第四十三話 マグナの家系

転送用のホールを出ると、目の前には見上げる程に大きな城がたたずんでいた。アオイは以前にも王都に来たことがあるという事で概要がいようを聞いた。


「王都は3つのブロックに分かれているの、今いるところは貴族区。王城や貴族が住む場所でもう一つが商業区、お店が多いけど商業区の店はどれも高いから普段の買い物には向かないわ。最後が住区じゅうく。一般的にはここね、広さもあるしギルドや手頃な装備品もあるから、まずは住区じゅうくに行って情報を集めましょう」


「でも、マグナ家って有名なんでしょ?なら貴族区から聞いて回った方が良いんじゃない?」


僕の疑問にカインが答える。


「貴族ってのはオレら冒険者を基本的には下に見てるからな。階級が全てだから知りたい情報なんて教えてくれやしねぇよ」


教えてくれないのなら仕方がない。僕らは住区じゅうくにまで行き情報を集めることにした。心なしかカインが浮かれているのがわかる。そう言えば先程「情報を得るには酒場が一番だ」と言っていたからきっと楽しみで仕方ないのだろう…


そうして酒場の戸を開けると、カインはさっさと奥へ行ってしまった。まだ日も高いというのに至る所のテーブルにはお酒を酌み交わし、大声で笑う冒険者が目立つ。そんな喧騒けんそうの中を進んでいくとカインがテーブルを取っており僕らもそのテーブルに着くと、早速カインが色々なものを注文していく。


「カイン…目的わかってる?お酒を飲む事じゃないからね?」


「あのなぁ…情報ってのはシラフじゃ出てこないモノなんだよ。酒を飲んで気が緩んだ所にこそ眠っているモンなんだよ。エレノアだってわかるだろ?」


「少なからず言っている事はおおむね正しい…まぁ…一応はギルドマスターだったのだから信じてみましょうか」


まさかアオイが肯定こうていするなんて思ってもみなかった。てっきり叱るとばかり思っていたけど…二人がそう言うんじゃ僕もそれに倣う。濡れたら困ると思いテーブルに出して置いた本をしまおうとすると、料理を食んできた給仕の女性が「アッ」と声を上げた。



「あの…お客さん…今の本…もう一度だけ見せて頂けませんか?」


「ええ…いいですけど…どうぞ」


女性は料理をテーブルに置くと、僕から本を受け取り表紙、裏表紙、手触りなどを確認しているようだった。その内に表紙をめくり数ページ読むと、静かに本を閉じ真剣な眼差しで僕を見る。


「お客さん…私はフローラと言います。失礼ですが、この本を譲って頂けませんか?」


「は?いや、フローラさん?いきなりどうしたんですか?申し訳ないですが僕らも必要なモノですので簡単にお譲りする訳には…」


「まあ待て。フローラと言ったな。オレはカイン。こいつらの仲間だ、何かしらの事情があるんだろ?聞いてやるから、少し待ってろ」


カインはそう言うと席を立って、奥へ行ってしまった。カインはそう言うと席を立って、奥へ行ってしまった。暫くすると笑顔で戻って来るが、その手には目一杯のジョッキを持っていた。


「店主に言って少しだけ時間を貰った。こんだけのエールを渡されたがオレに任せとけ!全部飲んでやるから。がっはっはっは」


…どんな交渉をしたのかは知らないけど、話ができるのなら…深くは追求する事じゃないな。


「改めて、僕はマコトと言います。フローラさんでしたよね?この本を譲って欲しいとの事でしたが、どんな理由があるんですか?」


僕らのテーブルに座ると、フローラさんはゆっくりと話し出した。


「マコトさん達が持っていらっしゃる本は、勇者の伝説の史実に基づいたと言われている本なんです。様々な勇者の伝承がありますが、そのどれもが1冊の完結版になっているのですがこの本は立志、苦難、最終の3冊構成になっており、作者などは一切の不明。所有者すらわからないと言われている幻の本なんです」


「ま…確かに幻の本ともなれば欲しいだろうとは思うが、他の2冊を知っているのか?」


「あくまで伝承です。ただ様々な研究を重ねていくうちにそういう結論に達したというだけで私も実際には…」


そんな幻の本が宿屋に忘れられるだろうか?それに…


「では、史実に基づいたと言われている根拠は何ですか?」


僕の質問には、本の内容が関わって来るようで、フローラさんは本をめくっていく。


「この部分、魔王の大いなる重圧に仲間の魔法使いが唱えた奮闘心インスハートは現代の魔法でいうところの闘争心ライオンハートに該当します。まあ…良く言えばですが、実際には下位互換といったところでしょうか…」


「ですが、それだけでは史実の根拠には弱いのではないでしょうか、偶々似た魔法があったと考える方が自然なのでは?」


僕だって自分が使う魔法と同じというだけで王都まで来たのだから、彼女の気持ちはわからないでもない。


「これはほんの一部です。後は…あ、ここ。特大の火球を打つ場面です。精霊が飛び回ってと表記があります。これは精霊魔法と言われる古代の魔法でして、今は使える人がいないと言われています。勇者の伝承に出てくる魔法使いは全属性適正アトリビュートの持ち主で、精霊魔法と自在に使えたとう言い伝えがありますから」


フローラさんの説明にアオイが待ったをかける。


「ちょっと待って。魔法使いの言い伝えは、ほぼないと聞いているわ。全属性適正アトリビュートだけなんじゃ…」


「確かに。一般的にはそういう事になっています。ですが…もう一つ精霊魔法の使い手という事はわかっています」


それなら、やはりフィアリス・マグナは伝説の勇者の仲間でこの本に出てくる魔法使いという事なのだろうか?


「一般的には…ね。フローラは一般的に知られていない事を知っているって事だな?何者だ」


意を決したかのようにフローラさんは言葉を続ける。


「私はフローラ・マグナ。マグナ家の一員です。精霊魔法の件はマグナ家と限られた人しか知り得ません。そしてこの本を書いたのは…マグナ家の先祖という事だけは分かっています。ですから…この本をお譲り頂きたいと…」


しかし…アオイの話じゃマグナ家は有名という事だが、何故この人は酒場で給仕きゅうじなんてしているんだ?


「実は僕たちもマグナ家の方々を探していたんです。不躾ぶしつけではありますが、フィアリス・マグナという名前に聞き覚えはありませんか?」


僕の言葉にフローラさんは突然席を立ち、大いなる注目を集めてしまった。アオイになだめられ再度席に着く。


「失礼しました…しかし…どこでその名を…?その名は極秘とされていて…失礼ですが冒険者の方々が知り得るとは思えません」


さて、何と説明したら良いだろうか。適性や精霊魔法は使えたの一言で片付くがフィアリスの名前を知ったのが精神世界だなんて言っても…待てよ?この人も魔法使いの家系なんだよな…なら精神世界の事もひょっとしたら…


「説明は難しいのですが、僕は全属性適性があり精霊魔法が使えます。それで…ですね…上手くは言えないのですが精神世界であった方が言っていたんです。自分はフィアリス・マグナだと…」


「マコトさん…私はこれでもマグナの家系です、魔法の事も当主に遠く及ばないものの研鑽けんさんを重ねてきました。精霊魔法は言わば太古の遺産。マグナだけではなく、どれだけの魔法を得意とする家系が長い何月をかけても成しえなかった精霊魔法を貴方が?その若さで?全属性適性アトリビュートはまだわかります、そういう人がいたという記述もありますから…」


あ…あれ?なんだか怒ってない?そんな変な事言ってないけど…助けを求めるために周りを見回すが、皆僕と目が合うたび溜息をついた。


「マコト…以前も言ったが、お前に出来る事が他人に出来ると思うな。お前の自己評価が低いのは知ってるが…今のはお前が悪い」


「そうね…カインの言う事が正しいわ」


「マコトが出来る事は特別だから、それはもっと知った方が良い」


カイン、アオイ、エルザからお叱りを受けた…


「なら、証明してもらいます。本当に精霊魔法を使えるかどうか。明日、ここへいらしてください。私は仕事に戻りますので」


そう言うとフローラさんは行ってしまった。僕は気まずい空気に耐えきれず席を立つと、皆で宿へ向かった。カインに言われたことを思い出し、僕はまだまだ自覚が足りないんだと痛感した。

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