第12話 元冥府の女王は出会ってしまった
バノジェから、やや離れた場所―あの町で魔法を使って目立つ訳にはいきませんわ。
風の転送魔法で街中に突然、現れたりしたら間違いなく、目立ってしまいますもの。
それにしても風の転送魔法は便利ですわね。
わたくしの転移の魔法は闇属性ですから、空間を切り裂き次元と次元を繋ぐというやや無茶な手段であるせいでしょうね。
傍目には怖く見えてしまいますもの。
今回の旅の目的はライモンド様に接触し、件の兵器を破壊することですから、出来るだけ目立たないようにしなくてはならないのが重要なのです。
ただ、わたくしの髪と瞳の色が珍しいからか、人目を惹きやすいのですけれど賑やかな港町ですものね。
本当に大丈夫…かしら?
「この辺りだったら、怪しまれないと思うよ」
「ありがとうございます、フェリー」
「いやいや、礼には及ばないよ、レディ」
ルフレクシ様がわたくしの護衛兼案内役として、付けてくれたフェルロット様とはもうお互いに愛称で呼び合えるような関係になっています。
貴族学院に六年間いたのに友と呼べる方が十指…ごめんなさい、ええ……ちょっと…ちょっとだけ盛ってしまいました。
五指もいなかったわたくしが自分でも驚くくらい、フェリーとはすぐに打ち解けることが出来たのです。
奇跡ですわね。
「でもさ、リリーはそういった淡い色のドレスの方がよく似合ってるよ」
「ええ?そうですのね。わたくしにはよく分からないのですけども」
「うんうん、私が男だったら、口説いちゃうなー」
わたくしは普段、肌を極力、露出しないデザインのゴシックドレスしか、着ません。
それも闇夜のように黒く染められた喪服に見えかねないものが好みなのです。
ところが今回のバノジェ潜入に際し、フェリーが「あの男はこういうのが好きなんですよ」と用意されたのが今、着ている”淡い色”のワンピースです。
全体がシェルピンクで染められていて、おまけに可愛らしく、薔薇が薄っすらと描かれています。
ただ、ありえないことに肩から、二の腕まで露出していますし、太腿こそは隠れてますけど膝から下が見えているのです。
公爵家の令嬢としてはありえないのですけど、大事を為すのにそのようなことを言ってはいけないのでしょう。
我慢ですわ、我慢してこそ立派な令嬢ですもの。
さらに髪もナチュラルなストレートやポニーテールではなく、両サイドをポニーテールでセットされてしまったのですけど。
「これで完璧ですから」とこれもフェリーが言っていたのですけど頭が痛くなるのが問題なのですわ。
不思議のはなぜか、この格好と髪型だと周りの反応がいつもと違うのです。
どうしてかしら?
「おっと、無駄話している時間は終わりですよ、お嬢様」
「そのようですわね」
フェリーが先程までのおどけた表情をやめ、鋭い目つきになりました。
町に入る門で武装した兵士による検問が行われているらしく、長蛇の列が出来ているからでしょう。
これくらいは想定内の事態なのでどうやって対処すべきか、ここまでの道中、練習しておきました。
買い物に来た裕福な商人のお嬢さまとその使用人の青年という設定で通すのです。
お嬢さまと使用人であると名乗り、簡単な身体検査だけですんなりと街には入れたのにちょっと戸惑っています。
「あっさり通してくれるから、ちょっと気持ち悪いよね」
「ええ、考えられるのは交易都市ですから、元々、警備が厳しくない…という考えはおかしいですわね。こんなに甘い検問では心配になってきますわ。いいように考えれば、わたくしたちのように買い物に来た令嬢とその従者と疑うことなく、通してくれるような甘い警備体制の町なのでしょう」
「てことは悪く考えると?」
「何らかの思惑があって、わざとわたくしたちを町に入れた可能性がありますわ」
「それは確かに最悪だ。さっさと用事済ませて、とんずらしよっか」
風の転送魔法が使えるフェリーは里でも貴重な存在らしく、物資が豊富なバノジェへと買い出しに出ていたのだとか。
それでこの町の地理に詳しく、エスコートとしてもガードとしても最適な人材だったようです。
「そうそう、この路地裏のこの店です。この武具屋に間借り中なんですよ、あの男は!」
フェリーのあの男というところに微妙に怒りが入り混じっていた気がしますけど、気付かなかったことにしておきましょう。
名工ライモンドの名は数々の文献、古書の類どころか、貴族学院で使われている教科書にも載っている伝説的な人物です。
しかし、ルフレクシ様にどのような方なのか、お聞きしても目を逸らしながら「兄上は少々、個性的な方でして」とはぐらかされますし、「あの男は変…いやぁ、超個性的なんだよね。重度のロ…うん、とにかくそうなんだ」と言った時のフェリーの目は確かに泳いでいました。
ちょっと怪しいですわね。
かなり、覚悟を決めてから、お会いすべき相手ということなのでしょう。
扉を勢いよく開けて、入っていくフェリーに遅れまいとその背中を追います。
「こちらにライが…っと、お久しぶりね、ライ」
「誰かと思えば、フェリーかよ。おめぇが来たってことはろくな用じゃねえな?面倒事はきれぇだと言ってるだろうがっ!」
ルフレクシ様が洗練されたスマートな―細身の美男子だとしたら、このライモンド様は顔立ちこそよく似ていらっしゃるもののやや粗野な感じで野性味に溢れた魅力のある美男子なのでしょう。
「まぁ、そう言わないでよ。今回、ライに依頼するのは私じゃないんだ。こちらの方ですよ」
「ごきげんよう、ライモンド…様?」
フリィに急に前に押し出され、よろめきながらも反射的に淑女の礼をこなしてしまう自分に驚いてしまいます。
体が自然に動くよう染みついているなんて。
今となっては何の意味もない淑女教育の賜物ですわね。
「お、おい、フェリー!こ、この天使はっ!」
「だーかーらー、このお嬢様がライに是非ともご依頼したい件があるんだよ」
「マジか」
「マジですよ?」
この二人、一体何を喋っているのか、あまりに分からないのでつい小首を傾げてしまいます。
「や、やばいぞ、おい。今のはやばい」
「でしょー?でしょー?」
ですから、あなた方はさっきから、わたくしの顔と身体をチラチラと見ては一体、何なのでしょう?
わたくしにどこか、おかしいところがあるのかしら。
「お嬢ちゃん、俺様にどーんと任せときな。お嬢ちゃんの望む物なら、なんでも拵えてやらぁ」
「ええ?あ、ありがとうございます?」
展開に付いていけません。
思わず、疑問形でお礼を言ってしまうなんて、許されない失態ですわね。
「よかったね、リリー。ライが見返りなしに依頼受けてくれるなんてさ。天気変わっちゃうレベルだよぉ?」
状況が全く、把握出来ませんわ。
脳内がフリーズして、身体が固まってしまいますわね。
これはノリについていけないわたくしが全て、悪いのかしら…理不尽ですわ。
それからは真面目な商談となりました。
「そりゃ、あれだ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが本来、持っている魔力量が異常ってことだ。だがお嬢ちゃんの魔力量は本来のレベルに達していない?違うか?」
「ええ、そうですわ。これはわたくしの身体の問題だと思うのですけど」
「色々な奴を見てきた俺様でも初めて見るんだが…お嬢ちゃん、あんたの
どうして分かったのかしら。誰にも言っていないのに。
わたくしの身体の中には肉体を失い、産まれることがなかった双子の妹が存在していました。
そう、十年前まで。
彼女の肉体になるはずだった名残がわたくしの中に残っていて、それがもう一つの
「ええ。ですが二つ目の
「なるほどな。ふむふむ。なのにだ。お嬢ちゃんが魔法を使うとだな。二つの
「…もしかして、それがわたくしの虚弱な体質の理由?」
「無理に使おうとするからな。他の臓器への負担も増す訳さ。そうなると…待っているのは死なんだぜ?しかーし、俺様は天才だ。それも並ぶべき者なき天才だ」
ええ?天才を二回も言う必要ありませんわね。
天才であるのは分かりますけどものすごく、自己顕示欲が高い方なのね。
「魔導師が持つ
「素晴らしいですわ」
反射的に思わず、ライモンド様の手を握って、見つめたら彼はいきなり倒れてしまいました。
一体、何がどうなってますの?
鼻に綿を詰めた何とも締まらない顔のライモンド様と商談を続けます。
いきなり倒れたかと思ったら、いい年をした大人が鼻血を垂らしているのですから。
フェリーは慣れているのか、涼しい顔をしていましたけども。
「
「無理なのでしょうか?」
フェリーがそっと耳打ちして、教えてくれます。「ライはね、うーん、そのなんだろ、こうスタイルがえっと、豊満じゃない女の子が好きなんだよね。リリーなんて、うん…えっと…ほら、体型がスレンダーじゃない?だからさ、彼の理想通りの女の子なんだよ」と。
あぁ、趣味が特殊な方=変態さんでしたのね。
そして、こうアドバイスもしてくれました。「上目遣いに見つめたりしたらイチコロだよ」と。
フェリーのアドバイス通り、瞳を潤ませながら、上目遣いに言ってみます。
これでも伊達に何度も転生してないのですわ。
「お、おぅ。マジで天使だな…あっ…おう、手が無い訳じゃねぇぞ」
「本当ですの?」
かなり効いているのではありませんか。
それ以上にわたくしの方が恥ずかしいんですけども。
されている方よりもしている方がダメージを受ける攻撃って、何なのでしょうね。
「実はすぐ近くにあるっちゃあるんだ…それもこの町にな。まぁ、詳しい話はまた明日だ。お天道様が昇る頃に来てくれれば、俺様の方で準備だけはしとくぜ」
「ありがとうございます」
面倒だけどもう一度、さりげなく手を握ったりして、止めを刺せとフェリーの目がうるさいので気乗りしないですけど、ライモンド様の手を握ります。
「お、おぅ、俺様にどーんと任せとけ」
「はい、それではごきげんよう」
「じゃ、まったねー」
今度は鼻血を垂らして倒れなかったのでよかったですわ。
実際の打ち合わせと作業は明日と決まったところでライモンド様に別れを告げ、武具店を出ることにしました。
胸に…何か、当たってきたような……って、ええ?
操り人形のようなぎこちない動きでわたくしの胸に埋もれているものを確認します。
生暖かい息を感じるのですけど、気持ち悪くはありません。
むしろ、懐かしい?
「す、すいません。わざとじゃないんです」
黒髪の男の子がわたくしを見上げています。
自然と目が合ってしまい、その視線に怯えが感じられたせいなのか、保護欲?母性?男の子が仔犬のように見えて…あら、かわいいのですけど。
レオが生きていたら、こんな風になっていたのかしら?とふと考えてしまいました。
男の子の声が殿下の声に似ている気がしたからでしょうか?
でも、顔も似ている気がするのに瞳の色が違いますわ。
レオが生きているなんて…そんな都合のいい話ないもの。
「…そう。気にしなくて、いいですわ。見ていなかったわたくしにも非がございますから」
「言い方がっ!」とよくアンに注意されるのだけど、つい棘のある言い方をしてしまう自分が嫌になりますわね。
「ごきげんよう」
結局、わたくしは逃げるようにその場を去ることしか、出来ませんでした。
「んふふっ。安心したよぉ。リリーにも人間らしいとこがあったってね」
「なんのことですの?」
そう言っている自分でもよく分かっています。
顔が熱いのですから。
「耳まで真っ赤だけど?」
「気のせいですわ、き・の・せ・い」
「はいはい、そういうことにしといたげるねっ」
宿へ向かう間、フェリーにずっとからかわれながらでしたけど、学院に通っている時代にこういう経験がなかったからでしょうか?
こういうちょっとしたやり取りも悪くないと思ってしまうわたくしは変なのかしら。
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