第68話 神殺し


「刹那……あの人を見なかったか?」


「あの人?」



 玉藻を滅した後、あたりを見渡したが、洞窟から共に逃げたはずの松宮幸四郎が見当たらない。

 玉藻にそそのかされただけなのか……それとも、自らの意思で、神殺しの儀式を行ったのか…………

 なんにせよ、あの人が士郎さんを殺したことに違いはない。


 神になるために、たくさんの人を殺してきた。



「見てないわ……もしかしたら、あの寺院の方に行ったのかしら? 私、寺院には寄らずに直接祠を目指したのよ。ここについて直ぐに、妙な気配を感じたから、玉藻がいるんじゃないかと思って————」


 洞窟で起きたことを話したが、刹那は何も見てはいなかった。

 それどころか、寺院の状況も…………。



「颯真、幸四郎様……いえ、幸四郎は、神殺しの儀式をしていたのよね? 蝋燭の数は残り何本くらいだったの?」


「確か、2本だったはず……でも、あの祭壇は俺が壊したけど」



 刹那は俺の話を聞いて、眉間にしわを寄せる。


「神殺しの儀式は、祭壇がなくてもできるはずよ。儀式で一番大事なのは、確か神通力や霊力のある者の血肉を食らうことのはず————」


「それなら……あの本堂の遺体は————」


「おそらく、残りの2本分を補うために食べたのよ。松宮家は、私たちの一族とは違って、妖怪と戦う力を持っているものはいないわ…………能力を持っていない人間には、できないのよ。人間でなくなるしか、方法はないわ」



 驚愕の事実に、背筋がゾッとする。

 玉藻を戦った時とは、違う。


 妖怪よりも、人間の方が、ずっと恐ろしい————



「とにかく、幸四郎を探しに行きましょう……神殺しの儀式が完成しているのであれば、一体なにが起きるか————」



 刹那がそう提案した時、狛七が慌てた様子で飛んで来て、叫んだ。


「大変です!! 八咫烏の揺籠が、攻撃されています!!」





 * * *





 八咫烏の揺籠がある神社へ戻ると、その上空に暗い雲が覆い、まるでそこだけ夜のままのようだった。


「まさか、ここが襲われるなんて、盲点だった……!!」


(白虎の竹林で、玉藻さえ倒せば、全てが終わると思っていたのに、こんなことになるなんて————)



 緊急招集された面々は、とっくにそれぞれの場所へ戻ってしまっただろうし、このままでは、慧様の命が危ない。


 地下で慧様の守りをしている人数は、一体何人いるのか…………



 術で隠されていた地下へと続く階段の入り口は、無理やりこじ開けられたのようだった。

 急いで階段をかけ降りると、狛一が倒れている。


「狛一!!」

「っ……じゅ……呪受者……早く……慧様を————」

「兄様!! 兄様!!」


 狛七に後を任せて、奥へ進む。



 奥へ行くほど、真っ黒で、不穏な空気が漂う。

 血の匂いもする。


「父さん!! やめて!! もうやめて!!」



 八咫烏の揺籠を守っていた巫女たちが倒れている中で、学さんは何度も必死に父親を止めようとするが、最早人ではなくなった父親に、その声は届かない。

 なんの躊躇いもなく、幸四郎は息子を振り払うと、揺籠の中へ入っていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る