第四十七話 動き出す歯車

世界の7割を支配し、もはや世界統一まで、もう一歩という魔王城をレイ・ハーバーは迷いの無い様子で、闊歩かっぽする。基本的に誰もいないので足音だけが響く。至る所の扉を開け、階段を登り、時には降りてようやく到着する魔法陣の前に来ると大きく息を吐く。


「全く面倒な作りだな。外敵がいてきなんて関係ないのに、どうしてこう作りが複雑なんだよ…ボヤいても仕方ないけどね」


誰に向かって言ったわけでも無いレイの独り言は、耳が痛くなる程の静寂せいじゃくの中で木霊こだまする。何千、何万という回数をこなしてきているが、ここにくるまでの行程こうていは初見では絶対に辿り着けない。いつからだろう…こなれてしまったのは…もうそれすら思い出せない。人の世に伝承でんしょうとしてのこされてしまう程の長い年月が経てばそれも仕方のない事と自分で納得し魔法陣を起動させる。



「さて、王様のご機嫌伺うかがいでもしますか」



魔法陣の中へ入ると、一瞬にして景色が切り替わる。レイ自身もここが何処なのかわからない。だが時間の概念がいねんがないかの様に、この場所はいつ、どの時間に来ても明るい日差しがっていた。気候も穏やかで暑くもなければ寒くもない。一見すれば天国にも感じられる場所のすぐ目の前に、玉座のようにかたち作られた椅子に誰かが座っている、いつもの光景。



「これが王城ともなれば、絵にもなるんだろうけど、ただの平地に玉座ってバランスが悪いよ。こういう状況はシュールっていうんだっけ。ソウタが言ってたな」



レイの言う通り、豪華絢爛ごうかけんらんなのは玉座のみで周りは広い平地が広がっている。何もない場所にポツンと鎮座ちんざする玉座に近づくと、肘掛けに右腕をかけ退屈そうに足を組み、その瞳からは何も感じることができない。かつての魔王と恐れられた姿のまま、剥製はくせいのようにそこにあった。



「君も、僕も長く生きているけれど君には不自由をかけるね。まあ、僕も外界との折衝せっしょうや部下の管理、戦線の維持とやる事は山ほどあるからお互い様…かな?」



レイ・ハーバーは勇者である。世界を救う勇者、世界を救うとはどう言う事か、その意味がわかった時にはもう遅かった。それでも、仲間をだまそうが非道と言われようが、世界を救うのであれば割り切るしかなかった。自分をとがめてくれる親友も愛した人も全てを捨てて選んだ道は、きっと全ての人に理解されないだろう。それでも良かった。世界を救えるのなら…



「君と会うと、どうも感傷的かんしょうてきになっちゃうよ…それじゃ、また来るね」



振り返ろうとしたその瞬間、わずかな音に気付くと剥製はくせいの顔にヒビが入ったのが見えた。目を疑った、まだ早過ぎる。こちらの準備はまだ整っていないのに…


「これは…ちょっとマズイかな…仕方ないけど早めるしかないか…もう少し耐えてくれよ」


レイはそれだけ言うと振り返り魔法陣の中に消えていく。


(無理を言ってくれる。だが長くは持たぬぞ、我が友よ…)


何処からともなく聞こえた声は、誰に聞かれる事もなく再度発せられる事もなかった。





魔王城に戻ったレイは急ぎ配下に連絡を取る。異世界の技術は戦闘に使えるモノが然程さほど無かったが、こう言う事に関しては本当に役に立つ。


「今動ける者は至急玉座の間に来てくれて。大至急だ。僕も向かっている」


来た道を戻るのだが、いちいちわずらわしい。転送の魔法陣を使おうとも考えたが、魔王城自体が特殊なものなのか、構成しているモノの影響か転送自体ができない作りとなっていた。それならば、いっそ作り直す事も考えたが、あの場所がどうなってしまうのかもわからないので、結局は何も出来なままだった。



玉座の間には、既に3人が控えていた。愚直ぐちょくな戦士が見当たらないが、彼は王国にいるし彼らの監視もあるから仕方ない…。



「遅れて悪かった。リノ、フィア、ソウタ。よく集まってくれた。早速だけど計画を早める必要が出てきた。リノ、アレは持ってきたかい?」


「勿論です。主人あるじ様」



リノから差し出された剣を鞘から抜くと、刀身に刻まれた紫色の模様が不気味にうごめく。



「効果のほどは?」


「はい。人間、亜人、魔族と試してみましたが、扱い自体は通常に剣と差がありません。私の結界でも簡単に」


リノの魔法は多岐たきに渡り、威力も絶大だ。そのリノが言うのであれば…だが不安も残る。


「ありがとう。君を信じよう。ソウタ、君にこの剣を与える。いいかい?次負ける事は許さない。だが絶対に殺すな、それだけは必ず守れ。生きていればそれでいい」


「ああ、必ず…で?あの件の事は?オレが仲間になった理由は忘れてねぇだろう?」


戦闘能力だけなら、レイにも匹敵するが性格なのだろうか粗暴そぼうで欲望に忠実でソウタが彼ならどれ程良かっただろうか、始末するのは簡単だがソウタの力は少なからず役に立っているだけにタチが悪い。



「ああ、忘れていないよ。この件が片付いたなら…ね、それまでは指示に従って貰う。いいね?」



ソウタは剣を受け取ると、ニヤッと笑った。異世界人というのは皆こうなのか?と考える。それとも彼が特別なのか、レイに判断するのは難しく、もしここに彼女がいたら…と考えてしまう。聡明そうめいで明るく子供っぽいと言うとムキになって怒った彼女は…そこまで考えて頭を振る。全て捨てたんだ、世界の為に…過去にこだわるな、今を見ろ。と余計な考えを捨てる。



「フィア、君は彼らに接触してここに連れてきて欲しい。その為の転送石を渡す。連れて来られるのは魔王城前までだけど。そこからは君が案内してくれ。出来るかい?」


「はい。おおせのままに」


「連れて行く人選は君に任せる。上級魔族でも構わないけど、どうする?」


「アーシャを連れて行きます」


少し不安も残るが、彼女が決めたのなら文句はないとうなずいて見せる。


「リノ、君はソウタ、フィアと共に彼らと対峙たいじして貰う。ライルも合流させるから宜しく頼むよ、やり方は君に任せる。それと、指揮権はリノが負う。ソウタ、フィアもリノの指示は僕からの指示だと思って欲しい」


「はい、必ず成果を上げてご覧に入れます」


レイは配下たちと彼らの戦力差を考える。充当じゅんとうに行けば間違いなく勝てるだろう、不確定要素は2つ。ソウタと彼の存在だ。ほぼ間違いなくソウタはリノの指示に従わないだろう、それでも良かった。あわよくば始末出来ればという希望も入っている。だが一番の問題は、彼だ。フィアリスの魂を宿す彼がどれ程成長しているのか、それとも…レイは配下に悟られないように玉座の間を後にする。



「それじゃ、よろしく頼むよ。フィアはアーシャと一緒に王都へ行ってくれ。僕もライルにこのことを伝えに行くから」



そのまま王都へ転送魔法を使い、騎士団のめ所へ向かわずマグナ家のある貴族区へ向かった。いつかは来ると思っていたが、まさかこんな形でマグナ家を訪れとはレイにも予想が出来なかった。当然入れるはずもなく、見渡せる場所で石垣に腰を下ろす。



「そう言えば僕は力以外で君に勝てたためしがなかったよね?口喧嘩でも、魔法勝負でも…だけど、次は負けないよ?ここへ来たのは僕の中にある君への想いと決別する為に来たんだ。今も昔も僕の想いはただ一つ。世界を救う事なんだから。その為に邪魔になる障害は全て僕が取り除く。それが例え君であってもだ」



レイは大きく息をはくと、石垣を後にし騎士団の詰め所へ向かう。準備が足りないのは事実、だが時間もない。こうしている間にも戦友が命を懸けている。そう考えると徐々に早足になり、顔からは笑みがなくなる。ライルと合流し、魔王城へ戻ると急ぎあの空間へと向かう。


剥製のひびは僅かではあるが、先程よりも大きくなっている。玉座の後ろにある地面を払うと階段が現れそれを降りていく。もう一度これを手に取る時レイは本当の御伽話の勇者になる。



「さあ、行こうか。勇者にしか扱えない聖剣よ、僕に力を貸してくれ」



その言葉に応えるように、聖剣は輝きをさらに増した。


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