第18話 女子会とは戦場でしたのね・前編

アルフィン内政状況

人口: 383 人

帝国歴1293年

6月

 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

 黒きエルフ族が移住(+197人)

7月

 コボルト族が移住(+48人)

 バノジェや小集落から移住(+123人)

 ミュルミドン誕生(+10人)

   

人口構成種族

 人間族、エルフ族、獣人族(影牙族、影爪族)、コボルト族

 雑用ゴーレム、建築ゴーレム、ミュルミドン


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 私はアリーゼ・シュヴェレン。

 帝国魔法省に所属する二等魔導監察官だ。

 私の家は貴族と言っても端くれ程度の男爵家である。

 爵位があるだけで領地もなければ、お金もない。

 ないないないの無いもの尽くしな家なのだ。

 そのくせ、由緒だけは正しい家柄だそうでママの家系は古い血を継いでるとかなんとか、言ってた気がするんだけど貧乏な名ばかり貴族であることに変わりはないね。

 そんな貧乏貴族だから、貴族学院に入るのも諦めてたんだけど生まれつき魔力だけは高い体質だったから、特待生として学費免除で入れたんだ。

 まぁ、案の定、特待生で入ったのと領地もない取るに足らない下級貴族だってが気に入らなかったんだろうね。

 入学してから暫くは大変だったよ。主に人付き合いがって意味でね。

 ちょっと平和な話し合いをしてからは平穏な日々が送れたかな?平穏というかいわゆる、ぼっちになっただけとも言うよ。


 そんな私に唯一、話しかけてきた子がいたんだ。

 第一声が「あなたの背中に黒っぽいのがいますわ。気を付けた方がよくってよ?」だったかな?私のことを心配しているようなんだけど無表情だし、棘のある言い方だから、変な子だなと思ったんだけどさ。

 振り返ったら、本当に黒っぽいのが背中についてたんだよ。殴り飛ばして消してやったけどね。

 一体、あれは何だったのかな?よくないものだとは思うけど分からないね。


 そうそう、それが縁で彼女、リリアーナと友人になったんだよね。彼女は私と違って、本当に生粋のお嬢さまだった。私とは真逆にいるような大貴族の令嬢で目は猫みたいで気が強そうに見えるけど本当はそうじゃなくて、無表情なのに優しくて、弱くて守りたくなるようなお嬢さまなんだ。

 領地持ちだとか。大貴族だとか。そういうのってほとんど、私ら下級貴族や平民を見下してる奴ばかりなんだけど、彼女は本当に変わってる子だったよ。所作は上品でお嬢様なのに偉ぶったところは全然ないんだ。

 それで性格が正反対なのに妙に気が合うんだよね。二人とも魔法の話をしていれば、日が暮れているのも忘れるくらい好きだったから、魔法研究会を作ったんだ。

 今、思えば、学院時代が一番、楽しかったなぁ。魔法が好きで魔法の話ばかりして、あそこのお菓子はおいしいとかどうでもいいような話もして、本当楽しかったよ。


 今は楽しくないかって?魔法を生業に出来たから、満足ではあるけど楽しくはないかな?楽しくはないけど魔法を悪用する奴を懲らしめられるって意味では充実してると思うんだ。


「おのれぇ、わしを馬鹿にしおって、小娘が!」


 人が感傷に浸っているところにこの腐れ外道親父は空気を読まないんだからさ!

 火球ファイアボールらしい私に向かってきた火の玉を左手を軽く、払うだけで消し去る。

 ワタシに炎を撃ってくるとか、百万年は早いよね。私は炎の申し子だからさ。


「炎の魔法っていうのはこう使うのよ。炎の矢ファイアボルト


 もっとも威力が低い初級魔法で十分でしょ。すごい手加減して、右手の人差し指だけで小さい炎の矢を放った…つもりだった。

 脅しだからね!本気だと殴り飛ばすか、蹴り飛ばすんだから!

 あ、あれぇ…?!炎の矢、想定より大きくない?また、調節ミスしちゃったかな…


「ひぃぃぃ、すいませんでしたぁぁ」


 あらら、いい年したおじさんが失禁して、おまけに失神しちゃったよ…。

 でも、当たらなくてよかったかな?部屋が半分くらい吹き飛んだんですけど!

 わ、わたしは悪くないよね?魔法生物の違法取引なんて悪いことしてるお貴族様が悪いんだよ。


 それにしても面倒だなぁ、後始末というか、始末書を書くのがさ。

 だいたい、単なる炎の矢ファイアボルトだよ。

 え?私が撃ったのは炎の矢ファイアボルトだったよね?

 おかしいなぁ…威力は最小に抑えたはずだけどなぁ。


 パパ、ママ…今月も給料から、かなりの額を引かれそうだよ…。


 



 ごきげんよう、皆様。

 城に戻るとそこで退屈そうに待っていた女の子の姿に驚きを隠しきれないリリアーナです。

 夕焼けに黄金色に反射した豪奢な髪とエメラルドグリーンの瞳が獲物を狙うように爛々と輝く幼女なんて、一人しかいないわね。


「遅かったのう?わらわは待ちくたびれたぞ」


 エキドナがなぜ、城にいるのかしら?呼んだかしら?呼んだ覚えがないのですけどおかしいですわね。

 夢や幻ではないと理解してますけど、まともな言葉が出てきません。


「エキドナ、どうしましたの?森はよろしいのかしら」

「森は暇でのう。お主は友達いないじゃろうから、遊びに来てやったのじゃ。感謝せい」


 ええ?友達がいないという言葉を反射魔法でそのまま、返してやりたいところですけどあながち、間違いではありませんわ。多くはありませんもの。


「お、お姉さまは友達少なくなんて、ありませんわぁ。わたしとか、アリーゼとか…えっとい、いないかも」


 エル、擁護しようとして傷口を広げ、塩を塗り込むのはやめた方がいいと思いますの。それにあなたが気軽に話しかけたのは南の竜王ですのよ?


「小娘、わらわを誰と思うておるか。むむ?お主はそうか…お主から感じる光はあ奴かの?ふむ」


 エキドナは何かに気付いたようです。光の強い魔力を持つ者で心当たりのある人物が思い浮かんだのでしょう。


「エキドナ、こんなところで立ち話はよろしくないと思いますの。まずは旅の疲れを癒し、食事をされてから…わたくしの部屋でお話しましょう」


 アンにエキドナとエルが逗留する部屋の用意を言伝て、わたくしは修復が完了した結界室に向かいます。魔動心臓アルケインハートがようやく身体に馴染んできましたし、光属性が使えるのなら光の防御結界を張っておくべきだからです。

 守るという意味でしたら、わたくしの七つの門セブンスゲートをアルフィン全域に展開すれば絶対防御も叶うのですけど、あれは完全に引き籠ってしまわざるをえない守りですから。敵を入れることはないけれど、中から出られないでは町として成り立ちようがありませんもの。

 その点、光の結界でしたら邪なる者を遮断するだけですから、それ以外の人々には関係がないものです。特産品を売買したり、ギルドを招聘したいアルフィンとしてはこの光の結界しか、選択肢がないとも言えますわね。

 結界室の中央に設置されている結界石―特殊な魔力を帯びた成人男性ほどの大きさの直方体の岩に光属性の魔力を注入し、結界を展開します。


「これでとりあえずは大丈夫かしら」



 食事内容は細やかですが人の数も増えてきたからか、賑やかになり多少、華やいできた夕食の宴が済み、約束した通り、わたくしの部屋に寛いだ格好で集まっています。

 寝衣ほど薄手ではありませんが人前、ましてや男性の前に出るのではないせいか、皆さんいつもより肌の出ている面積が大きい気がしますわ。わたくしも普段が重装備のフルアーマーと仮定しましたら、軽装備のレザーアーマーくらいに気軽な装いですもの。ええ?例えがよく分からない例えですわね。


「パジャマパーティーみたいで女子会ですかねっ、このノリ」


 アンが目を輝かせ女子会と呼んでいますけど、南の竜王に東のヴァイスリヒテン王国の第三王女がいるこの集まりをそんなに軽い感じでいいのかしら?


「ふむ、光の結界は無事に展開されているようじゃな」

「ええ、とりあえずの手ですけどもね」


 アンが気合を入れて、用意してくれたお茶とお茶請けを楽しみながら、気怠く過ごす夜もいいものですわ。え?決して、現実逃避している訳ではありませんのよ。


「お姉さま、それで聞きたかったんですけどぉ。わたしの光の力の方が強いのですし、わたしが結界張った方がよかったんです?」


 エルが疑問に思うのは別におかしいことではありませんでした。単純に光魔法のレベルで比較すれば、エルはレベルIVでわたくしはレベルIIIなので普通に考えるとレベルが高い術者が展開する魔法の方がより効果が見込めるからです。


「ここの結界が特殊なのですわ。血族しか入力出来ないように特殊な術式が組まれているんですもの」

「ほお、面倒なことをしておったのじゃな。リヒャルトの奴はいい意味で真っ直ぐじゃが単純な奴だからのう、誰かが入れ知恵したようじゃな」


 見目麗しい金髪幼女が悪そうな顔でニヤリとしている様はかわいいを通り越し、寒気すら感じます。彼女の中身がドラゴンで天文学的な年齢だからではないのです。単純にああいう表情をしたエキドナはいつも、悪いことを企んでいるからです。


「あまり、いじめたりはしないでくださいね?」

「分かっておる。いじめたりはしないぞ?わらわとて、お主は怖いからのう」


 釘を刺しておいたので魔法使い姿の老人やうさぎさんが不当な暴力を振るわれることはないでしょう。正当なかわいらしい幼女の膝蹴りくらいで済むかしらね。


「ふむ、それでじゃ。そこの狼娘よ。お主、中々に興味深い話を知っておるようじゃな」


 心無し室温が下がったのかしら?わたくしのせいですけども。どうも感情に反応して、無意識で氷の魔法が発動しているらしいのです。

 わたくし自身は冷気を全く、感じませんから被害者一同からの話を信じますとそうなのかしら、という推測なのですけど。

 エキドナはこの冷えた空気をどうにかしようと話題を振ってくれたのでしょう。


「は、はい。どこからお話すればいいのでしょう。あたしが異世界で死んでこの世界にってとこからですか?」

「そこは大して重要ではないぞよ。んー、あれじゃな。リリアーナが悪役なんたらで北のドラゴンがどうのという話を知りたいのじゃ」

「えー、なんですかぁ、それ。わたしも知りたいですぅ」


 軽い頭痛がしてきましたわ。エルが絡んでくる以上、面倒なことになりそうな気がして…。


「えっと、この世界があたしの世界でなんだろ…うーん、物語っていうか、作られたお話の中の世界と良く似てるんです。それでそのお話の主人公は身分が低いけど才能を秘めた女の子が努力して、頑張って、王子様と結ばれるっていうんです」

「ふむ、よくあるお姫様になりたい女の子の好きな話じゃな。人は時が過ぎようとも世界が変わろうともあまり、変化ないものなんじゃな」


 エキドナ、それはあなたがあまりに永い時を生きているからですわ。人の命は短いのですよ?女の子が憧れる夢を追いかけてもいいと思いますの。


「それとお姉さまが何の関係があるんですぅ?」

「ええ、それが主人公のライバルというか、嫌がらせをしてくる身分の高い令嬢がいるんですけど…」

「その令嬢の名前がわたくしと同じなのですわ。リリアーナ・フォン・アインシュヴァルト。一言一句同じですもの。気持ち悪く感じますわね」

「なるほどのう。それだけで終わらぬのじゃな?」

「はい、そうなんです。嫌がらせのせいなのか、他の人にも恨まれていたのか、描かれていないんですけどその結果、悪役令嬢のリリアーナは断罪されちゃうんです。それで身分剥奪の上、国を追放されるんですけど…」


 断罪…?このわたくしを断罪?誰がですの?わたくしは罪を認めたでしょう?永く闇に身を置きながらひたすら責を果たしていた、このわたくしを断罪?許さない…。


「あ、あのお嬢さま?お嬢さまのことじゃないんで…さ、寒いです、とっても」

「え、ええ?あぁ…ついね?ごめんなさい」


 あっ…つい、感情移入していたのね。危うく、この部屋が凍り付いてしまうところでしたわ。


「それで北のドラゴンとやらと結託するのかえ?解せぬのう、北の奴とはのう。あの男がのう、ほお」

「そうなんです。北の悪竜と組んで国を滅ぼそうとするんですが主人公と王子様の活躍によって、その短い生涯を閉じるんです」

「お姉さまがぁ?ありえない話じゃないですかぁ。お姉さまは権力とか、面倒なのが一番嫌いなんですよぉ」


 エルの言う通りなのよね。気怠いのです。ええ、面倒なことに関わりたくないのです。降りかかった火の粉は振り払いますけども。


「北の竜王はテュポンですわね。エキドナ、あなたの…」

「うむ、相方じゃな。元をつけてもいいのじゃが、あの馬鹿はのう」


 そう。北の大地を支配する竜王テュポンはエキドナの夫なのです。この二人、本当は仲が良いのですけれど素直でない性格の似た者夫婦のせいなのでしょうね。、年中、喧嘩が絶えないのです。

 北と南で離れた場所を守らないといけない立場にある以上、お互い想い合っていてもすんなりと会いに行けないのですから、エキドナも色々と辛いのよね。


「ただ…わたくしの名と一致していますけど、それだけなのかもしれないのです。物語の流れがアンの話と食い違う箇所ばかりになっているのです」


 まず、件の王子が存在しませんもの。それに主人公の女の子が本当にアリーゼなのだとしたら、わたくしと彼女が対立する未来が存在するということかしら?


「うむぅ、どちらにせよじゃ。狼娘の話を参考に気を付けるべきじゃな。もしやと思うのじゃが。あちらの世界…異世界じゃったか。あちらにこの世界のことを知る者がおるやもしれぬからのう」

「そう…そうですわね……その可能性は考えていませんでしたわ」


 そうなのよ…わたくしの直近の前世はあちらの異世界でしたもの。なぜ、このように簡単なことに気付かなかったのかしら?何らかの存在が干渉しているのなら、ありえないことではないものね。

 それにしても空気が重苦しくなってきましたし、話題を変えましょうか…。


「ところで…エルは魔導学院に進学出来るだけの実力があったのでしょう?なぜ、行かなかったのかしら?魔法を学ぶのにあの学院以上の教育機関はなくってよ?」


 エルは三人しかいない魔法研究会の最後の一人。彼女の魔法好きは度を越してますから、魔法に関してかなりの執着心を持つわたくしでも呆れてしまうくらいですもの。その彼女が魔導学院に進まないのはおかしいですわ。


「そりゃ、そうなんですけどぉ。リリーお姉さまのいない学院に価値ないじゃないですか?アリーゼお姉さまと二人だとですねぇ…きついんです、ええ、とっても。それにアリーゼお姉さまは飛び級で卒業して、魔法省のお役人になりましたよぉ」

「アリーゼは魔法省に入ったの…そう……魔法省になの」


 魔法への愛の深さと物事への妥協の無さがアリーゼの長所であり、短所ですものね。

 相手が誰であろうと持論を曲げようとはしないから、喧嘩まではいかないけどもエルとかなり激しいやり取りをするのでその度にわたくしがなだめていたのを思い出しました。

 そのアリーゼが魔法省で役人になったという事実に驚きとともに魔法に携わる仕事につくという夢を叶えられたのは喜ばしいことですわ。

 喜ばしいことなのですけども素直に喜べないのはなぜでしょうね。分かりました…魔法省の長官がお父さまだから、ですわね。


「それでわたしは学院卒業と同時に留学も終わりにしてってことで帰ったんですけどぉ。その…あの…えっと」

「そう…縁談なのでしょう?それでわたくしのところに来たのでしょう?」


 エルの耳がぴょこぴょこと激しく動いているから図星ですわ。本当、分かりやすい反応をしてくれるのがかわいいのですけど。


「興味がないって言ってるのにしつこいんですよ。わたし、三女なんですけどぉ」

「分かってませんわね。むしろ三女だからですわ」

「そうじゃろうな。人は面倒じゃな。政略結婚とやらじゃろう?」


 貴族や王族だけでなく、一般的に女性が幸せになるには結婚しかないという考え方があるのです。しかし、結婚とは幸せの為ではなく、家の為にさせられるものですから。そこに愛が生まれれば、幸せなのでしょうけど政略結婚ともなると愛の無い結婚生活も珍しくないでしょうからね。

 ですが長男、長女であれば、家を継ぐ可能性があるのです。問題はそれ以外の子には家の繁栄の為、道具扱いされるというのがまかり通るのですよね。特に王侯貴族では、ですけども。


 エルの場合、長姉ツェツィーリア様は女王として即位する為に早くから、帝王教育を受けていたでしょうし、年齢的にもエルよりもまず、次姉のメルツェデス様に政略結婚の話が打診されそうなのですけどね。


「メルツェデス様はどうなさったの?」

「メル姉さまは…従者の護衛騎士と駆け落ちしたんですよぉ」

「駆け落ちですの?唐突な話ですのね。まるで物語の一節みたいですわね」


 エルの耳がこれ以上ないほどに下がっています。かなりショックだったのでしょう。すぐ上の姉と仲が良いとよく話していましたから。

 その姉が駆け落ちで当分、会えない?おかしいですわね。タイミングがちょっと怪しいのではないかしら。

 ううん、違いますわ。あまりにもタイミングが良すぎるのですわ。


「ねぇ、エル。これは仮の話ですわ。あなたへの縁談の話が本当は存在しないのではないかしら?もしかしたら、メルツェデス様の駆け落ちもフェイクかもしれないの。あなたにわざとそれもしつこく、縁談の話を持ちかけたのは早く国を出るように仕向けたかったからではないかしら?そう考える方がよろしくはなくって?」

「えー?なんでそんな回りくどいことしますのぉ?」

「あなたが自分の意志で勝手に出ていった、とすることで国として、逃げ道が出来ますわ。あなたのことが可愛くて仕方がないからではなくって?」

「えー、お貴族さまって面倒なんですね…」

「わらわにはまどろっこすぎて人が哀れに見えてくるわ」


 ええ、わたくしも貴族の腹芸でしたかしら。手の内を知られないようにという面倒な生き様は関わり合いたくないのですけどエルはかわいい後輩ですもの。多少、話を盛ってでも笑顔にしてあげたいと思うのです。


「そうだったんだぁ…」


 エルの瞳がうるうるとしてきて、耳もぴょこぴょこと動いています。家族から愛されていると知って、嬉しくない者などいませんものね。

 本当にそうなら、いいのですけど。あくまでわたくしが得た情報から推定して割り出した仮説なのですから。

 

「あっ!でも、わたしは当分、お姉さまのところを離れませんからねぇ!回復魔法には自信がありますから、存分にお使いくださいまし」

「確かに…治療院はありますけど……あるのですけど任せても平気ですの?本当の本当に…大丈夫ですの?」


 わたくしが念を押すのには理由があるのです。エルは光属性の使い手ですし、レベルIVですから技能的には問題が無いのです。何より、彼女には彼女が編み出した彼女にしか詠唱出来ない固有治癒魔法まで有するくらいですから、回復魔法のエキスパートと言っても過言ではありません。

 そう、彼女は回復魔法が得意と言ってますし、確かにそれは間違いないのですけど治療と看護という実技をこなせるだけで治療院を任せるのは危険なのです。

 治療院という施設において必要なのはそういった技能だけでなく、慈愛と奉仕の心というのが必要になるのです。

 エルにはそれがないのですわ。それはもうすっぱりとどこかに捨ててきたかのように。

 ええ、そうですわね。わたくしにも無理よね。慈愛の心なんて、きっとどこかに置いてきてしまったのよ。


「だ、大丈夫ですってぇ。患者さんはいい研究材料とか思ってませんからぁ。ちょっといじるだけ…先っぽだけ、いじるくらい許されると思うんですよぉ」

「そこが心配ですのよ。本当に大丈夫かしら」

「任せてくださいって、明日からでもばっちり、頑張りますよぉ」


 本当に大丈夫かしら…この子に任せたら、悪役令嬢の悪名がわたくしにつくなどということは…さすがにないかしらね。研究材料という物騒な単語が聞こえた気がするけども…気のせいよね。

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