第四十五話 フィアリス再び①

ロイクさん、申し訳ないですが私たちにも都合があります。お二人の熱意は十分に判りましたから、次はこちらの質問に答えて頂きたいのですが」


僕はどうも物事をハッキリと断るのは苦手だ。そんな時はアオイがその役を買って出てくれているから安心できる。


「そうでしたか…これは失礼しました。つい夢中になってしまいました。それで質問とは?」


「はい。フィアリス・マグナという名前に心当たりはありませんか?フローラさんには昨日お話したのですがどうもそこから本題がズレてきてしまって…」


「なるほど…それで納得が出来ました。確かにフィアリス・マグナというのは我々マグナ家の人間とごく一部の方しか知りえない事です。それがあなた方の口から出たという事は、何故という疑問が出る。そこで精霊魔法や全属性適性の話からズレたと…申し訳ありません。貴重なお時間を使わせてしまって…ですがこれで疑う余地よちはありませんね」


そう言うとロイクさんは僕らに向かって膝をつき、フローラさんもそれにならう。


「根源の支配者よ。我々マグナ家は貴方様をお待ちしておりました。どうか我々にも貴方様にお力添えをすることをお許しください」


は?何だ?このいきなりの低姿勢は。根源の支配者?誰が?まったく理解が出来ない。


「あ…あの…根源の支配者って?それにいきなりどうしたんですか、もう少し順を追って説明してください…」


「これは失礼しました。それでは順に説明しますので、まずはこの部屋ではなく屋敷に行きましょう。フローラ、お連れしなさい。くれぐれも粗相そそうのないように」


かしこまりました、お父様。さあ皆様こちらへ」


フローラさんの後に付いて行く際に、アオイに声を掛ける。


「ねえ、根源の支配者って何?僕がそうなの?何がどうなってるの?」


「私にもさっぱり…それを教えてくれるんでしょ?きっとマコトの力になってくれるわよ」


「それよりもマコトは精霊魔法、全属性適性、根源の支配者と…人間のわくを超えて来てるな」


「支配者…カッコいいよ」


カインの言葉は冗談に聞こえないから厄介やっかいだし、エルザは全くの勘違いをしている。前を歩くフローラさんが僕らの会話を聞いてクスッと笑った。


「酒場でもそうでしたが、あなた方は互いを信頼し合っているのがよく判ります。きっと良い縁に恵まれたのでしょう、流石は根源の支配者様です」


僕を認めてくれたのだろうか、あからさまに態度が急変したのがよく判る。屋敷内の応接室らしき部屋に通され、向かい合わせのソファに腰掛ける。そこへ遅れながらロイクさんが先程までの黒のローブから豪華の装飾の入ったローブに着替えてやってきた。


「それでは順にご説明します。先ずはフィアリス・マグナ、マグナ家で唯一全属性適性と精霊魔法を使えたと言われている我々の遠い先祖です。肖像画などは残っておりませんが小柄な女性だったと聞いています」


それならば僕が精神世界であった彼女こそが…


「そしてマコト様方が持っていらした勇者伝説の本、それを記したのが彼女だという事はわかっています、そして彼女の功績や伝承を残さなかった理由ですが、彼女は禁忌きんきの術を使ったからです。経緯まではわかっていませんが彼女は死ぬ直前に自分の力、記憶、その全てを後世に残すのではなく、それらを一つにまとめ転生の魔法を使ったのです」


「では…僕がその転生先に選ばれたという訳ですか?」


「そこまでは何とも…記憶を持たれている訳ではないのですよね?」


僕はうなずく。自分の中に彼女が宿っている?いやそれは無いと思う。フィアリスの記憶は無いし精霊魔法を初めて使ったのだってつい最近だ。


「そして、根源の支配者ですが、これは精霊魔法の使い手に贈られる称号であり、フィアリスが初めて成しえた功績からそう呼ばれているのです。今の我々マグナの人間がこうしているのも、全てはフィアリスがいたからこそ、それゆえ我々はいつの日か訪れる転生者を迎え入れる準備をしてきたのです」


本当にそうなのだろうか、それよりもロイクさんやフローラさんがフィアリスの生まれ変わりと言われた方が納得が出来る。だが彼らは精霊魔法が使えない。オリジンが言っていたように精霊に認められなければ使えないという事ならば…そもそも精霊魔法が使える人が一人というのもおかしな話だ。僕以外にも認められた人がいないというのも…


「色々お話をしましたが、整理する時間も必要でしょう。今日は屋敷にお泊り下さい、大したもてなしは出来ませんが、どうぞ、ごゆっくり旅の疲れを癒してください」


そうしてそれぞれの部屋に通されると、疲れからなのか僕は早々に眠りについた…



………………………


…………………


……………


………


気が付くと再度真っ白な空間にいた。以前と同様に上下左右も判らない不思議な感覚だったが、足を進めていくと途端に目の前に景色が広がった。青く澄み切った空、奥に見えるのは湖だろうか光を反射してキラキラと輝いて見える。


「ここはね、僕のお気に入りの場所。何か嫌な事があるたびにここに来ていたな、この景色を見るととても落ち着くんだ」


突如後ろから聞こえた声に、僕は振り向かずに返答をした。


「そうだね。とても綺麗な景色だ。皆で見に来たいな…どこにあるんだい?フィアリス」


「今は…この景色は見れないよ。この場所には…魔王城があるからね」


そこまで話して振り返ると、小柄な女性がニコニコとしながら僕を見ていた。


「マグナ家まで行ったんだ…どうだった?僕の子孫たちは、壮健そうけんだったかい?」


「色々あったみたいだけど、現当主も娘さんも元気そうだったよ。マグナ家であることに誇りを持っているように見えた」


「それはなにより。自分の取った行動に後悔は無いけど子孫たちの事を考えるとね…さて、僕がこうして出てきた理由はわかるかい?」


彼女の少しだけ困ったような笑顔を見て察することが出来た。恐らくは僕の疑問に答えるためと…


「うん。そう、実はそろそろ限界でね。こうして君に会えるのは残りわずかとなった。だから君に出来る限り僕の全てを教えようと思ってこうしてきている訳だ。ちなみに、こんな事も出来るよ?」


そうして彼女が腕を振るうと、景色が一変し夕暮れのどこか見慣れない場所へと切り替わる。広めの部屋の様にも見えるが、2,30の小さな机と椅子が等間隔とうかんかくで並んでいるせいか狭く感じる。机の向かう方向には大きな深い緑色をした板が張り付けられていて、その前には机に向かう様に、小さな机があった。


「ここは?」


フィアリスの姿が、ローブから正装のような服に切り替わっていた。


「君の生まれ故郷の…教室という学び舎さ。この服は制服と言って学び舎に来るための正装と言ったところさ、どうだい?僕もなかなか様になってると思わないか?」


教室…制服…聞きなれない言葉だが何処か懐かしい感じがする。


「過去の記憶は失くしたんだ。どうかと言われても…答えようがないよ」


「それもそうか、まあ、折角だからここに座りなよ。そして僕はここ…」


中央ではなく、何故か一番後ろの席、しかも端ではなくその一つ隣。しかもフィアリスが座るのは僕の前ではなく、斜め前…


「そこに座る理由は?話し合うなら正面じゃないの?」


「ん?まあまあ、これでいいのさ。じゃあ始めようか、ひょっとしたらこれが最後の邂逅かいこうになるかもしれないんだ。心の準備は出来ているかい?」


大げさな言い回しをしているが、恐らく彼女と会える機会は最後なのかもしれない。ならばしっかりと聞いておこう。

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