚されちゃって、勇者ってことになってる。
ただ、旅立ちの準備をするのにバノジェの町で色々と買い物したんだけど分かったことは僕を見る目が必ずしも友好的なものじゃないってことだ。
それは僕の髪や瞳の色が珍しいから、とかそういう理由じゃない感じがする。
そもそも黒い髪に鳶色の目が珍しくもないから、違うんだよね。
勇者だから、なのかな?
普通はファンタジー世界って、勇者に優しいんじゃないの?僕の考え違いかな。それなら、いいんだけどさ。
この世界で僕のことをよく知っている人間はいないだろう。だから、あまり気を許しちゃいけない。僕はこの世界において、異分子って奴なんだろう。
出る杭は打たれるだっけ?目立たないように頑張るのは難しいけどさ。
そんな僕にも気になる人は多少だけどいる。
師匠のような存在でこの世界のことを色々と教えてくれるフリッツさんもその一人だ。我流で剣を振っていただけの僕に剣術を基礎から教えてくれたし、”勇者”としての旅にも同行してくれている。
だからといって、彼のことを必要以上には信じちゃいない。あの人の笑顔は張り付けたような嘘くさいものだし、微かではあるけどあの生臭い臭いが何より、気持ち悪いんだ。
一番、気になっているのは僕の武器を作ってもらう時に出会ったリリーさんかな。僕より少しお姉さんでなぜか僕のことを甘やかしてくるのにたまに頼りなくて、年下の女の子みたいな不思議な人だ。ふと気づくと僕のことをすごく優しい表情で見つめきたりして…あれは何なんだろうね。
あとは聖女として召喚された石田留菜さんかな。僕が落とし物をした彼女を追っかけたら、突然現れた召喚の魔法陣で二人ともこの世界に来ちゃったんだよね。彼女と顔を合わせたのは数回だけで街で騒ぎがあってから、見かけなくなったんだけどあの人、リリーさんに似てるんだよね。髪の色も違うし、瞳の色も違うんだけど雰囲気かな?なんだろう、感じるものが似てるんだ。
なんて、考え事をしていると隙が出来たと思ったのかな?襲い掛かってきたゴブリンは鋭い突きの一撃を僕の喉元目掛け、打ち込んできた。
「甘いっ!」
その一撃に合わせて、レーヴァティンを鞘から抜き放ち、ゴブリンが打ち込んできたショートソードの切っ先に向け、斬り上げる。ショートソードは刃先から柄まで真っ二つに切り裂かれて、原形を留めていない。
持ち主のゴブリンはというと”手加減”したから、生きてはいるみたいだ。
居合。僕が”食べてしまった”人は居合を習っていたらしい。そのお陰で僕は誰にも教わっていないのにその技を使える。そして、僕はこのゴブリンが使ってきた突きの技に興味を持った。
そのせいなのかな?武器を失い、一瞬呆然としていたゴブリンはその姿のまま、消えちゃった。また、”喰らった”んだろうなぁ。僕の意志とは無関係だから、困るんだよね。
「大丈夫かな?」
ゴブリンに捕らえられていた女の子を助け起こした。正直、見たらいけない…裸に近い状態だったから、ドギマギしてしまったけど羽織っていたマントで隠してあげた。あともう少し、僕が助けるのが遅れていたら、彼女はどうなっていたのかって想像すると色々とまずいね、うん。
「あ、ありがとうございます」
「僕は行くけど…一人で町に帰れる?」
「え…か、帰れますから。ひ、一人でも平気です」
帰れると彼女は言ってるけど嘘だろうなぁ。身体が震えてるしさ。強がっているのもあるんだろうし、もしかしたら僕に気を遣ってるのかもしれない。僕と同じくらいの年に見えるのにしっかりした子なんだなぁ。
「僕はこれでも勇者なんだ。だから、君を町まで送るよ」
僕はそう言って、彼女をおんぶしてバノジェに帰ることにした。目的の地へと向かうどころか、また出発点に戻ることになるけど見捨てるのは嫌なんだ。
ゴブリンに襲われていた女の子コレットを助けてから、三日くらいかな?
コレットは僕と同い年どころか、四歳上の16歳だった。背も小さいし、胸も…いや、これ言うと怒られそうだからやめておこう。それに顔も童顔っていうのかな。あれだね、高校生や大学生なのに子供料金でいけちゃう人だ、あれ。
彼女は身寄りがないらしくて、一人で強く生きてきたらしい。頼る者もいないから、冒険者として頑張ってる、と本人は言ってたけどゴブリン相手に危なかったからなぁ…あのゴブリン、ちょっと手練れではあったけどさ。
で、僕はバノジェから北をひたすら目指して、山岳地帯や丘陵地を旅している。フリッツさんは先に手筈を整えておくとかで先行して、目的の地アルフィンに向かったから、一人旅だ。コレットも付いてきたがってたんだけど、さすがに断った。何があるか分からない旅だし、目的地は魔王の本拠地らしいからね。
それにホントは一人旅の方が都合がいいとも思ってる。僕は敵意のあるものを”喰らって”その力を取り入れられるんだろう。そう考えるのが一番、説明がつくんだから。この三日間でそれを余計に考えさせられた。
問題はそれを他人に見られても安全なものかどうかってことだ。禁忌の力っていうんだろうか?俺の力は呪われているみたいな奴だね。そう考えるとやっぱり一人旅でしゃあないよね。
そして、僕は敵の本拠地アルフィンにいる。うーむ、どうしてこうなった。
「あっさり入れたけどいいのかな。逆に気持ち悪いな」
何の苦も無く、入ることが出来ちゃって、身構えていたのがアホらしくなってくる。フリッツさんが手筈を整えていたからって訳じゃなさそうだ。
城門には武装した兵士がいて、検問みたいな簡単な検査はあったけど、武器を取り上げられなかった。来る者は拒まずなのかな?
これが世界を滅ぼそうとしている魔王のいる本拠地とは思えないけどなぁ。街並みの規模の割に人の数は少ない気がするよ。するんだけど行きかう人の表情は明るいし、何より活気があるように見えるんだ。
女の人がほとんどいなくて皆、死んだような目をしてたバノジェとは大違いだと思う。とりあえず、宿泊先の宿屋でフリッツさんと合流した僕は一人、荷物を置いて、町を歩いてみることにした。
この町を復興させたのが魔王だとするとどんな人(なのか?)か、気になるしね。敵を知り、己を知ればなんとかだよ。なんとかが思い出せないけど情報収集は戦いにおいて重要だからね。
やっぱり、情報を手に入れるには町の人から、さりげなく聞き出すのが一番かな?
「この町って、活気ありますね」
露店のおばちゃんと言っても見た目はスマートだし、耳が長くて尖っているからファンタジーでお馴染みのエルフなんだろうけど、が話しかけやすそうな雰囲気だからおばちゃん。それとなく、探りを入れてみよう。
「そうよねー。おばちゃんもこの町来たばかりなんだけどねー。住みやすい町なのよー」
自分でおばちゃん言ったから、おばちゃんで間違ってなかった…。
「へぇ。どんな人が一番偉い人なんですか?」
「そりゃ、領主様が一番、偉い人よー。お姫様なのよ。本当はお姫様じゃないんだけどねー。みーんな、お姫様って呼んでるのよー。お人形さんみたいにきれいな娘なのよー」
魔王って、聞いてたけどあれかな。最近、ゲームとかで流行ってる美少女な魔王なのか。美少女なのに魔王だから強いんだろうな。知ってる。
「実際に会えたりとか、見れたりとかは無理ですよね?」
普通に考えると町を普通に歩いている魔王とか、いたら見てみたいよ。
「そうねー。そろそろ、町に出てくる時間じゃないかしらねー」
って、町出てくるのか。うかつなのか、それともそれだけ、平和ってことなのか。
「噂をしたら、ほら、あの娘だよー。黒髪の方じゃないよー。銀色ぽい髪の娘よー」
おばちゃんが指差した方に目を向けるとそこにはメイド服を着たお姉さんが二人いた。小物を売ってる露天商のおじさんに何かを聞いてるようだ。
黒い髪のお姉さんの方が背が高くて、頭の上に獣みたいな耳が生えているから、獣人なんだろうか。
銀髪ぽいお姉さんはあれ?気のせいかな?見間違いってことはないと思う。リリーさんだよね、あれ。
リリーさんが魔王?おかしくないか。僕と一緒に破壊兵器を壊してくれた人じゃないか。悪い人ではないと思う。単純に僕が彼女のことを嫌いじゃないから、悪い人じゃないと思い込んでるだけかもしれないけどさ。
その後も日が落ちるまで色々な店を回って、軽く聞き出してみたけど彼女のことを悪く言う人はいなかった。表向き悪口を言うと罰せられるからといった空気ではないと思う。みんな、明るい顔で長々と語ってたから、民衆に慕われてるってやつじゃないかな?
これは直接、本人に会うしかないかな。いや、会ってくれるものなのかな?「勇者です」って、言って通してくれるとは思えないなぁ。むしろ衛兵呼ばれるよね。
うーん、あまり、一人でうろうろしてる時間が長いとフリッツさんに怪しまれるかもしれない。しょうがない…一度、宿に戻ってから、どうするか決めよう。
ところが宿へ戻ろうとした僕を待ち構えている人がいた。気配すら感じさせずに近づいてくるとか、只者ではない。黒髪に獣耳でメイド服。リリーさんと一緒にいた人だな。
「あたしはアンヌマリーと申します。お嬢様からの伝言がございまして」
彼女の黄金色の瞳が僕を射竦めるように見つめてくるから、心が落ち着かない。まるで猛獣の檻に入れられた気分だよ。入れられたことはないけどね。
「明日の夜…朱く大きな星が天空に輝く夜、花が咲く丘でお待ちください。確かにお伝えしました」
「は、はい」
それだけ言い終えるとアンヌマリーと名乗ったメイド服のお姉さんは一礼して、去っていった。去り際まで威嚇されていたような気がするけど気のせいということにしておこう。
あまりに一連の動作が早すぎて、ツッコむ暇すらなかったことの方がびっくりだし。何者なんですか、あのお姉さん。普通のメイドじゃないよね、あの動き。
「花が咲く丘か」
リリーさんがリーナなのか?僕は戻りつつある小さい頃の記憶に混乱しながらも宿への道を急ぐのだった。
自称選ばれし勇者の場合
俺はランジェロ・ブリオーレ。
栄光ある名門ブリオーレ伯爵家の次男として生まれ、輝かしき未来を約束された男だ。ブリオーレ家は帝国生粋の古い血を保ってきた貴族の中の貴族。
だがそれだけで未来が約束されるって訳ではない。俺はその中でも選ばれし者なのだ。七十二柱の一柱アスモデウスを先祖に持つ我が家には先祖返りの力を持つ者が少なからず生まれる。
俺はその先祖返りで神たる先祖の力を色濃く受け継いでいる。そして、俺は今日、大祭司様によって勇者に任命されたのだ。勇者とはこの世を救う英雄に他ならない。選ばれし俺にとっては選ばれるべくして、勇者になったとしか言わざるを得ない。
勇者たる俺は常に愛でるにふさわしい愛らしき花に囲まれている。これは俺が勇者ではなくともそういう花に不自由するような見た目ではないからだ。俺の言葉を耳にして、落ちない者などいようはずがない。
ただ、花を愛でながら、だらだらと過ごすだけの日常を送る。それも今日までだったか。
俺は勇者である。貴族としての責務もある。よって拝命した任を遂行しなくてはならない。正直、辺境の地まで行くのが面倒で仕様がない。おまけに女一人を捕まえるのに勇者が行く必要があるのか、甚だ疑問である。
「捕まえて欲しいのはリリアーナ・フォン・アインシュヴァルト。知っておられるでしょう?ブリオーレ殿とは同級生だったはず」
リリアーナという懐かしい名前を聞いた。最後に見たのは二年くらい前だったか。俺達男子の間では図書室の幽霊姫などと呼ばれていた女だったな。確かに珍しい髪色に赤い瞳で儚げで見た目だけは美しかった。見た目だけはな。
この俺の言葉にも何の反応もないだけか、冷たくあしらった女はあの女だけだ。忌まわしいことに騎士のようにいつも側にいる平民もどきの男爵令嬢如きにやり込められたのだ。
なんたる屈辱か。今思い出しただけでも腹立たしいことだ。
「はっ、必ずや閣下のご期待に沿ってみせましょう」
屈辱を晴らし、あの女が許しを請う様を見られるのなら狐宰相に頭を下げる一時の恥などどうということもない。
その日のうちに俺は帝都を発った。両手に愛らしい花をともに。頼もしき私兵五十名を後ろに。今から楽しみで仕方がない。
帝国宰相メテオール・レンバッハの命により、”勇者”ランジェロ・ブリオーレがアルフィンに向け、出立したのはリリアーナ一行が出立してから一週間ほど後のことであった。
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