第五十話 勇者の素質

突然起こったカインの豹変ひょうへんに僕もアオイも戸惑いを隠せない。口調はカインそのものだが、素人の僕の目から見てもカインの技量は圧倒的だった。


「ったく…オレは穏やかに眠りたいだけなんだが、何の因果いんがかまた、お前と会うとはね…で?今度は何を企んでいやがるレイ」


面倒くさそうに話してはいるが、その実ライルやソウタの攻撃をかわし、受け止めその全てに反撃をしている。あれ程苦戦したソウタがまるで相手になっていない。


「…っの野郎!だから何なんだ!てめぇはよ!」


「おいおい、人が話しているときに割り込むな。…というか、てめぇは年長者に対する口の利き方が成ってねぇ。おまけに戦い方も成ってねぇ…しばらく寝てろや坊主」



カインの放った強烈な拳がソウタの腹にめり込むと、ソウタは地面を転がりまわり遂には動かなくなってしまった。



「ったく…配下にどういう教育してんだおい!そっちのゴツイの!コレをさっさと回復してやれ、で?レイ、何を企んでいやがる、返答次第じゃ鉄拳制裁じゃ済まねぇぞ?」


その場にいるだけで圧倒的な存在感を放つ、ライルはソウタを担ぎ玉座まで引くとレイが拍手をしながら降りてくる。


「流石はヴィルだ。ライルもソウタも決して弱くはないけど…君と比べたら、やはり…ね。君も知っているだろ?僕の望みはただ一つ。世界を救う事だ、それは今も昔も変わらない、どうだい?ヴィルも一緒に世界を救おうじゃないか」



「それが真っ当な方法ならな。てめぇもオレも過去の遺物いぶつだ。今の世に干渉かんしょうしていいモンじゃねぇんだよ。今の時代に生きるモンに任せれば良いんだよ、すべてを話せ。そっから決めてやる」



「残念だけど、それは無理な話だ。なぜなら世界を救えるのは勇者だけだ。その勇者も僕しかいない。だから僕がやらなきゃいけないんだよヴィル」



レイはそう言うと腰の剣を抜き天にかかげる、剣は眩い光を放ちその姿は芸術や美術なんて言葉では表せない程に僕らの目を奪う。



「聖剣クラウ・ソラス…勇者にしか扱えないという一振りの剣か…それがあるから、勇者でいるってわけか」


「そうさ、勇者の啓示けいじを与えのは神だろ?なら何故神は僕以外に勇者の啓示を与えない?僕がいるから?違うね、僕から勇者の力を奪えばいいのにそれすらしない。なら…わかるだろ?神は僕を選んだ、そして僕以外は選ばなかった。僕が世界を救うしかないんだよ」



そう言うとレイはライルたちを連れ部屋を出て行ってしまった。後を追おうとすると、カインに止められる。



「今は追うな。どうせ行く先はわかってる、それよりもお前たちの事を聞かせてくれ。ってその前にオレはヴィル。複雑な心境だろうがレイと共に旅をした仲だ、それと…この体の持ち主であるカインの事は前から知っているし、カインも俺の事は知っている。今はオレが出て来ているが、カインも話は聞いているから安心しろ」



そうしてヴィルに今までの事を話した。



「成程な、大体は理解した。オレはレイの取る行動には反対だしお前たちに力を貸してやりたいとは思うが、さっきも言ったようにオレやレイ、そしてフィアリスは過去の人間だ。知識や経験を教えることは出来てもお前たちが決めて行動しなきゃ意味がない。フィアリスも同じことを言ったんじゃないか?」



「はい。影響は与えてしまっているけど、僕らが行動することに意味があると言っていました」



ヴィルはアイツならそう言いそうだと言い、僕らに戦い方を教えてくれた。特にエルザには感銘かんめいを受けることが大きかったのか、言葉だけであってもヴィルは間違いなくライルと同じ位には戦えると言った。


「カインは問題は無いだろうし、マコトだったか?お前もフィアリスから聞いているだろ?ならそれを実践じっせんすればいい。…問題はお前だけだ…アオイ。オレは回りくどい事は好かない、だからハッキリと言う。もし聞かれたくないのなら仲間には離れてもらうといい。あまり気持ちのいい話じゃないからな」



「いいわ。ここまで来たのだから…皆にも聞いてもらいましょう」



「そうか。なら…ハッキリ言えばお前はこれ以上強くはなれないな。確かに力、魔力、そう言った基本的な能力は高い。だがお前は何かを恐れている。それが何かまでは知らんがそれがお前の成長を妨げている。そしてかつては勇者と呼ばれていたとの事だが、話を聞いていてわかったことがある。お前は心が弱い、勇者とは何者にも替えが利かない唯一無二の存在だが、それは力の強さじゃない心の強さだ。何をおびえる?何を迷っている?少なくともレイはそれがあった。…お前に言えるのはそれだけだ」



いつも余裕があって、僕らの事を気遣ってくれているそんなアオイが何かに迷っているのだろうか…確かに自分の事はあまり話してくれないが、それでも僕らの頼れるリーダーなのに…



「先人の知恵に学ばないのは愚か者のする事ね…カインの顔で言われるのは少ししゃくだけど、心当たりは多すぎるから何も言い返せないわ。私の選択は間違っていたんじゃないかっていつも思う、この世界に戻って来た時、復讐をしてやるって言っていたけど、本当は違う。異世界での生活は何も起きなかった。争いも戦いも…それが苦痛だった、何かをしていないと苦痛に押しつぶされそうだった。私は…人を…街を見捨てたの…」



アオイは少しづつ話してくれた。彼女の過去を、決して下ろすことのできないアオイの十字架の話を…



アオイがライルたちと旅をしていた中、一つの選択を迫られた。街にモンスターの大群が迫っていると言う情報が入り、今戻れば街を守れるかもしれない、だが戻っていては魔王城近隣へと向かう船への乗船ができなくなる。次の出航はいつになるかもわからない。そしてアオイは魔王城へ向かう事を決めた。ライル達に何も言わずに…



乗船中も口論が絶えず、結局街は滅び、自分も仲間によって…。ずっとその事を気にしていた様で異世界に生まれても、その事ばかりが頭に浮かび自分は幸せでいいのか、つぐないをせずに生きていていいのか、そればかり考えていたと言う。



「少しでも早く魔王を倒せば、より多くの人が救われると信じていた。仲間だった彼らもわかってくれると思っていたけど…周りは勇者と呼ぶけど、私は啓示けいじを受けていない。だからより勇者として振る舞わなくていけない、戦果を出さないといけない。そのせいかな?余裕がなかったのよ。結局は戻って来たのだって戦っていれば気がまぎれるから、マコトに世話をしたのだって、全部考えないようになる状況を作っていたから。これでわかったでしょ?私がどれだけ自分勝手に生きて来たか、ゴメンね、こんな場所まで付き合わせちゃって…」



エルザもヴィルも何も言わずに彼女を見つめている。かける言葉を探している様に。だけど僕は…きっと気に入らないんだ、アオイの言葉が…僕が聞きたかった言葉じゃないから。



「本当だよ…本当に君は自分勝手だよ」


「そうね…一番被害を受けたのはマコトだもんね…マコトが私を見捨てるなら…」


「それが勝手だって言っているんだ!頼れば良いじゃないか、僕達は仲間だろ?苦しかったら言ってくれよ!僕は…アオイが言ってくれなきゃわからないんだよ!君を見捨てる?そんな事できる訳ないだろ!君が罪を背負うなら僕だって背負う!君が贖罪しょくざいを求めるなら僕だって一緒だ、君が成し遂げたい思いがあるのなら…僕が叶えて見せる!世界が君を責めるなら、君が自分を許せないのなら、僕が…僕だけは君を信じて守って見せる!僕は…アオイが大好きで…君を愛しているから…」



その時に僕の心の中で何かが変わった。何かが僕の身体を満たしていく…



「私も!私も姉様を信じてる。姉様が間違った道を歩くなら私が止める。だから…泣かないで…私は笑った姉様が一番好き…」


エルザはアオイを抱きしめ、お互いに涙を流している。ヴィルも涙を流している…と思ったが、いつの間にかカインと変わっていた。


「何だよ…泣ける展開だな、オレも!エレノアを信じてるぜ!失ったモノは戻って来ねえ…だけどよ、そこで止まっていたんじゃ、申し訳ねえじゃねえか。その選択があったから今がある。なら歩き続けようぜ、俺たちに出来るのはクヨクヨする事じゃねえ。前に進んで未来を切り開く事じゃねえか」


「カ…カインなの?」


「おう…ヴィルの意識の中でちゃんと聞いてたぜ。さあ行こうぜ!ゴチャゴチャした御伽話を終わらせに!」

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