第14話 貴重な資源を無駄遣しないでください
アルフィン内政状況
人口:202人(5+197)
帝国歴1293年
6月 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)
黒きエルフ族が移住(+197人)
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光が差し込む窓辺の側を右に左にと落ち着きなく、うろつく黒髪のメイドが一人。
だからといって、部屋の掃除をしている訳ではなかった。
「あのさ、アン。落ち着けって」
質素な木製のベッドに横たわるミイラ男―包帯でぐるぐる巻きにされたハルトマンはメイド姿のアンを落ち着かせようと声を掛ける。
が、それは逆効果だったようだ。
「あぁ゛ん?落ち着いてられる訳ないでしょ!あたしはね、何も出来ない自分自身にいらついてんのよっ。前回の森に同行出来なかったのはしょうがないわ。イベントが発生するかなぁって、思ったから。でも、今回は違うじゃない!あたしが風の魔法使えれば、お嬢様のお役に立てたのにっ」
ハルトマンは「イベントって何のことだよ。おまけにお前、声が地声出て低くなってんぞ」と喉元まで出かかった言葉を引っ込めた。
この娘が頭にきている時に下手に刺激すれば、大爆発する可能性が高いのは目に見えているからだ。
抑えることが出来るのは彼らの主であるリリアーナだけだが、現状それは期待出来そうにない。
彼女はまだ、バノジェから戻ってきていない。
「この
「やばい、これは命の危機だ」とハルトマンは思った。アンの瞳が獣人が変身後に変貌する獣眼に変化しているのに気付いたからだ。
その瞳に浮かぶのは獲物を目の前にした歓喜・享楽。
ハルトマンはこの目、どこかで見たとふと思い出していた。そうだ、お嬢が俺を助けてくれた時だ。
目の前の敵を屠りながら、彼女は薄っすらと微笑んでいなかったか。
記憶と感情を取り戻して、それで得た喜びと楽しみが殺戮とか悲しすぎるだろ。
「さぁ、覚悟は出来たかなぁ?」
「よ、よせ、アン。話せば分かる」
数分後、ミイラ男どころか、包帯で何重にもぐるぐる巻きにされ繭のような物体と化した哀れな犠牲者の姿があった。
「もしもーし、リリーさん?」
目の前に心配そうな表情でわたくしを見つめているユウ様がいて、焦ってしまいます。
まずいですわね、惚けていたところを見られてしまったかしら。
変な女確定はまずいですわ。
「え?あ…はい、大丈夫ですわ」
「本当に大丈夫ですか?疲れているのなら、休みますか?」
じっと見つめてくる鳶色の瞳の少年の顔が近くて、また、顔が火照ってきた気がします。
「ええ、ちょっと考え事をしていただけですの」
「それなら、いいんですけど行きましょうか?」
そう言うと意外にも手慣れた様子でわたくしの手を握ったのです。
それもとても自然な所作で。
もしかして、女性の扱いに慣れているのかしら?
「僕、孤児院で育ったから…女の子の扱いには慣れてるんですよ」
手を握られた瞬間、わたくしが反射的に強張ってしまったのに何かを感じたのか、ユウ様は小声でそう答えました。
彼を傷つけてしまったのかしら?
「よしっ、頑張って行きましょう!」
表情が暗くなったのは一瞬だけですぐに明るい表情に戻って、わたくしの手を引いて、ゆっくりと歩いてくれます。
わたくしの歩調に合わせてなのかしら。
わたくしにだけ、優しいのなら、それはそれで嬉しいのだけど。
誰にでも優しいと…わたくしが許せなくなるもの。
隠し通路内にいざ侵入してみると分かるのは入り口付近のみが外からは天然洞窟にしか見えないようにうまく細工されているということでした。
内部のつくり、特に壁と床は明らかに人の手が入っていると分かる出来だったから。
本当はもっと通路や床を観察するべきなのでしょう。
昔、読んだミステリー物小説でもこういう壁や床に手がかりが残っていたものね。
でも、ずっと手をつないでエスコートしてくれている小さな騎士さんが気になって、仕方がないのです。
「見張りがいるのが入り口だけって、罠なのかな?油断しているのかな?どっちなんだろ」
「どちらでもない…何も考えていないという場合もございますわ。そ、それであ、あのユウ様…手が……つないだままなので」
「ご、ごめんなさい」
はにかむような表情でさっと手を放してくれるユウ様の姿と仔犬が勢いよくぶんぶんと振っていた尻尾が怒られた途端、急に力を失っている姿が似ていると妙な想像をしてしまいました。
わたくし、やはりどこか、おかしいかしら?
どうしましょう…かわいい……抱き締めてあげたいくらいかわいい。
でも、駄目よ、駄目。
弟よりも年下の子に何を考えているの。
それに今、そんなこと考えている余裕ないのですわ。
ここは敵の真っ只中ですもの、集中しなくては。
「敵の姿もないようですし…」
今度はわたくしから、ユウ様の手を取って、再び手を繋ぎました。
「こうしている方がはぐれませんし、安心するでしょう?」
「はい、そうですね」
邪心のない笑顔で答えてくれるから、ちくっと胸が痛みます。
そうですわ…ユウ様が手を繋ぎたそうな顔をしているからだけであって……そう、わたくしは仕方なく、手を繋いだだけなの。
わたくしが安心したいから、手を繋いだ訳ではありませんわ。
それから、わたくしたちは三十分近く、延々と続く通路を歩き続け、ようやく見つけた地下へと続く螺旋状の階段を下ったのです。
そこから、また三十分近くを延々と同じような通路を歩き続け、またも現れた螺旋状の階段を上がっています。
ふと微妙な空気の差異が感じられます。
もしかしたら、目的地が近いのかもしれません。
「ユウ様、目的地が近いのかもしれないですわ」
「天文台に着いたってことですか?」
「恐らくは。歩いた時間から、そろそろ施設にたどり着いてもおかしくありませんもの。それにこの階段を上り始めてから、嫌な気配を感じるのですわ」
「あっ…頑丈そうな扉がありますよ」
わたくしたちの前にかなり頑丈そうなつくりの大きな鉄製の跳ね上げ式扉が立ちはだかっていました。
「鍵が掛かっていたら、どうしましょう?」
「開けばいいんですよね?」
ユウ様は両手に力を込め、鉄扉を下から押し上げ始めます。
鎖か、何かの引き千切れるような音が聞こえ、鉄扉は文字通り、消えました。
ユウ様が力任せにそのまま、押したら吹き飛んでしまったのです。
吹き飛んだ鉄製の扉が床に落ちた際、騒々しい音が響いたので警備の者がいたら、面倒ですわね。
「僕が先に飛び込みます。リリーさんはここで僕がいいって言うまで待っててください」
「ではせめて、これだけでも…」
わたくしは敵が手ぐすね引いて待っているかもしれない中に飛び込むユウ様の力になるよう、お呪いをかけました。
ええ、物理と魔法の力が彼の身に及ばないようにという簡単なお呪いですわ。
「あれ?何もいないです。大丈夫みたいですよ」
ユウ様の言葉に階段を上り、件の部屋に足を踏み入れます。
「そのようですわね。確かに…ええ、これはなんて、素晴らしい…実に興味深い建物ですわ」
どうやら、ここが天文台の中枢部なのでしょう。
星詠みが天空を観察する為に造らせたのであろうドーム型の天井は当時、最先端の技術だったと思います。
しかし、おかしなことに星を詠む為に必要な肝心の物がないようです。
代わりにその部屋の中央部に置かれているのは巨大な石弓の形をしたものでした。
「あれがブリューナクかしら?」
「図面の絵柄に似ているから、そうですよ、きっと」
360度自在に回転可能な台座の上に何人の人間で動かせばいいのか、分からないような大きな石弓が載っていて、奇妙な形状の縄のような物が石弓と壁を接続するように繋がれていました。
「何かのケーブルかな?このケーブルがエネルギーの…」
「ええ?ケーブル?あぁ、あの縄のようなもののことですの?」
「うん、こう電気とか、何だろう…エネルギーを通すものなんだ」
「でんき?いえ、構造はよく分かりませんけども魔力をこのケーブルでブリューナクに供給しているのでしょう」
ケーブルを通して、どこからか送られてくる魔力と
それで膨大な魔力から精製された光の槍を金属製の投槍状の矢に収納し、射出していた、ということかしら。
威力は
ライモンド様は確かに天才の名に恥じない才能の持ち主ですわね。
この兵器が量産されたら、各国の軍事勢力バランスが崩れてしまうでしょうから。
ただ、
「さてっと、レなんたらっていうのはどこかな?」
「
ユウ様がブリューナクへと近づいた瞬間にそれは起きました。
もっと周囲に気を配って、よく観察するべきだったのかもしれません。
「侵入者アリ侵入者アリ。コレヨリ迎撃モードニイコウスル。侵入者ヲ排除スル」
どういう仕組みなのかは分かりませんけど、非常に抑揚のない女性の声がわたくしたちを敵と認識したと告げています。
部屋に置いてあったのはブリューナクだけではなく、警備の者がいない訳でもなかったのです。
金属の箱のような物体が無造作に何個か、置かれているのに気にも留めなかったわたくしたちが悪いのでしょう。
その金属の箱が勝手に動き始め、磁力で引き合うもののようにそれぞれが連なっていき、まずは足。
そして、脚から胴体と人型の構成物が形成されていきます。
それは僅か数秒間の出来事。
唖然としているわたくしたちの前には金属光沢で全身を覆った巨大な人型の物体が立ちはだかっていました。
ドーム状の天井に届くほどではないけれど、それでもわたくしたちのゆうに五倍くらいはある巨体。
「完成する前に攻撃しておくべきでしたわね」
あまりの光景に気を取られ、攻撃するのを忘れていました。
「何も準備が整うまで待っている必要がないですもの。先手必勝ですわ」とわたくしが呟いたのをユウ様は「それ、駄目ですよ。お約束は待たないと」と軽く、窘められたのですけども。
解せませぬ、なぜ、わたくしが窘められたのかしら。
「おぉ!合体ロボ、かっこいい」
「ゴーレムなのかしら?こんなゴーレムは本でも見たことないですわ」
目を輝かせているユウ様はいいとしまして、ゴーレムは魔導師が木や石などから生成して、使役する魔力で生み出された魔法生物です。
爺やが雑務や建築に使役しているのは石製のストーンゴーレムで一般的には素材の強度によって、その強さも比例するとされています。
このゴーレムは光沢からしても材質が金属で間違いないでしょう。
「ゴーレムかー、RPGでよく出てくるやつだよ。とりあえず、攻撃ですか?」
「え?いえ、まずは敵を知りませんと…って、もういないですわ」
ユウ様はまず動く方ですから、わたくしが気付いた時にはもう、ゴーレムとの間合いを詰めていました。
速すぎて目で追えないという訳ではないのだけれども、行動に移すまでも早いので捉えきれるものではありません。
気付いたら、抜いた大剣でゴーレムの右足首目がけ、横薙ぎに大きく振っているのですから。
「くっ、かったいな。おまけに危ない危ない」
耳障りな激しい金属音とともにユウ様の体は弾かれたように数歩、飛び退りました。
彼がいた場所にゴーレムの右腕が振り下ろされているのでちょっとでも回避するのが遅れていたら、まともに攻撃を喰らっていたに違いありません。
鈍重なのかと思ったら、意外と俊敏なようですわね。
これは…普通の金属ではない?
「攻撃でも援護しますわ」
空中に浮かび上がった白い魔法陣から、出現させた四本の氷の槍をゴーレムの頭部目掛け、突き刺していきます。
森でも使った
魔法を使っている感というところかしら?
そうでもしませんと無詠唱で唱えているか、分からないのって評価されそうもなくて、悲しいではありませんか。
少なくともわたくしは彼に評価してもらいたいのです。
氷の槍と金属製の巨体がぶつかり合う衝撃音が部屋に激しく響き渡ります。
「効果がないようですわね」
「そうみたいだね。リリーさん、何か、作戦ある?」
「作戦…えっと……」
「普通に斬ったり、魔法で攻撃しても駄目ぽいですね」
ユウ様の手にある大剣はあの名工の作なのだから、いくら堅いゴーレムと言っても傷くらいはついてもおかしくないはず。
ところがゴーレムの足首にそのような痕は見当たりません。
わたくしの
そうなると考えられる…いえ、考えたくないのですけど……もしかして、あのゴーレムはミスリル以上の金属製ということかしら。
刃も通さない、魔法も効果がないけど滅多に手に入らない貴重な素材を使って、レアなゴーレムを作ったのですわね。
「あのゴーレム、ミスリル製かもしれませんわ」
「ミスリルゴーレムってこと?ミスリルって、レアじゃないですか?」
ユウ様は器用にゴーレムの攻撃を避けながら、わたくしと会話をしています。
ゴーレムの攻撃手段が腕で殴りつけるか足で蹴ってくるか、しかないのが不幸中の幸いなのでしょう。
考えなくては早く…出来るだけ、早く。
ユウ様がゴーレムの気を引いて、時間稼ぎをしてくれている間に。
物理的耐性が強くてもどこかに弱点があるはず。
たいていの物質は高温で熱すれば、燃えるか、溶けるかだけど問題は炎の上位魔法を使える者がいないから、燃やす作戦は駄目ですわね。
ではわたくしの
凍結させたとして、相手は生命を持たない魔法生物ですから、動けなくはなるかもしれないけど一時的なものよね。
凍らす作戦も駄目かしら。
そうすると闇の魔法で圧倒的な破壊力がある攻撃魔法でもって殲滅する…は出来ませんわ。
それだけの破壊力がある魔法をわたくしの魔力だけでは行使出来ませんもの。
そうなると殲滅作戦も駄目よね。
上位の魔法でないのなら、いけそうなのですけど…熱、凍結、衝撃……もしかしたら、ミスリルを壊せるかもしれませんわ。
「リリーさん、どうしますか?そろそろ、僕でもやばいかも」
回避に徹しているとはいえ、さすがにユウ様の体力の限界が近いのかもしれません。
でも、この作戦の要は彼の力なのです。
「ユウ様!剣に炎をまとわせる…炎が身体の中から湧き上がる……それを剣に移すのです。イメージ出来ますか?」
すぐにイメージして、出来るものではなでしょう。
魔法使いとしての素養とか、魔法の基礎を習っているとか、そういうのがいるはずですから。
ユウ様がイメージ出来るようになるまでわたくしが時間稼ぎしなくてはいけませんね。
「炎を剣に…あー、なんか勇者の持っている剣みたいのかな。うーん、炎…炎…燃える」
「その間、わたくしが時間を稼ぎますわ」
わたくし体力ではユウ様のような近接戦闘で時間を稼げるような技量はありません。
敏捷性には自信があるのですけど、体力がなくては時間稼ぎになりませんもの。
魔法で足止めするしかないですわね。
レベルIIIの魔法・
相手を凍らせるだけの魔法ですけれど、足を止めるのには最適でしょう?
足止めには成功しました。
ゴーレムの動きが止まったから…でも、一時しのぎに過ぎないことはわたくし自身がよく分かっています。
痛覚がないゴーレムにとって、凍結した足を気にする必要がないのですから、力任せに引き抜いて、動き出すのは時間の問題なのです。
「イメージ…イメージ……炎よっ!」
目を丸くする、って本当にあるのですね。
今、わたくしがそうなっているのですから。
あの子、どうなっているのかしら。
目の錯覚ではありません。
ユウ様の大剣は今、刀身全体を覆う激しい炎によってまるで炎の魔剣のように見えているのです。
「これで殴りまくればいいんですよね?」
言うが早いか、もう大剣を逆手に構えて、足首に一撃を加えています。
わたくしがやろうとしていることを分かっているとしか思えませんわ。
やはり、あなたは本当にベルなの?
あぁ、いけない…集中しなくては。
ゴーレムの全身が炎で熱くなるまで待つのが重要なのです。
「よーしっ、こんなものかな、結構疲れたー」
いくら
「ありがとうございます、ユウ様。ここからはわたくしが!」
先程、足元に足止めをする為に撃った
次の瞬間、赤熱化していたゴーレムはユウ様に殴りかかろうとした姿勢のまま、きれいな氷像と化していました。
でも、これで終わりではありません。
これで壊す為の準備がようやく終わっただけなのですから。
「血の盟約に従い、女王エレシュキガルの名において滅びを与えん」
氷像と化したゴーレムの真上に闇色の魔法陣が出現すると黒い雷を伴いながら、魔法陣と同じ色をした禍々しい球体がその中からゆっくりと落ちてきます。
わたくしはそれをゴーレムに向かって、振り下ろしました。
「
耳障りな金属が激しく軋む音と氷の激しく割れる音が部屋中に響き渡り、残ったのはゴーレムだった粉々の金属片と床に開いた大穴でした。
大穴が予想外に大きく、ゴーレムだけではなく床まで抉るように破壊しているので下手すると帰り道を壊した可能性もあったと冷や汗が流れてきます。
歴史的建造物を破壊したら、損害賠償とか請求されるかしら?
それとも禁固刑でしょうか…冷や汗が止まりません。
「す、すごい威力だね、今の魔法。かっこいいです」
「いえ、ユウ様。今のは威力自体は抑えてありますの。相手が金属でしたから、このようになったのですわ」
そう、金属は熱してから、急速冷却すれば、脆くなる性質があります。
あとは脆くなったところに衝撃を加えるだけで簡単に破壊出来るのです。
その性質を利用して、闇の魔法で軽い衝撃波を与えたに過ぎません。
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