第67話 同等の力


「フッ……強がっても無駄ぞ。お前は所詮人間。人間には、我を滅することなどできない————かつて我を封じたあの巫女でさえ、我を滅することはできなかったのだからな」


「そうかもしれない…………だが、それはお前が玉藻だった頃の話だろう? 封印される前の話だ————」



 恐怖なんてものは、俺の中にはもうなくなっていた。


 玉置の姿から、狐の顔へ変化した姿を見て、脳裏をよぎった記憶がある。

 記憶の中で、この狐の尻尾は9本だった。


 尻尾の数が多ければ多いほど、妖力の強さを物語るその尻尾が、今目の前にいるものとは違うのだ。


 前世のことなんて、何も覚えてはいない。

 だけど、慧様の言葉が本当なら、この狐の顔を見た瞬間に、俺の脳裏に一瞬よぎった映像は、この狐を封じた時の巫女のものなのかも知れない。


「お前を滅することができなかったのは、確かにあの時のお前は強かったんだろう。だけど、お前は、今自分で言ったな————」



 俺は玉藻の手首を掴んだ右手に力を込める。

 青い炎が、狐の毛皮を燃やす。



「この右目に掛けた呪の力……これがなければ、お前は、あの頃のように強くはなれないんだろう?」


「——っ!!」



 身の危険を察したのか、玉藻は火柱から狐火を飛ばして俺の手に当てる。

 衝撃で反射的に手を放してしまった瞬間、玉藻は俺からサッと距離を取った。


「まさか……我の掛けた呪いの力を利用して、我を滅するつもりか?」


 かつて、玉藻が封印された当時、呪いとしてかけた力。

 その右目に掛けられた呪いの力欲しさに、数々の妖怪たちに狙われ続けた。


 その目を食べれば、玉藻と同等の力を。

 その体を食べれば、それ相応の力を得ることになると言われているのが、呪受者だ。


 玉藻と同等の力を、俺は生まれた時から持っていたんだ。


拘疾風こうしっぷう……————雷束らいそく!!」


 青い雷が、玉藻の体を拘束する。

 玉藻に対する怒りから、力を制御していた翡翠のピアスが割れたおかげで、俺の左手から放たれたその青い雷は、青い炎に姿を変えて、狐を焼き尽くそうと燃え広がる。


「愚かな!! この程度の力で、我を滅せられるわけが————」


(そう……これは俺自身がもともと持って生まれた、力だ。でも————)


 俺は右手で右目に触れた。


 炎の色は、緋色と混ざり合い、紫へ変化する。



「拘疾風……————雷束・ごく!!」


「————くっ……小癪なっ!!」


 玉藻は苦しみながら、紫の炎に包まれる。

 それでも、必死に抵抗しようと狐火が俺に襲いかかる。

 いくつかの火の粉が頬を掠った。



「颯真!!」


 刹那が火柱を扇子で断ち切り、俺の周りを囲っていたものが消えていく。


「ありがとう、刹那……これであいつに集中できる」


 玉藻の全てを焼き尽くそうと、さらに力を込める。


(あと少し、あと少し————)


「おの……れっ…………人間ごときが————我を……————」



 玉藻は身の危険を感じると、その体を分裂させて逃げていく妖怪だ。

 先祖の巫女は分裂し、逃げる前に封じた。

 でも、俺は、封じるなんてそんな生ぬるいこと、絶対にしない。


(焼き尽くして、完全にこの世から消してやる!!)


 全力で力を込める。

 分裂するのが先か、俺の力が尽きるのが先か————


 強い意志とは裏腹に、俺の体力は減っていく……意識が遠のき始めている。


(あともう少しなんだ……もってくれ————)


「颯真、大丈夫だ。この為に、アタシがいる…………」


 茜は俺の右側に立って、火の粉によって火傷を負った俺の右手を舐める。


 遠のいていた意識も、減っていた体力もその瞬間元にもどり————



「ギャアアアアアアア————…………」





 玉藻の体は灰になり、朝日を浴びながら天高く消えていった。




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