第17話 魔女の正式名称は魔法少女だったかしら

アルフィン内政状況

人口:250人

帝国歴1293年

6月 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

   黒きエルフ族が移住(+197人)

7月 コボルト族が移住(+48人)


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 昔々、屈強な騎士団を擁するイースという国がありました。

 国を治めるのは黒騎士の二つ名で呼ばれる熱き魂を持つ王。

 イースは長い間、北にあるレムリアという国と戦争をしていました。

 レムリアには氷姫の二つ名で呼ばれる美しい姫君がいたのです。

 戦場で敵として出会った黒騎士と氷姫。 

 しかし、運命の女神の悪戯なのでしょうか?

 二人は激しい恋に落ちたのです。

 茨の道が二人を待っていました。

 それでも二人は愛を育み続けます。

 そして、奇跡が起きたのです。

 二人は正式に結ばれ、民も歓喜と祝福の声を上げました。

 平和な時がずっと続く、誰もがそう思っていました。

 それは遠い遠い昔のお話。



 ごきげんよう、皆様。

 治療院や孤児院も無事に機能するようになり、慰問に行った際に件のおとぎ話に疑問を感じえないリリアーナです。

 なぜですって?

 あの氷姫がわたくしがアスタルテと呼ばれ、生きていた頃の二つ名だからです。途中までは同意致しますとも、ええ。

 ですがおかしいのではありません?イースという王国があったことすら、誰も覚えていないのですから。歴史からも消されているなんて、意図的なものすら感じてしまいますもの。


 話が少々、脱線してますわね。コボルト族の皆様をアルフィンの新たな民として迎えることになってから、三日ほど過ぎました。

 その間も色々な種族の方々が訪れ、町はかつての活気を取り戻しつつあると言っても過言ではありません。まだまだ、十年前の人口に及んでいませんけども棄民を保護するとアンディが噂を広めてくれていたお陰で住民増加の施策は功を奏したのです。

 レムリア人はそれほど多くないですけれどエルフや獣人など亜人と呼ばれる人々の割合が高いのは純血思想の強い中央や地方から、逃れてこの地にたどり着いた人がそれだけ多いということなのでしょう。


 ハルトには新たに編成された傭兵部隊の統率及び教練を任せてあります。これは来るべき、件の軍勢と正面からぶつかり合うのに必要な力。

 機動力がある騎馬部隊を率い、効果的に戦術を成功に導くにはやはり実戦経験が豊富なのに加え、西部戦線で小隊長を務めたハルトしかいないのです。なお、バノジェの冒険ギルドからも移民という偽装で手勢に加わっていただきました。50名程度の部隊とはいえ、今のアルフィンには十分すぎる戦力でしょう。


 爺やはふらっと帰って来たのでお祖父さまに捕まりました。また、どこかにお出かけされる前にアイリスの身体になるホムンクルスを造っていただかなければ。

 この一件はお祖父さまに全て、お任せしておきます。むしろ、そうしないと。アイリスはあれから、わたくしの中にいるものの未だ、目覚める感じはしません。肉体的な魔力の減少だけではなく、精神的な心のダメージを強く受けたのでしょう。かわいそうなアイリス…。


 そして、わたくしはお祖父さまとアンと一緒になぜか、城の中庭の地面を見つめています。不思議なことをしているとお思いでしょう?

 わたくしもそう思いますわ…。ですがお祖父さま曰く「この者達こそ、最高の盾とは思わんか」と地面の上を勤勉に動き回る蟻さんを指差しているのですけど。


「本気ですの?」

「わしが本気でない時などあったか?ないぞ、つまり、やるのだ」


 わたくしはアンと顔を見合わせ、軽く溜息をつくとアンも同じような気持ちなのか、やや潤んだ瞳で見つめ返してくれました。

 仕方ありません。お祖父さまはわたくしのことを考えて、提案してくれたんですもの。覚悟を決め、全てを諦めたような死んだ目をしながら、左の人差し指を短剣で軽く傷つけ、じわっと滲んでくる血を地面に垂らしました。


「エレシュキガルの名において命ずる。我が僕となりて、我に永久まで仕えよ。汝らが名はミュルミドンなり」


 犠牲者…でいいのですよね?わたくしの血の祝福を受けてしまった蟻さんたちは次の瞬間、急激に変貌・進化を始めます。数秒の後、わたくしたちの前には十名の屈強な戦士がかしずいていました。

 身の丈は2mを超えるくらい大きく、全身は隙の無い分厚い外骨格に覆われています。頭部も人のそれとは全く異なり、ギョロッとした赤く光る大きな複眼に口から生えた二本の大きな顎牙、頭の上から生えた二本の触覚から彼らが元々は蟻さんであったという名残が見受けられます。


「はぁ…だから、わたくしは気が進まなかったですのよ?」

「そう言うでない。これでいいのだ」


 ミュルミドンに視察の際の警護をしてもらったり、門の番をしてもらったら、案の定、見た目のせいで怖がられていたようですわ。



 それから、わたくしとアンは視察ではなく、確固たる目的をもって城下町に出ています。目的とは仕立て屋さんでドレスのオーダーと出来上がった魔装具を受け取ること。


 アンに頼んでおいた口が堅く、それでいて腕のいい仕立て屋さんが見つかったのです。アンが連絡を入れてくれたからか、それからすぐにアルフィンの民になってくれました。

 彼女は影爪族シャドークローという黒豹の獣人であり、かの一族は秘密厳守の口の堅さに定評があり、仕立て屋さんの腕は折り紙付きの見事なものだそうです。


「お初にお目にかかります。リリアーナ・フォン・アインシュヴァルトと申します」


 ドレスの裾をつまみ、優雅に礼をします。一応、淑女教育は済んでいますから、令嬢としての作法は完璧なはずです。

 夜会には一回も出ていませんけども。違いましたわ。正しくは出させてもらえなかっただけですもの。


「イザベラにございます。ベラとお呼びくださいまし。この度は姫様からオーダー承りまして、き、恐悦、し、至極に存じます?」

「ベラ、慣れない言葉使うから、噛むんだよ?おまけになぜ疑問形よ?」


 挨拶とある程度のやり取りでこの方は信用出来ると判断しました。それにわたくしがもっとも信頼するアンの薦めた人物という一点がもっとも大きい判断材料でしょう。

 

「身軽に動きやすいデザインで全体は黒系統の色でまとめていただきたいのです。ただ、喪服のように見えると以前と変わりありませんから、そこをベラ様のセンスでアレンジしていただけません?…それとデザイン上、難しいかもしれませんけれど髪と瞳が分かりにくくは出来ませんか?」

「なるほど。動きやすいとなりますとやはり、デザインはショートドレスと組み合わせるのでいかがでございましょう?ペティコートのように膝上あたりまでの裾で仕上げまして、顔を隠すのにこのようなヘッドドレスとヴェールなどはいかかでしょうか?」


 ベラ様はそう言うとスケッチブックに説明したデザインのデッサンをサラサラッと描き、見せてくれます。あら?かわいいかもしれません。

 違いましたわ。かわいさを求めているのではなく、機能性でしたのに。いかに戦いやすいか、でしたものね。

 ですが足がはっきり出てしまうのは令嬢としてはしたないと言われかねないのでどうしましょう。


「あ、ミニスカートで魔法少女みたいなデザインにすればいいんじゃないの?背中に大きなリボンなんて、どうなの?かわいくない?それで足元はロングブーツと二―ソックスでどう?」


 魔法少女…?魔女の正式名称は魔法少女だったかしら?違う気がしてならないのですけど。


「ええ?そのリボンよりも…ケープマントはお願い出来ますでしょうか?」


 アンがまた、よく分からないこと言い出しました。いつものことなので気にしたら、負けなのですとも。

 きっと彼女が生まれた日本では日常的に魔法を使う少女がそういう制服を着ていたのでしょう。そういう決まりでもないと。

 しかし、非常にアバウトな注文でもデッサン画にどんどん取り入れていくあたり、ベラ様がかなりの熟練者であるというのは間違いありませんわ。


 今日のところは採寸だけということになって、仮縫いは明日ということになりました。ベラ様がお一人で仕上げられるというのに早いですわね…。



 それから、完成した魔装具を受け取りにライモンド様の工房を訪ねます。

 工房はどこに?という話になってしまいますけれど、彼はユウ様に魔装具を引き渡すとすぐにこの町へと移ってくれたのです。

 どういう心境の変化があったのかは分かりません。仮にも流浪の名工と呼ばれた方が腰を落ち着けてくれる何かがアルフィンにあったのでしょうか?あったのでしょうね。フェリーと結婚が決まったそうですもの。


「お嬢ちゃん、あんたの魂に適合する形はこれじゃないかい?」


 そう言うライモンド様の手にある魔装具は湾曲した刀身に長大な持ち手を有する大鎌でした。


「鎌ですのね?」

「ですよね。これ使いにくいんじゃないですか?お嬢様は特に武器の扱いに慣れておられませんから。お嬢様が不器用だとか、そういう訳じゃないですよ?」


 紅い魔水晶が刀身に装飾のようにはめ込まれており、漆黒に染め上げられた柄と持ち手の部分にも金色の装飾が施されているので芸術品のような趣さえあります。

 もっとも絵画に描かれるイメージとしての死の神が持つ大鎌を装飾品として、飾っておく物好きな人がいるかどうかは怪しいものですわ。


「まぁ、武器じゃねぇから、いいんだよ。お嬢ちゃんの魔法が使いやすくなるお守りみてえなもんだ。レライエだ。こいつの名」


 レライエ?レライエですのね、やっぱりあなただったのね。

 魔水晶がわたくしの心に応じるように淡く光を放ちました。どうして、あなたがこんな姿になってしまったの。


「そう…ですのね……いい名前ですわ」


 ライモンド様から、レライエを手渡され、両手でその感触を感じます。やはり、とても懐かしく感じるのとともにやり場のない哀しみを感じるのです。

 彼女を元に戻す方法はあるのかしら?死んでいる訳ではないと思うのです。彼女の魂はいささかも損なわれていないし、確かに彼女の温かい魔力を感じるのですから。

 もしかしたら、他の七十二柱も宝石に姿を変えた子がいるのかもしれないわね。大陸は広いもの。誰か、その手段を知っている人がいるのではないかしら?


「それでな、お嬢ちゃん。このレライエには便利な機能がある。収納ストールって唱えてみな」

「はい、収納ストール


 なんということでしょう、大鎌がブレスレットの形状に変化し、わたくしの右手首に装着されました。

 不思議としか言いようがありませんけど、帝室所蔵の宝物にも変形するアイテムがあるのです。

 それでも非常に珍しいのは間違いありません。魔水晶がアクセントになってお洒落なブレスレットに見えるので常に身に着けていてもおかしくはないはずですわ。


「この状態でも魔力は生成されててますの?」


 ブレスレットの形状でも魔装具としての機能がそのままであれば、大鎌の形に戻す必要があるのかしら?


「そいつはさすがに無理だ。五割もねえぞ。三割程度か」

「そうですのね。残念ですわ」

「い、いや、お嬢ちゃん。むしろ、なんでブレスレットでもフルパワーと思ったんだ?それじゃ、武器にする意味ねえだろ」

「…なんとなくですのよ?」


 その方が便利と思ったのですけど、世の中上手い話はそうそう、ないということでしょうか。


「ったく、このお嬢ちゃんは考えることが時々、ぶっ飛んでるな。でお嬢ちゃん。大鎌形態に戻すときは展開エクスパンドだ。な?俺様は天才だろ、な?」

「ええ、はい、天才ですわね。ありがとうございました、このようにいい魔装具を。このお礼は必ず、後日…」

「代金も礼もいらねえって、言ってもお嬢ちゃんの気が収まらんか」

「ええ、友であるフェリーへの結婚祝いとしてでしたら、受け取っていただけますかしら?受け取っていただけますよね?」

「そ、それなら、仕方ねえな。後日ってのを楽しみに待っとくわ」


 それほど強い言い方をしていないと思うのですけど、ライモンド様の声に微妙な怯えが感じられたのは気のせいですわ。そう、きっと気のせい。


「それではごきげんよう」




 目的を終えたわたくしたちが城へと戻っている途中でした。

 そよ風くらいしか吹いていなかったはずなのに突如として、強い旋風が起こったのです。


「おっねえさーまー」


 ちょっと高めのよく通る声とふいに背中に感じる柔らかい感触。それにこのざわざわとした強い風の精霊力は…?

 あぁ、この感じ、学院時代を思い出しますわ。たかだか、一年とちょっと前くらいの記憶ですけど懐かしいですわね。


「エルなの?」

「あったりー、お久しぶりでございますわ、お姉さま」


 エレオノーラ・マレフィキウム。

 わたくしとアリーゼの一年下の後輩。たった三人しかいない魔法研究会のメンバーの一人。そして、わたくしの遠い遠い子孫でもあるのね。

 夕暮れ時の光に眩く反射する亜麻色の髪を風になびかせて、好奇心と意思の強さを色濃く映すエメラルドグリーンの瞳でこちらを見つめる美しいエルフの少女がたおやかに立っていました。

 フリルとレースで飾られた白いブラウスと花柄で彩られた薄い桃色のジャンパースカートは彼女のかわいらしい妖精のような印象を引き立てています。


「あなた、国に戻っていたのではなくって?」

「ええ。わたし、これでも姫ですからねっ!」


 えっへんとこれ見よがしに胸を見せつけないでもいいの。彼女は華奢な体つきの子がほんとどのエルフなのに胸の自己主張が強すぎるのですから。

 わたくしはちょっと栄養が足りていないだけであって、栄養を取れば多分…きっと……そこはどうでもいいですわね。

 わたくしの胸は成長途中、そう成長している途中ですもの。成長が止まった訳ではないのです。


「わたくしの手紙が届いたから、来たという訳ではなさそうね。それにしては早すぎますもの」

「手紙?何のことですかぁ?わたしはただ、お姉さまに会いたくって来たんですからぁ」


 エルは口をちょっと尖らせて、拗ねたような表情を見せます。この娘は昔から、そうでした。

 天然でかわいい娘なのです。同性のわたくしでさえ、つい何かをしてあげたくなってくるのですから。異性の殿方は間違いなく、彼女の虜となるでしょうね。魔性の女とでも言うのかしら?


「それは嘘ですわ。あなたが嘘をつく時、耳がぴょこぴょこ動くから、すぐ分かるのよ?」

「うぇ」


 今度は耳がしょげたように下向いているから、犬の尻尾並に分かりやすいのではなくって。分かりやすい反応だから、多少なりとも自覚があると思っていたのですけど…分かっていなかったようね。


「本当はどうしましたの?あなたが…ここで話すのはまずいわね。わたくしの部屋でゆっくり、話しましょう」

「はぁーい、お姉さま」


 夕暮れ時の気持ちがいい緩やかな日の光を浴びながら、わたくしたちは城への道を急ぐのでした。新たな悩みの種が待ち受けていようとも知らずに。

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