第13話 大剣はロマンという子がかわいい

 翌日、わたくしはフェリーと一緒にライモンド様の店に向かいました。

 約束した時間より、早いけれど人を待たせるのは気が引けますもの。

 兵はうんたらをなんたら、ですわ。

 うろ覚えなのは前世の日本人の記憶のせいかしら。


「ライモンド様、ごきげんよう。わたく…あら?」


 どうやら先約のお客様がいらっしゃったご様子。

 それも見覚えがある顔の少年ではありませんか。

 黒髪のちょっと小柄な男の子は昨日、わたくしがぶつかってしまった子でした。


「お嬢ちゃんも来たか。丁度いいな。昨日、お嬢ちゃんがぶつかった坊主も同じ件の客なんでな」

「「あっ」」

「昨日は…そのごめんなさい」

「え、ええ。どういたしまして?」


 自分でも何言っているのか、分かりませんわ。

 「どういたしまして」って、何にですの?

 気まずいですわ。

 気まずいなんて、ものではありませんでしょう?

 油断したら、目が泳いでしまいそうだから、気をつけておかないと…変な女と思われてしまいますわ。


「リリー、ライが二件も仕事入れるとか。天気変わるどころか、天変地異が起きるね」


 フェリーが小声で耳打ちをしてきました。

 気難しい方で変態さんとは聞いていましたけど、元婚約者のフェリーにここまで言われるライモンド様って…。

 そうライモンド様とフェリーは元婚約していた間柄だったことを昨晩、聞いてしまいました。

 道理で気安く振舞える関係なのですわ。


「おめぇら二人に集まってもらったのは理由があってな。俺様が厨二病で故郷を捨ててきたってこたぁ、知ってるよな?」

「ええ、お聞きしておりますわ」

「へぇ、そうなんだ。知りませんでした。え…厨二病なんだ…」


 故郷を捨てた、とは聞いていなかった気がするのですけども、黒き森シュヴァルツヴァルトを出たという事実は確かに聞きました。

 小さく聞こえたチュウニビョウというフレーズが気に掛かりますけど。


「だが、俺様はあの森…故郷を一度たりとも忘れたこたぁねえんだ。俺様はな、やっちまったんだ。やっちゃならねえことをしちまった。故郷を灼くようなもんを作っちまったんだからな」

「灼くですって…まさか、あの光の槍ですのね?」


 黒髪の少年だけ置いてきぼりな感じが否めません。


「ああ、あれは俺様がこの町がまだ自由の民の手にあった時代に依頼されて作ったもんだ。ブリューナクって言うんだがな…だが……作ったこたぁ、作ったんだがな」


 ブリューナクといいますのね。

 光の槍を発生させているのが普通の魔法ではないと予想していましたけど、まさか、魔導兵器に類するものだったとは。


「何か、問題がございましたの?」

「もしかして…動かなかったんですか?」

「坊主の言う通りだ。動かなかったんだぜ。光の槍を無数に形成して、撃ち放つ魔法の巨大石弓になる予定だったんだがな。動かす為のエネルギーが足りなかったのさ」

魔導整流器レクティファイアはそれを補う為の装置でしたのね」

「半分、正解だが半分、誤りだぜ、お嬢ちゃん。魔導整流器レクティファイアを二個付けたんだがなあ…それでも動かせるエネルギーが足らなかったんだぜ。だから、封印されたまま、忘れ去られるはずだったんだがな。どこぞの外道がエネルギー源を探し出しちまったのさ。その結果があれだ。俺があんなもん作ったばかりに…な」

「つまり、その魔導整流器レクティファイアを僕たちも取ってこいってことですね?」


 わたくしの隣にいる黒髪の少年は置いてきぼりどころか、完全に理解しているようでした。

 侮れない子ですわね…と思わず、その横顔に見惚れてしまうわたくしはきっと、どこかおかしいのですわ。


「そういうこった。俺様は情報を提示する。坊主とお嬢ちゃんは材料を取ってくる。ウィンウィンの関係ってやつだぜ?」


 また、意味が分からないこと言ってますけど、もう気にしない方がいいですわね。


「え、えっと…このお姉さんと二人でですか?」

「他に誰がいるんだ、坊主」


 そう言うとライモンド様は机の上に図面のようなものを広げました。


「この町に天文台があるのは…知らんよな?北の方に白いドーム型の建物があんだがあれがそうよ。ブリューナクはそこにある。偽装してあんのさ、表向きはな」

「正面突破でどうにか、なる施設ではないようですけど何か、ありますのね?」


 そう、偽装して隠すような重要施設は警備が。

 ルフレクシ様の調べてもそれは既に分かっていましたもの。

 それを二人だけでというのは何か、策があるのでしょう。


「隠し通路があるのさ。この町を出て、ちょいと行ったところに天然洞窟があってな。そこから地下経由で天文台に入れるのさ」

「それなら、なんだか行けそうな気がします」

「え、ええ?」


 ええ?どこらあたりで行けそうなのかしら?

 わたくしには行けそうな気が全然、しないのですけど気のせいで済ませてもいいのかしら、これ。


「おめぇらなら、大丈夫だ。でブリューナクにたどり着いたら、これを取り外してこい」


 ラウム様が広げた図面の一点を指し示しました。

 石弓の土台部分に二箇所、宝石のようなものが見受けられます。

 それが魔導整流器レクティファイアの材料になる人工魔動心臓アルケインハートなのね。


「武器もおめぇらは…ねぇよな?」

「はい」

「武器でしたら…これを」


 フェリーが偽装の為、わたくしの代わりに腰に佩いていたオートクレールを受け取ります。

 ドレス姿の令嬢が腰に剣を佩いていると検問で止められそうでしたから、フェリーに預けていたのです。


「こいつはまた…拵えからありえねえ剣だな、こりゃ」

「あ…鞘から抜いたりはなさらないでくださいな。死にますわよ?」


 オートクレールの柄を見ただけで鍛冶師の血が騒ぐのでしょうか?

 好奇心を隠せていないその瞳は刀身を見たことなくて、仕方がないのでしょうね。

 でも、好奇心は身を亡ぼすのですわ。


「そ、そうか。お嬢ちゃんの割に物騒なもん持ってるもんだ…と、とにかくだ」


 ライモンド様はやれやれという表情をしてらっしゃいますけど、それは武器を持っていない男の子への反応なのか、それとも魔剣の類を持っているわたくしへの反応なのか、どちらなのでしょうね。




 武具店を出発してから、一時間くらいは経ったのかしら。

 わたくしたちはバノジェを北に抜け、林の中にあるという隠し通路の入り口に近付いていました。

 その道すがら、お互いを知った方が動きやすいと思いましたから、自己紹介と情報を交換しあいました。

 ユウと名乗った黒髪の少年はアンが生きていた日本から来たようです。


「それでユウ様が住んでらした日本は戦などで大変な国でしたの?」


 小柄に見えるユウ様の選んだ武器が背丈と同じくらいある両手持ちの剣なのがわたくしには不思議でなりませんでした。

 両手持ちの大型剣といえば、熟練した技量の戦士が使う武器と記憶していたのですけど。

 使うのにそれなりに力が必要でしょうし、ましてや得物とするのであれば、力に加え、経験や知識もいるのではないかしら。

 それとも日本では子供の年齢でも武器に熟練しているくらい、戦乱の世なのかしらね。

 彼はまだ、12歳と聞きましたのに。

 少なくともわたくしが経験した前世の日本は平和そのものでしたから、彼くらいの年なら戦いとは無縁のはずですわね。

 えっと…12歳ですって……今年で18歳のわたくしと6歳差ですのね。


「え?そんなことないですよ。日本は平和だったから、武器持っていると捕まっちゃいます。僕がこの大きな両手剣を選んだのはロマンだからです。大剣はロマンなんです」


 平和だったのにロマン…?

 男の子ですものね。

 男の子はきっと武器にロマンを感じるのですわ、知らなかったですわ。

 そんなに目をキラキラさせながら言われるとかわいすぎて、何でもしてあげたいのですけど、わたくしはどこか、おかしいのかしら。

 おかしいのよね…?


「リリーさんは魔法使いなんですか?」

「え、ええ?魔法使い…ではないと思いますの。魔法も使える剣士…ではありませんわね。そう…魔女!魔女かもしれませんわ」

「魔女…箒で空を飛んだりとか、使い魔とかいるんですか?すごいなー。でも、その剣は?」


 箒がなくても飛べますし、使い魔ではありませんけどバイコーンの愛馬なら、いますわね。

 あら?オートクレールに気付かれましたわ。


「この剣はあくまでお守りみたいなものですから。いざという時に身を守るくらいいですわね」

「大丈夫です。僕がリリーさんを守るから、心配しないでください」

「…あ、ありがとうございます」


 お礼の言葉をちゃんと言えたのでしょうか。

 彼が聞き取れないくらいの小声しか、出せなかったと思います。

 何だか顔が熱くて…こんな姿を見られてはレディとしてあるまじきことですわ。


「リリーさんって、僕と同じくらいの年齢ですよね?」


 え?それはわたくしが幼く見えるということかしら。

 若見えする方が嬉しいという年齢でもないけど


「いいえ、わたくし…ユウ様より5歳上ですのよ?」

「えっ!?そうなんですか、なんかすいません。その割に…あっ、なんでもないです、ごめんなさい」


 よく分かりませんけど謝られたのですけど。

 それも顔と胸のあたりをちらちらと見ながら、謝られたのはどういう理由ですの!?


 とにかく、ユウ様との会話はよく弾み、飽きることなく歩みを進めることが出来たのです。



 そして、今、わたくしたちは茂みに隠れながら、隠し通路の入り口の様子を窺っています。


「見張りがいますわね」

「あれ、何なんですか?」


 それは図鑑には載っていない魔物。

 黒き森シュヴァルツヴァルトでも戦った深き者ディープワンでした。

 コボルトやゴブリンのような亜人タイプであり、二足歩行で全身は鱗のような堅い皮膚で覆われている為、鎧がなくても厄介な相手。

 口吻は尖っていないのに鋭い牙が見えるので顔はまるで肉食の魚のようにも見えることから、魚人とも呼ばれている混沌の魔物なのです。

 彼らの目的は世界を壊すことのみ、なので分かりあえる相手ではありません。


「あれは深き者ディープワンと呼ばれている邪悪な生物ですわ」

「そっか。どこかで聞いたことある気がするんだけど、まっ、いっか!なんだかワクワクしてきたし!とりあえず、突撃!吶喊だよね?」


 え?この状況でワクワクしてきただけでも驚いたのにこの子、突っ込むと言ったのかしら?

 わたくしの聞き間違いよね。嘘だと言ってくださいな。


「よっし、それじゃ、行くよ!」


 背中の両手剣を勢いよく、引き抜くとわたくしが止めようと言葉をかける間もなく、彼は駆け出して行きました。

 おまけに切っ先を派手に地面で引きずりながら。

 ジャリジャリと当然のように大きな音がしているので気付かれないはずがありませんよね。

 見張りの魚人(?)二匹?二名?が愚かな侵入者を始末しようと得物の槍を構えています。

 ユウ様は戦い慣れしてないのでは…はらはらしながら、見守ってしまいました。

 あっ!?何を見守っているの。

 わたくしが助けなければと動こうとしたら。


「遅いっ!」


 いつの間に間合いを詰めたのでしょう。

 ユウ様はもう魚人の目の前にいます。

 人間離れした瞬発力としか、言いようがありませんわ。

 普通の人間では全速力で走ったとしても半分も距離を詰めていないわね。

 彼…普通の人間ではありませんわね……やはり、わたくしの考えている通りのあなたなのかしら?


「ぐぎゃぁ」


 ユウ様は引き摺っていた両手剣をそのまま、下段から斬り上げました。

 粗削りな剣術ではありますけどその剣先のスピードはそれを補って、余りあるものです。

 それにその瞬間、彼の体と剣から、赤い光のようなものが立ち昇るのが見えました。

 間違いありません、彼は無意識のうちに魔力を消費しているのです。

 身体強化系の魔法と炎の魔法剣を使っているのかしら。

 魚人はというと構えていた槍ごと身体を下から縦に真っ二つにされ、自分が死んだことにすら、気付いていないのでしょうね。


「え…あら?」


 考え事をして、ちょっと目を離したすきにユウ様の姿は既にそこにありません。


「おりゃあ!」


 声のする方に目をやるともう一匹の魚人を窺う位置に両手剣を振り上げながら、跳躍しているユウ様の姿がありました。

 なんてインチキなスピードとパワーなの。

 間違いなく、敵にしていはいけない恐ろしい子ですわ。

 魚人もユウ様の姿に気付いたのか、慌てて槍で刃を防ごうと動くものの無駄な動きでした。

 また、槍ごとに真っ二つになった死体が出来上がっただけです。

 きれいな切り口だけど微妙に焦げているようですし。

 やはり、ユウ様は無意識のうちに炎系統の魔法剣を使ってますわ。


「あなたはレオ?それともベルなの?」


 わたくしは独り言を小さく呟きながら、小さな勇者の姿に見惚れたまま、動けませんでした。

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