第6話 勇者は出会ってしまった

「僕は本気を出しちゃいけないんだ。もう、僕のせいで誰かが消えるなんて、嫌だ……怖いよ」


 少年はいつの頃からか、そう考えるようになった。


 六歳から孤児院で暮らすようになったその少年は黒い髪なのに瞳が空のように澄んだ青い色をしていた為、年上の子達からいじめられていた。

 というのも瞳の色が変わっているだけでなく、少年が全く、言葉を発しなかったからだ。


 ある時、ガキ大将のような存在で年少の子らをいじめる問題児が少年の態度と瞳の色に難癖をつけ、殴りかかった。

 『気持ちの悪い目をしやがって、こうしてやる』と彼が背後から、殴りつけようとした瞬間、不思議なことが起こったのだ。

 彼の姿が忽然と消えてしまったのだから。

 しかし、不思議なことはそれだけではなかった。

 その日以来、言葉を発しなかった少年は普通に会話をするようになった。


 少年は小学校に通い始めるようになった。

 親代わりを務めていたシスターが少年のことを気にかけ、カラーコンタクトを与えたので瞳の色で難癖をつけられることはなくなっていたし、少年自体、他者と必要以上に深く、関わろうとしなかったからだ。

 しかし、また不思議なことが起こってしまう。

 少年は同級生が上級生によるいわれのない暴力の現場に居合わせるという不幸な偶然が発生した。

 その上級生は幼い頃から格闘技を嗜んでおり、手の付けられない暴れ者だったのだ。

 少年は同級生をかばうように前へと踊り出した。

 結果はあの時と同じことが起こった。

 殴りかかった上級生の姿が跡形もなく、消えた。


 だから、少年は人とかかわるのを極端に恐れていた。

 お調子者の道化を演じ、周囲を誤魔化す様になった。


「これで……これでいいんだ」


 少年は自分一人が我慢すれば、皆が幸せになると信じていた。

 肉親の情に飢えていた少年はそうすることで愛されようとしたのだ。

 誰も愛してくれなかったし、彼も誰を愛してはいなかった。

 卒業を迎える頃には少年は感情のこもっていない張り付けたような笑顔を浮かべるようになっていた。


 少年の名は雨宮ユウ。

 異世界からの訪問者――異邦人エトランゼと呼ばれる者の一人である。




「アナタハ選バレシ勇者デス」


 勇者? 僕が勇者?

 え? 何なんだ、これ。

 僕は学校に行く途中だった。

 遅刻しそうで急いでいたら、前を走っていたお姉さんが何か、落としたんだよね。

 『あの落としましたよ』と渡そうと追いかけて、追いついたはずだ。


 そうか、その時、よく分からない光に包まれた気がする。

 そっから、記憶が無いんだよね。


「なんか、おかしい。おかしいですよっ、おじさん!」


 目の前にいるおじさんは前にやったことがあるRPGに出てきた商人みたいな恰好をしてる。

 それは別にいいんだ。

 見ていた動画が壊れたみたいにループしてる感じ?

 ずっと同じような片言で同じセリフを繰り返しているんだよ、この人。

 それに中世ヨーロッパぽいというか、少なくとも日本人じゃないよね。

 コスプレでもないしなぁ。

 今、僕がいる部屋もすごくよく出来ているように思えるし、お金かかってる気がするよ、これ。

 もしかして、新作のVRゲームとかなのかな?

 それとも一般人ドッキリ?


「フリッツ殿ニ詳シイコトヲ聞イテクダサレ」


 『おかしいですよっ』がフラグだったのかな?

 おじさんのセリフが変化して、があたふたしながら部屋を出ていった。

 代わりに入ってきたおじさんがフリッツと呼ばれる人なんだろう。

 この人はさっきのおじさんと違って、RPGに出てくる騎士みたいな恰好をしてる。

 脇にフルフェイスタイプのヘルメットを抱えて、マントを羽織った姿は誰がどう見ても騎士そのものだよ。


「勇者か……ともあれ、貴公の旅に同行させてもらうフリッツだ。よろしく頼む。勇者ユウ殿」

「は、はい。フリッツさん、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ホント、よく出来たゲームだな、これ。

 え? ゲームなんだよね?

 ゲームだったら、ステータスとか、アイテムとかどうやって見るのかな。

 ステータス! って、叫ぶとか? ないよなー、そんなの。


「どうされた、ユウ殿?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 ゲームだったら、導入部がおかしいよね。

 僕は学校に向かってたんだし。

 そっか、これは夢なのかな?。

 夢か、現実かを判断するには古典的だけどほっぺたをつねるしか、手がないか!


「あいたたたっ」


 フリッツさんが『こいつ大丈夫か?』って顔をしているけど痛いから、夢じゃない!?

 だったら、おかしいですよっ! ここは一体どこなんだ?


「ふむ、ユウ殿。貴公は神によって、この世界を救う為に遣わされたのだろう?」


 どこかにイきかけている僕を落ち着かせようとしてなのか、フリッツさんが重要なことを言った気がする。

 ここは僕がいた世界とは違う世界ってことか。

 あれ? おかしいな。

 彼らの言葉が分かるのなんでだろ? 日本語が通じてる?

 おかしいぞ。

 そうだ、思い出すんだ。

 僕は日本語が出来なかったんだ。

 理解出来るようになったのはからだったよな。

 彼は消えたんじゃない……食べられちゃったんだよ。

 だから、僕は喋れるようになったんだ。

 じゃあ、なんでこの世界の言葉が分かるんだろ?


「まずは旅支度をせねばな、ユウ殿。どうかされたか?」

「は、はい」


 疑問に感じることはたくさん、ある。

 あるけどとにかく、僕は勇者らしい。

 勇者を一度はやってみたかったんだよね。

 なんかかっこいいじゃないか。

 それだけ、なんだけどね。




 これからの旅――魔王を倒すというお約束らしい旅に必要な物と僕の装備一式を買うことになった。

 その道すがら、フリッツさんから、色々と教えてもらった。

 フリッツさんは言葉遣いがなんか、面倒な人でどう見てもおっさんにしか見えないけどまだ、二十五歳らしい。

 この人、言葉遣いは丁寧だし、優しく接してくれるんだけどさ。

 その笑顔がわざとらしいというか、笑顔の裏に何か、隠している気がするんだ。

 僕よりも十三歳上なんだから、色々あるんだろうけどね。


 それでここはフリスト法主国だってことが分かった。

 よく分からないけど絶対神っていう神様だけを信じる国らしい。

 日本は宗教が自由だったし、神様もたくさんいたから、その点でも厄介な気がしてきた。

 それで拠点となるこの町はバノジェって、言う名前のようだ。

 港町なんだろうなぁ。

 潮風が爽やかだし、町の雰囲気が横浜に似てる気がする。

 そんなに知ってる町じゃないけど、それっぽいなぁってくらいなんだけどね。


 それから、世界に危機が訪れているらしいことも分かった。

 それが魔王のせいらしい。

 お約束過ぎて、本当にここがRPGのゲーム世界じゃないのか、怪しく思えてきたのは秘密だ。

 難しいことはよく分かんないけど、なんだかワクワクしてきた。

 何も用意なしで魔王を倒してこいなんて、言われないだけましだと思わなきゃね。


「ユウ殿。旅に必要な物はあらかた、揃いましたな」

「はい」


 この世界にホームセンターなんて、便利な物はないから、道具屋行ったり、薬問屋? に行ってヒールポーションを買ったりと大変だった。


「ではユウ殿、武具を揃えると致そうか」

「はい。武器かー、楽しみだなー」


 武器屋とか、防具屋を回って揃えるのかと思ったら、違うらしい。

 僕のサイズに合う防具は見つけるのが難しいそうだ。

 Sサイズとか、子供用なんてものが存在しないんだ。

 いくらファンタジーな世界といっても子供に危ない真似をさせないように気を配ってるのかと思うと優しい世界なのかな?


「ユウ殿、ここが件の鍛冶屋ですな。何でもかつて、都にて帝立鍛治工房におられた方だとか。ただ、問題は気難しい方らしくてな」

「へぇ、楽しみになってきました」


 勇者の為の勇者の武器か、ホント楽しみになってきた。

 タイミングが悪かったのか、僕とフリッツさんが扉を開け、入ろうとするのとそのお客さんが出てこようとするのが同じだったのと僕があまり、注意せずに入っちゃったのが悪いのか。

 男としてはこういうのを言い訳するとかっこ悪いのかもしんない。

 

 とにかく気付いたら、なんだか、柔らかくて、気持ちがいい物体に思い切りぶつかっていたんだ。

 花の香り?

 いい匂いがする……ずっとこうしていたい。

 それに前から知っているような香りだ。

 気のせいだろうなぁ。

 僕はこの世界に来たばかりだし。


「それでいつまでそうしている気かしら?」


 怒っているのか、怒っていないのか、よく分からない抑揚がないけど、きれいな声で僕は現実に戻された。

 心なし気温が下がったような気がするのは気のせいだよね?


 どうやら、僕はそのお姉さんに軽く体当たりしちゃったらしい。

 それも身長差があるせいでとてもまずい感じにね。

 おまけに胸に顔を埋めてる状態のままで固まってるから、すごくやばい。

 これは間違いない、怒られるやつだ。


「す、すいません。わざとじゃないんです」


 恐る恐る見上げると僕の心を刺すような視線を感じた。

 日本では一度も見たことが無い色の瞳だった。

 赤い血の色というにはあまりにきれいでルビーのような宝石に似た瞳のお姉さんが僕を見つめていたから。

 思わずドキッとしてしまうくらいきれいな人だった。

 お姉さんかっていうとどうなんだろう?

 顔は僕の同級生って言っても通りそうだもんなぁ。

 でも、なんだろう。

 僕を見つめる瞳は咎めようとしているようには見えなくて、すごく悲しげで切ない色ををしてるように見えた。

 気のせいだろうか?


「……そう。気にしなくて、いいですわ。見ていなかった私にも非がございますから」


 お、お嬢様だ。

 ホントにいたんだ! ここは違う世界だけどさ。

 日本でも見たことないんだよなぁ。

 僕は孤児院で育ったから、そういう子が近くにいなかったし、学校にもいなかったなぁ。

 こういう上品な子。


「ごきげんよう」


 赤い目のお姉さんは優雅な所作でスカートの裾をつまみ、一礼すると黒髪のお兄さんと去っていった。

 あれが本物のお嬢様かとちょっと感動しつつ、ふと思い出した。

 あのお姉さんの胸はあまり、なかったなって。

 でも、気持ちよかったから、大きさじゃないんだよ、きっと。


「こほん」


 フリッツさんのことを忘れてた。

 その後、気難しいことで有名な鍛冶屋のお兄さんが僕とあのお姉さんのぶつかったところをこっそり見ていたらしい。

 『胸は大きさじゃないだろ、坊主。いや、同志よ』と変なところで意気投合しちゃって、特注の武器と防具を急ぎで作ってくれることになった。

 こういうのなんだっけ?

 袖振り合うも他生の縁? 違うなぁ。


 うん、まっ、いいや。

 僕の異世界での冒険は始まったばかりだから!

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