第四十九話 カインの覚醒

エルザはじっと動かずに一人の戦士を見ている、まるで自分が相手をするかのように。確かに後ろでは大好きな人がピンチになっている。それは声を聴いていれば理解できる…が今は動くべきじゃない。白狼族の血か闘争本能なのか、それはわからない。その視線の先にいるライルが歩き出す。



「ちょっと、アンタは別の役目があるんだから勝手な真似はしないでよ」


不機嫌そうに忠告するリノを一瞬だけ見ると、足を止めずにエルザの前へ進んでいく。



「久しいな。白狼の戦士、名をエルザと言ったな。我が名はライル…いざ尋常じんじょうに勝負だ」


ライルは幅広の剣を構える。それと同時にエルザも腰を落とし右足を下げ力をためる。


「私はお前を倒す。勝ってマコトを助ける!」


言葉と同時にエルザがめていた力で地面を蹴ると、一瞬にして姿が消える。姿は見えなくとも攻撃の瞬間は視界にとらえる事が出来ると判断したライルは半身に構えた。


周囲に気を配れば地面を踏みしめる度に床に亀裂が入り、その音に気を取られては、すぐさま別の方向から音がする。恐らくは隙をうかがっているのだろうと判断したライルは、ほんの少しだけ構えをくと、やはり狙っていたようだ。


「やはり…まだまだ甘い…な…に…これもおとりか!…ぐはっ」


剣を振りかけた反対側から衝撃を受けた。鎧越しだが体の芯まで衝撃が残る。体制を崩せばエルザの怒涛どとうの攻撃が始まる。息もつかせない全方向からの打撃にライルも一旦距離を取るが、その取った距離でさえ一瞬の間に埋めてしまう。辛うじて頭上の蹴りを頭を下げてかわすと、次は下からの突き上げの拳が見えた。


「っく…ならば…」


剣のつかを拳の先ある顔に目掛けて突き出すと、拳が消えた。



この辺りが人間と亜人の差なのだろうか、エルザは剣の柄を確認すると体を一回転させてライルの頭部目掛けて足を振り下ろした。



「どうだ!」



見事頭部に当てライルは地面に倒れ、エルザは声を上げる。確かに加護の力は大きかったが初めて全力で戦えた、事実通常のモンスターなら一瞬で終わってしまう戦闘もライル相手ではそうもいかず、鼓動が早くどこかワクワクしていた。全力での戦闘がこんなに清々すがすがしい気分だったなんて知らなかったと言わんばかりにエルザの気分は高揚していた。彼女の力はマコトたちが想像している以上になっていた。



「…っく、見事…まさかここまでとは…」



フラフラと立ち上がるライルにフィアが魔法をかけようと手をかざ



「フィア、必要ない。これはオレが招いた結果だ。受け入れる」


ライルは回復を断り、エルザに向かう。


「見事だ。エルザよ、身のこなし打撃の重さ、どれをとっても一級品だ…それに亜人ならではの直感と言うべきなのか危機能力も申し分ない。今一度言う。オレたちの元へ来い、それが嫌ならオレの元で戦え。お前はまだまだ強くなれる」



「ふん!ボロボロのクセに偉ぶるな。私が戦うのはマコトの為だけだ、二度は言わない。負けを認めろ…次は…殺す」



「良い気迫だ…迷いもない…しむべきは主を間違えた事か…残念だ…。オレも言っておこう。次は来ないさ、何故なら…もう…慣れた。次はオレから行こう」



ライルは剣を構え、大きく息をはくと一気に駆け出す。それはエルザの様に一瞬で間合いを詰め剣を振るう。当たれば一太刀で真っ二つにされそうな轟音を鳴らし剣を振るうが、やはりエルザには当たらない。


「大ぶりすぎる、そんな事で私を捕らえられると思うな!」


再度防戦一方になるライルだが、打撃を受けながらも先程の様に倒れたり、体勢を崩さない。あせりを感じたのかエルザは再度フェイントを入れ攻撃を入れた。


「左!」


ライルは蹴りを剣をわずかに動かすだけで防いで見せた。剣を足場に距離を取り再度攻撃を仕掛けるがそのたびに剣を動かす仕草だけで防がれしまう。



「どうした?息が上がっているぞ?次は殺すだったか?さあ…やってみろ!」



次はエルザが防戦一方になってしまった。ライルの繰り出す攻撃は最小限の動きで確実に急所を狙ってくる、そのスピードを生かしとにかく回避に専念する。



その様子を見ているリノは玉座に座るレイに話しかける。


「良いのですか?主人あるじ様、ソウタはどうでもいいですがライルは明らかに違反しております。指揮権は私にあるのでは?」


「はっはっは。リノ、それはそうなんだけど良い見世物みせものじゃないか。あの堅物で通っているライルにあそこまで言わせるむすめだ。もう少しだけ見て居ようじゃないか、それとも心配かい?」


リノは大きく息をはきレイの隣に立つ。


「あのライルが負けるとは微塵みじんも思っておりません、あの男が段々と饒舌じょうぜつになっています。計画に必要ないとは言え、あの娘が少しだけ不憫ふびんだという事です」



普段は無口で敵にも手心てごころを加えるライルだが、その本性は戦闘狂と言ってもいい程だ。自分が全力出せる相手は限られており、それも自分あるじとその僅かな人だけだから全力を出せる機会もない。わばエルザと同様により強い相手との戦闘を何よりも心待ちにしていた。


全力に近づく程、饒舌じょうぜつになって行きいつしか相手が物言わぬ死体となっても攻撃を止めようとしない、その後処理が非常に面倒だとリノは言っている。



「さあ、どうした!エルザよ回避ばかりではオレは倒せんぞ!」


「コイツ…どんどん速くなって…きゃあ!」


回避したと思ったが、ついに足をつかまれ、地面に叩きつけられる。


「まだだ、まだ全力には遠いぞ!」


掴まれた足を放してはもらえず、そのまま投げつけるとエルザの背は壁に叩きつけられた。


「…ガハッ」


「倒れるには…まだ速い!突進突撃チャージクラッシュ!」


ライルの技は倒れる事を許さない。剣の柄が深々とエルの腹部に突き刺さる。



「………ッグ」



無慈悲に剣を振るうと、エルザの体は転がっていき腹部からおびただしい程の血が地面を染めていく。エルザの元へ歩き、うつ伏せの状態を脇に足を入れ仰向あおむけにすると声を掛ける。


「今一度だ。オレの元へ来い、聞き入れないのなら…殺す」


痛みからか声の出ないエルザの傷口を踏みつける。


「ぐあああああああ!」


「どうする?ここで死ぬか?」


エルザは痛みに耐えながらも、ライルの足を掴む。


「…私が…戦うのは…マコトの為…お前は必ず…倒す…」


「そうか…なら思いも果たせず死ぬがいい。さらばだ」




---------


-------


------



ソウタの攻撃を必死で避けるマコトは、その目の片隅かたすみでエルザの戦いを見ていた。押しているかに見えた攻勢も、いまや逆転されてしまっている。ソウタの攻撃はアオイ、カインの助けを借りても、やっとかわせている状態だった。エルザの救援を考え出すとどうしても足が止まってしまう。


「おら!エレノアばかりに頼ってないで攻めて来いよ!」


「…ック。ショット!」


「あめぇんだよ!」


やはり魔法は反魔法剣アンチ・マジックソードによって、切り裂かれ効果が出ない。自分だけがエルザの救援に行ければと行動してもすぐにソウタによってはばまれる。


「助けに行きてぇか?相手がライルじゃ絶対勝てねぇ。あの亜人は死んだな、お前のせいだよオサベ君よぉ!」


「…なら…完全回復リカバリー


回復魔法をエルザに向けて放つが、これも反魔法剣に吸収される。



「だから、無駄なんだよ!そこで見ていろ、仲間が死ぬのをよ!」


「カイン!頼むエルザを!」


そう言った時、三人の目にはライルにまれ苦しがっているエルザの姿が映った。床には大量の血がながれており、今にもライルの剣が振り下ろされようとしていた。


「やめろー!」


その時、ライルの剣が弾き飛ばされ壁にはカインが投擲とうてきした槍が突き刺さっていた。


「…イ…ン…の…槍」


カインは意識がないのか、うつむき何かを言っている。


「邪魔すんな!オッサン!」


一瞬の出来事に反応が遅れたマコト、アオイは斬りかかるソウタを止められなかった。



ガギーーン



ソウタの斬撃をカインは小手で受け止める。


「こい…ケイオン…」


壁に突き刺さった槍はカインの言葉で、その手に戻る。


「おい…亜人に回復を。これはオレが引き受けた」


「あぁッ?何言ってんだ?気でも狂ったかオッサ…フボッ」



言い終わる前にソウタはカインが放った裏拳によって吹き飛ばされた。



「カ…カインだよね?一体何が…」


「…ッチ、行動が遅ぇ」


カインは一瞬の内にライルまで蹴り飛ばしエルザを連れてくる。マコトは慌てて回復魔法をかけ一命をとりとめた事に安堵する。


「全く… おいた が過ぎる坊主には鉄拳制裁が必要じゃねぇのか?なぁ…レイ・ハーバー」



槍をレイに向けると、玉座に座っていたレイが立ち上がり目を見開く。



「やっぱり…そうか、そうだったんだ。ヴィル…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る