第10話 わたくし、ご機嫌麗しゅう…ございません
俺は貴族といっても”名ばかりの家”の四男として生まれた。
名ばかりといっても貧乏貴族だからって訳じゃない。
俺の家―フリューゲル家が転び貴族と揶揄される亡命貴族だからだ。
爺さんの代に西方のとある小国から、レムリアに亡命して男爵の位を与えられた。
それがレムリアでのフリューゲル家の始まりだ。
そんなのは名ばかりだったって訳さ。
亡命してきた小貴族に誰も期待してやいなかったんだろうな。
それで親父は自ら、故郷のある西方前線に志願した。
常に最前線で戦って、戦って、将軍の地位と子爵の位を与えられた。
だが、何も変わっちゃいねぇんだよ。
親父がどれだけ戦果を上げようが何も変わらねえ。
俺達はずっと蔑みの混じった視線で見られる運命だとでも言うように。
俺はそんな境遇に嫌気がさして、家を飛び出した。
十五の時だった。
家柄も生まれも何も関係ない、実力だけでどうにかしたいって思ったからだ。
それで選んだのが身分も生まれも関係ない実力主義の傭兵だった。
あの時の俺は子供だったし、無謀だったんだろうな。
だがガキの頃から親父に鍛えられてたせいもあったんだろう。
十六になろうかって頃には小部隊を率いる身分になっていた。
それで北部戦線で窮地に陥っていたロンディア侯アラーリック卿を救出したのが十七の時だったか。
その功績により俺は一代限りの男爵位を授けれたんだが、それは同時に面倒な貴族の務めも果たさなきゃいけないってことに他ならない。
変に目立ってしまったのがまずかったんだな。
かといって、アラーリック卿を見殺しには出来なかった。
あの方がいい男だったからだ。
俺の家と同じで生粋のレムリアの貴族じゃないのに民と信じる者の為に戦う男だ。
そんな男を殺しちゃいけない。
まっ、それで叙勲されて、俺は否定したはずの貴族の仲間入りをしなくちゃ、いけなくなったんだが。
護衛騎士―なんでも貴族の子弟にとっちゃ、近衛騎士団に入るよりもなりたいものらしい。
らしいっつうのは俺はそんなのに全く、興味が湧かなかったからだ。
何が悲しくて、貴族の令嬢の身辺警護しなきゃいけないんだ?
令嬢なんて面倒な生き物の側に仕えるなんて、死んでも御免だってね。
それが何の因果か、親父の軍功と俺の悪目立ちのせいだろうな。
俺と護衛騎士の契約を結びたがるお貴族様が増えちまったんだ。
そのせいなんだろうな、面倒なことに毎晩のように夜会に出ろってんだ!
おいおい、やめてくれよっ!
夜会に出るたびにどこそこのお嬢様方にずっと取り囲まれる苦痛ったら、ないんだぜ。
お互い牽制しあってるくせに上辺を取り繕うのが見え見えなんだから、見てるこっちが辛いってもんだ。
で、そんな貴族としての生き方が煩わしくなってきた頃だったか。
あの奇天烈なお嬢さまと出会ったのは。
護衛騎士として、俺と契約を結びたいと言ってきたのがロマール公アインシュヴァルト家だった。
アインシュヴァルト家と言えば、皇室に連なる帝国屈指の大公爵家だ。
筆頭公爵家なんて下手すると俺の首が飛ぶどころか、一族郎党皆殺しになりかねない。
どうやって断れば、波風が立たないか色々と考えたがいい案は思い浮かばなかった。
そんな大貴族の娘なんて、夜会に出てきている連中と同じだろうしな。
どうせ高慢ちきで我が儘放題の嫌なガキなんだろうぜ。
ところが噂の姫さまはこっちが拍子抜けするくらい愛想が無いガキだった。
動かなければ、人形と見間違えるくらいかわいいんだが感情がまるでないんじゃないかって思えるくらいに愛想の欠片も無い。
巷じゃ怪物姫って呼ばれているらしいが怪物の姫というより死者の姫でも通るだろうな、こりゃ。
だが、接しているうちにこの娘は感情が無いんじゃないって、気付いたね。
彼女の心の奥底には感情が確かに存在しているのにその感情を押し殺しているだけなんだ。
ぱっと見では心が無いように冷たく見えるだけで極わずかに瞳に感情が宿っている優しい娘なんだ。
そのわずかな感情が喜怒哀楽のうち、哀だけってのが悲しいがな。
この娘が笑ったら、絶対かわいいだろうに。
戦いしか知らなかった俺に出来るだろうか?
いや、んなこと関係ないな…なんつーか、ただ彼女の笑顔を見たいと思っただけなんだ。
ハルトは既に何匹の異形の化け物を切り払ったか、分からなくなっていた。
本来なら周囲には既に事切れた化け物の死体が折り重なるように倒れ伏していることだろう。
ところが彼の周りにそんな死体の痕跡はない。
「ぐぎゃあぁぁぁ」
奇妙な叫び声をあげながら、飛びかかってくる得体がしれない化け物の槍による突きをハルトは盾で軽く受け流した。
ガキィと金属同士が擦れあう嫌な音が響き、化け物が体勢を崩すとハルトはその一瞬の隙を逃さず、一刀のもとに切り伏せ、一歩飛び退り、体勢を立て直した。
切り伏せられた化け物は真っ黒な血を流しながら、大地に倒れると黒い瘴気となって消えた。
「これで何匹目だ。にしてもだ…今日は調子がよすぎで気味が悪いぜ。お嬢が何か、細工したんだろうがさ」
数十匹を超える相手と戦い続けていたことでハルトの身体は悲鳴を上げ始めていた。
激しい疲労のせいか、肩で息をするほど息も上がっている。
ところが不思議なことに盾には掠り傷の一つもついていないし、身体にも腕にも足にも傷を受けていない。
傭兵として幾多の戦場を駆け抜けてきたハルトだが人ではない異形の生物との戦いは彼が経験したことのないものだった。
戦い方自体が変わるという訳ではないのでハルトが異形の生物に後れを取ることはなかったが腕が斬り落とされても仲間が倒れようとも意に介さず、戦闘を継続してくる相手に辟易していたのも事実だ。
「調子はいいがさすがに体力が続くかね」
ハルトの周りを化け物の囲みが幾重にも囲み、逃げ場などなかった。
ごきげんよう、皆様。
旧友との親交を温めるだけで済むとは思っていませんでしたけど、まさか現世で
しかし、あれ以上の手立てを思いつかなかったのですから、エキドナと森を救うには根元から断たないと駄目でしょうね。
「アレはどこから撃ってきているのかしら?」
「南からじゃな。南にはバノジェの町しかないのじゃ。そういうことじゃろ?」
わたくしにああいうかわいらしさがあれば、よかったのですけどね。
「そう…始末の方はわたくしにお任せくださいませ。あなたはゆっくりと休んでおいてくださいな」
「うむ、そうさせてもらうのじゃ。さすがに疲れたからのう。わらわは暫しの間、寝る…」
「ええ、また来ますわね。ごきげんよう、エキドナ」
彼女はそれだけ言うとひらひらと片手を振って、森の奥深くへと消えてしまいました。
それを見届けたわたくしも帰る為、元来た道を急ぐことにしました。
お呪いをしたとはいえ、一人で残ったハルトが心配ではあります。
いくら防御が高くなっていても多勢に無勢ということもありますし…。
彼の腕は信用しているのですけど周囲を囲んでいた気配が尋常な数ではなかったのも事実です。
そんなに離れた場所ではなかったと記憶していた通り、ハルトの姿が遠目に確認出来ました。
最悪なタイミングだけども間に合ったのですから、よかったと言うべきなのかしら?
凶暴な魚に似た姿をした不浄な生き物・
「わたくしの騎士に手を出すのは千年早いですわ」
次の瞬間、その
レベルIII魔法・
IIIの割に消費する魔力が少ないので使い勝手がいいのです。
尖兵に過ぎないレベルの
無駄に多めに串刺しにしたのは単にわたくしの機嫌が悪いからに過ぎませんけどね。
「今、わたくしは気分がよろしくありませんの。楽に死ねると思わないでくださいね。あなたがたに魂があるのか、怪しいですけども」
既に絶命している刺殺体の後方で粗雑な槍を構えていた数体にも容赦なく、
ええ、お礼はいりませんのよ。
「ハルト、遅くなってごめんなさい」
ハルトに近付き、確認してみると血液を失ったり、怪我をしたせいで膝をついているのではなく、あくまで疲れているだけのように見えます。
「遅く…なんてないですぜ」
「ハルトはそこでゆっくり、しておきなさい。残りはわたくしが消し去りますわ」
数体を倒したくらいでは
もう少し、遅れていたら、いくら疲れているだけといってもハルトも無事では済まなかったでしょう。
さて、ではどうやって、このお魚たちを始末しようかしら?
この森では木々が邪魔になって、オートクレールは扱いづらくなってしまいますし、そうなると魔法ですわね。
エレシュキガルとして生きていた頃、冥府で氷の魔法を研究し尽くしたのですけどそれを実地で試すことなく、終わったことを思い出しました。
まさかそれを試す機会が現世で訪れて、おまけに人の身で行えるなんて。
レベルIIIにしては消費魔力が高すぎるのが難ですけどあれだけの数を一度の屠る威力を求めるのでしたら、これかしらね。
「光栄に思ってくださいな。この魔法を初めて見られるなんてとても名誉なことですわ」
わたくしの身体から溢れ出す凍気に周囲の気温が低下していきます。
気を付けないとこの森の環境を変えてしまう可能性がありますし、ハルトが凍死してしまうのですけど。
彼らに引導を渡す魔法が完了するのにそう時間は必要ありません。
わたくしの前にその完了を知らせる使者が出現しているのですから。
「さあ…逝きなさい」
死を告げる死者の正体は凍気により作り出された巨大な氷のドラゴンです。
わたくしの言葉に動き始めた氷の竜が一直線に
向かってくるものを全て、凍らせ噛み砕きながら。
氷の竜が消えたあとには文字通り、何も残っていませんでした。
わたくしはこの魔法をレベルIIIの
威力と浪漫だけを求めたので無駄に消費魔力が高くなったのですけれど、今日の結果を見て満足しています。
あっ…森に少々、被害が出ちゃったかしら。
改良しないとエキドナに怒られるかもしれないわ。
「お嬢、こりゃまた、えらく派手なことで」
ハルトがやや青褪めた顔になっていますけど、どうしたのでしょう?
バノジェは漁業の盛んな港町として知られている。
港の改修により、大型船の入港も可能になってからは大陸各地との交易により繁栄を迎え、商業都市として名声を高めていた。
だがこの町は自由都市である。
有力な商人により運営される商業ギルドによって、自治を行ってきたからだ。
しかし、この町の雰囲気はここ最近、不穏でよろしくはなかった。
その原因は聖堂に拠る者たち。
彼らはフリスト法主国を僭称し、バノジェを力により抑えていた。
「サルゴン猊下、それに関して、お耳に入れたき情報が…」
袖や衿に豪華な金糸の飾り刺繍が施された白いローブを着た男の背後に音もなく、灰色のローブが近付いき、耳打ちをした。
「ほぉ、それは実に興味深いな。我らの手駒として使えればよし、使えぬのであれば…」
それだけで灰色のローブの男には全てが伝わっているようだ。
「猊下の御心のままに」
その言葉を言い終わらぬうちにふっと灰色のローブの男の姿は掻き消えていた。
「くっくっくっ、面白くなってきた。なぁ、聖女よ」
その視線の先には四肢を拘束され、一糸纏わぬ姿にされた亜麻色の髪の美しい少女がいた。
よく見ると四肢を拘束する縄のような物体はまるで脈でも刻むかのようにドクンドクンと気味の悪い鼓動を続けている。
元は透き通った空のようにきれいであったろう少女の瞳には生気がなく、焦点すら合っていなかった。
闇に潜み、男たちの様子を冷徹な瞳で見つめる男がいる。
「あれか」
黒尽くめの装束の男の姿はそう呟くと闇に溶け込むようにその姿を消した。
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