第9話 うちのお嬢さまはかわいい sideアン
あたしはアンヌマリー・エラント。
アインシュヴァルト公爵家に仕えるメイドです。
正確には公爵令嬢であるリリアーナ様専属のメイドなんです。
お嬢さまの側近くに仕えているメイドはあたしの他にも数人いるんだけど、一番長く仕えているのはこのあたし。
お嬢さまの信頼を一番、得ているメイドが自分だって、自信も少なからずある。
お嬢さまは少々……いやぁ、かなり変わっている人だから、心無い人に怪物姫なんて呼ばれている。
理由は簡単なものですよ。
お嬢さまの側近くに仕えているのが、純血ではない獣人やエルフ――亜人って差別されてるんだけどそういう民族出身者が多いからなんです。
そういうあたしも人狼の血が半分、混じっている亜人だもん。
純血とか、本当、馬鹿らしいと思うんだけど、お貴族様の存在意義がそういうものらしい。
都では亜人だってだけで差別されて、入店拒否されたりするんだよね。
お嬢さまは『ああいって新しい血の方々は純血の意味が分かっていないのでしょう?わたくしたちは純血であれば、あるほど、化け物に過ぎませんのにね』と遠くを見るような目をしていたっけ……。
あぁ。
そうそう、あたしは人狼のハーフってだけじゃなくって、もう一個秘密があるんですよ?
あたし……ホントはこの世界の人間ですら、ないんです。
えっと、ちょっと違うかな。
正確にはこの世界の人間じゃなかったと言うべき……だよね?
あたしはこの世界じゃない世界――多分、異世界って呼ばれるこことは違う世界にある日本って、国で生きてました。
その時のあたしは
普通の女子大生ってなんだよ、と思われるかな。
特に目立つ容姿でもないし、だからといって、将来を悲観するような容姿でもなかったんです。
美人じゃないし、才女でもない。
いわゆる地味子だったんです。
だから、普通の女子大生ね。
ただ、十九歳だったあたしは恋らしい恋なんて、したことなかった。
異性に近付く勇気もないし、同性の子にもそれほど深い付き合いの子はいなかったなぁ。
仲がよかった子は体が弱くて、あたしがお見舞いに行くといつも喜んでくれてたっけ。
あたしの下らない話を嬉しそうに聞いてくれてて……きれいな黒髪で病気のせいか、やつれてるんだけど、とてもかわいい子だったなぁ。
でも、あたしが高校三年の時にその子は天国に逝ってしまった。
あっ、話が逸れすぎよね?
えっとね。
それでよくある話なんだけど恋するのは辛いから、仮想世界に現実逃避しちゃうってやつだったのよ。
さすがに白馬の王子様が迎えに来ると思うほどお花畑な頭じゃなかったんだけど、乙女ゲーとか、恋愛小説にはまっちゃったのよね。
特に『グリモワール・クリーグの乙女』、通称『グリクリ』っていう乙女ゲームにめっちゃはまった!
どれくらいはまっていたかっていうとイベントには毎回、出席なんて当たり前。
バイト代はほぼ、グッズ購入へと消えていく。
なんて荒んだ生活をしてたんだろう、あの頃は……。
それで杏として残っている最後の記憶は信号が青だから渡ろうとしたら、ヘッドライトが眩しくて。
そこまでだったのよね。
あたしは生きていても意識がないのか、死んじゃったのか、分からないのよね。
ただ、眩しかっただけだし。
しかし、この前世? でいいのよね、その記憶を思い出したのが物心ついてからなんだよね。
それもね。
凍死しかけた時、急に思い出したんだよねぇ。
あー、これが走馬灯ってやつなんだぁって、このまま死んじゃうの嫌だな。
この世界もっと見たかったなぁとか思ってたら、天使の声が聞こえてきたの。
「……大丈夫ですの? いいものがなかったから、これ……」
それがリリアーナお嬢さまだった。
道の真ん中で行き倒れかけの子供が倒れてたから、馬車が轢きそうになって……って、あたしまた、轢かれて死ぬのかよっ!
あっ、生きてるから、またじゃないけどね!
その馬車に乗ってたのがお嬢様だったのよ。
普通あのクラスの貴族だったら、気にも留めないと思うのに馬車から降りてきて……どう見ても汚いボロ雑巾みたいなあたしに飴玉をくれたんだよね。
九歳の子供だよ。
それも天使みたいな見た目のかわいらしい女の子があたしの汚い手を気にもしないで飴玉を握らせてくれたんだよ。
あー、もうこの娘に一生ついていくわっ! って、思ったの。
その時は……ね。
そう……『グリクリ』の知識があったあたしは恐ろしいことに気付いてしまったんだ。
あの天使が……あたしを助けてくれた女の子に悲惨な未来が待っていることを思い出してしまった。
彼女の名前はリリアーナ・フォン・アインシュヴァルト。
間違いない。
白金色の髪にルビーのような紅い瞳であの名前、悪役令嬢の子じゃん。
あたしが『グリクリ』をプレイしてた時、うっざいわーこの悪役令嬢って! ヘイト溜めてたキャラじゃないっ!
主人公の前に立ちはだかるライバル――ライバルっていうよりも完全に敵なんだよね、敵。
それもラスボス扱いなのよ。
攻略対象を第一皇太子のレオンハルトにした場合に出てくるんだけど、ものすごーくえげつないのよ。
それにめげないで立ち向かう主人公は何者かって思っちゃうくらい。
で、本題だけど悪役令嬢であるリリアーナはレオンハルトから婚約を破棄されて……くらいはよくある話でしょ。
問題はここからなのよ。
リリアーナの皇太子への執着心は異常なレベルだったの。
こともあろうによ、反乱を起こしちゃうのよ。
レムリアの敵国と通じて、さらに北で復活した黒の竜王まで従えて、それはもう盛大にね。
その結果、リリアーナは戦場である騎士に殺されて、短い生涯を終えてしまうんだから。
このレオンハルトENDで淡々と語られる壮絶な最期を見ても『ざまぁ』くらいしか思ってなかったんだよね。
まさか、当の本人と関わり合いになるなんてね。
嘘だよね? って、思っちゃった。
あまりに違うんだもん。
あたしにとって、それくらいお嬢さまは天使であって、大事な存在。
見ず知らずの死にかけていたあたしを助けてくれた。
それだけじゃないよね。
住む場所……違うなぁ、そうよっ!
帰る場所をくれたんだもん。
あたしは……持っているこの『グリクリ』の知識を使って、お嬢様を助けようと決めたんだ。
その為にはまず、フラグを折らなくっちゃ。
ねぇ? お嬢様を殺した騎士をあたしが始末すれば、いいんじゃない?
あの騎士の名前……なんだと思う?
……ハルトマンなのよ、笑っちゃうでしょう?
牙を抜かれた狼? 忠犬?
今のハルトマン見てるとそんな感じだけど、『グリクリ』でのハルトマンは近衛騎士団の副団長だったんだよね。
おまけに攻略対象の一人なんだよ、信じられないでしょ?
今のアイツは単なる不良騎士にしか、見えないもんね。
でもさぁ、大事な大事なお嬢様の為だもん。
機会を窺ってはこっそり、殺っちゃおうとしたんだ……。
なんか情が湧いてきたっていうのもあって、実行に移せなかったんだよね。
ただ、それだけじゃないかな。
この世界、あたしの知ってる『グリクリ』と微妙に違うかな。
微妙じゃないか、だいぶ違うんだよね。
こりゃ、ハルトマン殺っても無理なんじゃないかって、思い始めてたんだ。
それにね。
お嬢様はまだ、大人にもなってないのに不幸なんだよね。
もう不憫過ぎるんだよねぇ。
貴族ってのは年齢が一桁の頃に婚約者を決めるらしいんだけどその婚約者があたしが拾われる一年前に死んじゃったそうなのよ。
あれ? そっか!レオンハルトがいないじゃん!
フラグ折れてるんじゃないの?
ホント、うちのお嬢様は報われないんだよねぇ。
執着心だけは『グリクリ』と一緒みたいで十年経ってもずっと婚約者引きずるくらいの強さなんだけどさ。
あまりにアレだから、お嬢様につい『グリクリ』のことを喋っちゃったんだぁ。
普通だったら、頭おかしいと思われる。
でも、あの時、お嬢様は十二歳だったかな。
すごく冷めた目で……そのくせベッドにうつ伏せに寝ながら、足パタパタして本を読んでるんだもん。
だから、天使かって!
あ、天使だった、あたしにとっては!
そう、それですごく冷めた目で言ったんだよね。
「……悪役令嬢? 悪役とは何ですの? 悪とは何ですの? 自らを正義と信じて戦う限り、そこに正義も悪もないのではなくって? わたくしは自らを信じて戦い抜く人はとても美しいと思いますの」
十二歳だよ、十二歳。
あたしなんて、前世も入れたら、三十路近いんだけど。
なんなの、この子。
これが生まれながらの貴族ってことなの?
「悪役令嬢と呼ばれる方も自らの信条に従って、行動したに過ぎないのでしょう。それは悪なのかしら? 正義や悪など単なる価値観の相違なだけでしょう?」
「ぐ、ぐぅ」
ぐぅの音も出ないっていうくらい、やりこまれちゃいました。
「むしろ……婚約者がいる殿方にちょっかいを出す方が規範に背いているのではなくって? アンのお話ではコウリャクタイショウの殿方にたくさんお声を掛けるのでしょう? 一体、どちらを悪と言うべきなのでしょうね」
あ、あれ?
そう言えば、『グリクリ』って、メイン対象だけじゃなくて、キープも出来るんだよね。
他の攻略対象の好感度を保ちつつ、攻略対象全体の好感度を上げていって、うまくやるとハーレムENDが待っているじゃないっ!
うーん、ヒロインの方が悪い人な気がしてきた。
どう見てもあちこちつまみ食いするのまずいよねぇ。
あたしが日本人的感覚だから、一夫多妻な感じが嫌だとかそういうのじゃないよね?
うん、改めて思ったわ。
お嬢さまに一生ついていこうって。
そんなある日、貴族学院に通い始めたお嬢様が頬を赤らめて、恥ずかしそうに言ったの。
「アン……学校でお友達が出来ましたの」
「良かったですね! 本当に良かったです」
お嬢さまは重度のコミュ障だからねぇ……。
そんな心を開こうとしないお嬢様に友達なんて、絶対無理だと思ってたんだ。
ああ見えて、お嬢さまはすごく頑固だからさ。
「わたしは人を好きになっちゃいけないの。好きになったら、いなくなっちゃうから」
なんて言われたら、我慢できないじゃない?
思わず抱き締めてたもん。
「大丈夫ですから。あたしはいなくなりません。ずっとお側に付いてますから」
あたし、子離れできない親みたいになってきたんじゃない?
やばいやばい。
「それでお友達のお名前は?」
「アリーゼというのよ」
「ア、アリーゼ!?」
友達の名前を聞いた瞬間、あたしは自分の耳を疑って、フリーズしちゃったね。
え?それって、『グリクリ』の主人公のデフォルトネームじゃない?
やばくなぁい?
もしかして、お嬢さま……自分でフラグ立ててますか?
「彼女はとてもいい方なの」
珍しく、明るい表情のお嬢さまを見たら、何も言えなかったよ。
あ、でも、あれかな?
主人公と仲良くしておけば、お嬢様の未来が変わるんじゃないの。
少なくともいい方に天秤が傾いてくれれば、いいんだけど。
あたしに出来ることはあまり、ないかもしれない。
前世の知識を駆使しても運命は変わらないかもしれない。
それでもあたしはずっとお嬢様の側に仕え続ける。
何があってもあの娘が最期の時をを迎えるその時までずっと側で。
だって、うちのお嬢さまはとてもかわいいんだからっ!
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