第19話 女子会とは戦場でしたのね・後編

 ごきげんよう、皆様。

 女子会なる女性に女性だけの夜の集いは意外とストレスになりそうなリリアーナです。

 くつろぐどころか、無駄に頭を使っている気がして疲れているのは気のせいかしらね。


「と・こ・ろ・でお姉さま。いつの間に魔法使えるようになったんですぅ?動いてなかった魔動心臓アルケインハートもばっちりですものねぇ」

「あら?あなた、もしかして…見えていますのね?」


 この子、話題を変えて誤魔化そうとしているのかしら。その手に乗ってあげるとしましょう。

 見える、という能力自体は決して、珍しい力という訳ではありません。しかし、その力で判定や鑑定を行えることから、とても重宝がられているのです。

 エルがその能力持ちとは知りませんでしたけども。


「昔から見えるんですぅ。ツェツィ姉さまはものすごく真っ赤な炎でメル姉さまは済んだ青い光が見えてたんですよぉ。それでアリーゼ姉さまはツェツィ姉さまに似た真っ赤な炎でしたよぉ」

「以前のわたくしには見えなかったのでしょう?」

「はい、動いていない魔動心臓アルケインハートが見えたんですぅ。それも二つ…」

「ほぉ、それは面白いのう」


 エキドナはまた、悪そうな微笑みを浮かべていますし、アンは心配しているのがよく分かる暗い表情になっています。


「でも!でも!今のお姉さまの魔動心臓アルケインハートは動いてますもんねぇ。二つともきれいに。お姉さまからは真っ白な氷と紫色の光…それに黄金色の光が見えるんですぅ」

「エル…もしかして、あなたって……天才ですの?」

「えっー、お姉さま、今頃気付かれたんですかぁ?わたしはそう!天才なんですぅ」


 だから、あなたはそのたびに胸を見せつけようと胸を強調するポーズを取るのはなぜですの?女子会ですのに胸をアピールする必要はありませんでしょう?

 ええ、悪意がないのは分かっていますわ。これはないものの僻みというものなのでしょう。


「わたくしの氷と闇の魔法はレベルV。光はまだ、馴染んでいないのもありますけど元の適性からもレベルIIIまでが限界かしら。エルの見えたものでほぼ、合っていますわ」

「わらわはどう見えとるのかえ?」


 エキドナがまた、さらに悪そうな微笑みを浮かべながら、エルを見つめています。あれは獲物を前に舌なめずりをしている捕食者の顔ですわ。


「え、えっ?あ、あなたは…怖いですぅ、すごーく怖いですぅ。炎がバッーでマグマがドバーッな感じで見てるだけで鳥肌がっ」


 怖いからといって、わたくしの背に隠れるのはやめて欲しいですわ。


「はぁー、なんか怖い物見ちゃったから、甘い物食べなきゃ♪」


 優雅にお茶を飲み終えるとエルはソファにだらしなく、寝そべりマカロンを食べ始めています。

 えっと…?ここあなたの家ではなくってよ。リラックスするにもほどがありますわ。ただ、ここまで素をさらけ出してくれる姿をかわいいと思ってしまうところがわたくしも病んでいるわね。


「アン、悪いのだけど…甘い物をもうちょっとだけ、お願い出来るかしら?」

「はい、お嬢さま。ホントは夜に甘い物は駄目なんですよっ」


 ついつい、甘やかしてしまうのはいけないことよね。そう思いながらもエルを甘やかそうとアンにお菓子を取りに行ってもらったのですし。

 アンを待つ間、わたくしもベッドの上にうつ伏せになり、魔法書を読み始めます。エキドナはわたくしたちを生暖かい目で見つめているみたい。


「急に思い出したのだけど…エル、デビュタントは済みましたの?」

「ん?してませんよぉ。する気もないですけどねぇ」


 あら?ヴァイスリヒテンはエルフの国ですし、貴族の義務や社交界のルールもレムリアとは違うのかしら。

 レムリアではデビュタントが済んでいない令嬢は問題があると判断されてしまい、いい縁談も来ないのよね。

 病弱などの身体的な理由だったり、心の病気などの精神的な理由だったり、それ以外の公に出来ない理由があったりと様々なのですけど。

 わたくしは存在しない婚約者をずっと待っている悲劇の令嬢だからが理由で社交界に出ていませんもの。

 本当の理由は「出たくないのなら、社交界なんて出なくてもいいのよ」というお祖母さまの鶴の一声に乗っかっただけなのです。筆頭公爵家の娘がこれではいけないのですけどね。

 家の為にはレオのことは忘れ、政略結婚でどこかの家に嫁がされていてもおかしなことではないのよね。

 どこか…?違いますわね。一番、可能性が高いのは皇室よね。ん…もしかしたら……お祖父さまが予め、何か言い残していたのかしら?


「ねえ、エル。あなたはレムリアの皇帝…アルベリヒ陛下をどう思うかしら?」


 アルベリヒ皇帝陛下は未だ独身で後継者がいません。年齢も28歳とまだ、お若いのですけれど后もおらず、後継者も定まっていない現状に有力貴族がこぞって、娘を後宮に入れようと画策しているのよね。

 ただ、勝者はまだいない状況。陛下には良くない噂があるのですもの。女遊びに現を抜かす愚かな皇帝。身分の低い令嬢を一夜限りの相手として臣下の進める高位の令嬢に見向きもせず、政務を顧みないなんて噂がまことしやかに…ね。


「お姉さまの親戚ですし、わたしも遠い遠いすごーく遠い親戚ですけどぉ…ありかなしかだとなしですねぇ。生理的に駄目なんですぅ」

「そう…そうよね。その感覚でおかしくはないと思いますわ」


 すっかり忘れていたけどわたくしも皇位継承権があるのよね。皇族中唯一の未婚女性で血がもっとも濃いのがわたくし。女性であっても皇帝になれるから…継承権一位じゃない…面倒なことですわ。


「子供の頃、謁見した時なんですけどぉ。あの人、目がやらしいんですってぇ。生理的に無理なやつですぅ」

「男なんて、そんなものじゃ。夢を見すぎだのう、だから小娘なのじゃ」


 エキドナは見た目こそ十代前半にすら見えないような幼女のようですけど、実年齢はアレな訳ですし、夫もいれば子供もいる立派な人妻ですもの。

 人生経験…いいえ、彼女は人ではないですわね。ドラゴン生経験が違いますものね。


「ただ、皇帝陛下の場合、そういう人間的な観点だけではなく、わたくしはあの方を信用出来ないのですわ」

「そうであろうな。お主の場合、ややこしいからのう」


 また、エキドナが悪い顔をしているのです。それも今までで一番、悪そうな顔。


「どうしてですかぁ?」

「敵…かもしれないからですわ」

「え?」


 わたくしが呟いた物騒な一言はエルにはっきりと聞こえていなかったようなので良しとしましょう。

 ええ、あれは十年前の話ですし、帝国内でも一部の者しか知らない機密事項ですから、エルは知らないのです。あのアルベリヒ皇帝陛下がアルフィンを襲撃させた黒幕。そう考えられていたという事実を。

 それというのもアルベリヒ陛下は皇帝になれない可能性の方が高かったからなのです。元々はレオのお父さまであるリヒャルト様は皇帝の嫡子であり、本来はあの方が皇帝になるはずだったのですけれど、先々帝コルネリウス陛下崩御の折、リヒャルト様がまだ、幼いことを理由にコルネリウス帝の弟君であるユルゲン様が繋ぎとして皇帝になられたのです。

 ユルゲン帝はリヒャルト様を皇位継承者の第一位とし、次の皇帝がリヒャルト様であることは誰の目にも明らかだったのですけど、あの事件が起きました。ユルゲン帝の突然の崩御と時を同じくして起きたアルフィンの陥落。

 そして、皇帝になったのがアルベリヒ様でした。彼自身はいい人間であるという印象もありませんけど、特に悪い人間という印象も受けません。無色の人という表現がふさわしいような個性のない人物なのだと思うのです。

 ですから、彼が自ら動き、皇帝になろうと陰謀を張り巡らしたのではないかもしれませんが結果として、あの日悲劇が起きたのです。わたくしが許せないのはその一点なのです。


「ふむ、またお主の機嫌が悪くなって、部屋が寒くなるとかなわんのじゃ。そろそろ、寝るがよかろう?」


 さすが年の功ですわね。このまま、話を続けていくと部屋が吹雪いてしまう…訳ないでしょう?いくら機嫌が悪くなってもそんな危ない真似はしませんのよ。


「ではアンが戻ってきたら、お菓子を包んで持って行かれたら、よろしいのでは?」

「ふむ、なぜじゃ?」

「えぇー?なんでですかぁ?」

「え?ええ?お部屋は用意してありますのよ?お休みになるのでしたら、お部屋へ…」

「わらわはここで寝るぞえ。何か、異論あるのかえ?」

「わたしもお姉さまと一緒に寝たいですぅ」


 どうして、そういう話になったのかしら。エキドナは見た目が幼女ですから、百歩譲っていいということにしましょう。エルまでそこに乗っかってくるなんて。

 頭が痛くなってきますわね。


「お嬢さま、ただいま戻りましたっ」


 アンが大人の顔くらいありそうな大きめのお皿に山盛りのクッキーやマカロンを積み、戻ってきました。戻ってきたのはいいのですけど、先程の話を聞いていたのかしら?

 「あたしも一緒に寝たいですっ」という欲望丸出しの期待に目を輝かせながら、見つめてくるのはやめて欲しいですわ。


「ベッドは広いから、喧嘩しないでおとなしく、寝ましょうね」


 わたくしがこの発言を迂闊だったと反省するのは翌日の朝のことでした。

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