第四十一話 御伽話の勇者様

アオイの部屋へ入り、適当に腰掛けると早速勇者の伝承について尋ねる。


「伝承や御伽話おとぎばなしはそれこそ無数にあるのよ?私も一部しか知らないけどそれでもいいの?」


「全部じゃなくてもいいんだ。大筋というか…流れ的な事がわかれば」


「そうね…勇者様は小さな街でお生まれになって、6歳の誕生日に神様からの啓示けいじを受け勇者となった。様々な訓練をされ16歳の成人の儀にて魔王討伐に旅立ち、仲間を集め魔王討伐を果たした。…流れはこんな感じで、そこからは本や伝承で内容がたくさん作られ今に至る…ってこれでいいの?」


アオイの話を聞いて疑問点が出てきた。勇者は神の啓示によって選ばれたのであれば、アオイはどうなんだろうか、それに仲間を集め、という事はフィアリス以外にもいたのだろうか。その後カインやエルザを呼び皆の話を聞いても似たようなものだった。亜人にも同様の伝承や物語が伝わっており、その影響は非常に大きいのだろう。


「マコトはその話を聞いて何かわかるのか?」


「確証はないけど、向こう側に付かないのなら敵対する事になるから…何かの手がかりになればと思ってね」


僕は手に持っていた本の気になるページを指した。


「この魔法なんだけど、僕が使ったものと同じなんだ。勿論僕はこの本を知らないし、それが何かの手掛かりになるんじゃないかと思って皆を呼んだんだ」


「偶然じゃないのか?」


カインの言う事も最もだ。だけどなんだか釈然しゃくぜんとしない。書き手によって無数にあるの物語の一つに同じ事が書かれていても不思議じゃないけど、それにしたって出来すぎているようにも思う。本を見ていたエルザが困惑こんわくしたように言う。


「この本の魔法使いは勇者の仲間なんだよね?」


「そうでしょうね、前後の文を読んでも、そうとらえて間違いないんじゃないかしら」


「だったら、マコトと同じ精霊魔法を使っているのかもね」


そうか、スッカリ忘れていたけどフィアリスが元の力の持ち主なら…彼女が…だけどコンタクトが取れる手段がない。精神世界に行くって言ったってどうしたら良いのかわからないし…そこで皆に、あの時起きた事を話してみた。


「フィアリス・マグナ…聞いたことねぇな。名前と言えば、いつだったか勇者様とその仲間の名前にちなんだ名づけが流行はやった事があったな」


「それってどんな?」


「いや…オレも詳しく聞かなかったが、ただ名前をそのまま取るんじゃなくて、一字もらうとか同じ文字数にするとかその程度だ。参考にならんだろ?」


書き手の数だけあるのだ、登場人物の名前もそれぞれだというし、カインの言う通り参考にはならないかな…その時ずっと考え込んでいたアオイが思いついたように両手を叩く。


「そうだ!フィアリスって言うのは聞いたことないけど、マグナという家名なら高名な魔法使いを輩出はいしゅつする一族で有名だった筈。確か住まいは王都にあったと思うんだけど…」


ならばそのマグナの家に行ってみればフィアリスの事が何かわかるかもしれない、そうなればきっと…確かに今の僕らではレイに到底及ばない、それにライルを始めかつてのアオイの仲間達だってレイに劣らない実力者だという、更にソウタまでいるのだ。打てる手は多くないが、じっと待っているよりは何かしていた方が気が紛れる。


「そうと決まれば、出発だな。だが日も傾いてきたし、明日にするか?」


「そうね、取り敢えずはゆっくり休みましょう」


僕たちはそれぞれの部屋へ戻る。そうだ、この本を持って行く訳にはいかないだろうか。でも誰かの忘れ物だったら…そう思って本を片手に受付まで下りてゆくと恰幅かっぷくの良い女性と目が合った。


「おや?どうしたんだい、お客さん」


「あの、この本ですが忘れ物などでなかったらゆずって頂きたくて」


本を手渡すと女性は中身をパラパラとめくり、そのまま僕へ返してくれた。


「勇者の御伽話じゃないか、アンタもいい年してそう言うのが好きなのかい?ま、見たところウチのじゃないし、持って行くと良い。忘れ物なんて取りに来るヤツもいないからね」


何だか悪いような気もしたが、逆に持って行って欲しいと言われ部屋へ戻ろうとすると、ちょうどエルザと鉢合わせた。


「どうしたの?」


「ねえ、マコトの部屋でお話してもいい?さっき行ったんだけどいなくて」


「ああ、本を頂いたんだ。これから戻るからおいでよ」


そうして部屋に戻ると僕はベットに腰掛け、何故かエルザも僕の横に座る。


「これじゃ話難にくくない?」


「ここがいい。ダメ?」


上目遣いで僕を見る目は、とても綺麗で違う意味で心臓の鼓動が早くなる。


「まあ…エルザがいいなら…」


しばらく無言になってしまった。エルザからの言葉は無く、僕も何と話しかけていいのかわからない。でも、この機会に彼女にあの時の事を謝っておこう。


「エルザ、前回の戦いでは本当にゴメンなさい。僕はもっと周りに気を配るべきだった、それをおこたったせいで君に酷い怪我を負わせてしまった。本当に申し訳ない」


「マコトは、いつもそうやって自分が悪いって言うんだね」


そうは言われても事実なのだから仕方がない。


「鎖があった時もそう、マコトを背負った時も、今も…私はマコトに謝ってほしいんじゃない。私は亜人、マコトとは違う、姉さまとも、カインとも違う、マコトは私に仲間と言ってくれたけど、いつもどこか遠慮してる。まるでいつかは置いていくみたいに傷つかないようにって…マコトは亜人が嫌い?」


「嫌いだなんて…思った事もない。でも…」


「でもじゃない!戦ってるんだよ?傷つかない筈がない!なんで?何で姉さまとはお互いに戦えて、カインには背中を預けて、どうして私はその中に入れてくれないの?亜人だから?弱いから?いつかは置いていくのならそんなに優しくしないで!優しく笑って頭をでないで…」



涙ながらに訴えるエルザに僕は何も言えなかった。差別をするつもりもない、エルザは大切な仲間だ。だが…僕は戦ってくれた彼女をねぎらった事があっただろうか、いつもミスをする僕は言われてみれば謝ってばかりだ。エルザに隷属の魔法が掛かったから?それが本人の意思じゃ…


違う!彼女は自ら僕を認めてくれた。それでも奴隷として扱うなんて出来なくて…それだって言い訳だ。結局僕は彼女に対してハッキリとした態度を示してこなかった。その結果がこれだ。



「ねえ。マコト…亜人の私はどうしたら仲間になれるの?貴方達と共に行けるならなんだって出来る」


エルザはそう言うと、着ている服を脱ぎだす。


「ちょ、エルザ。服を着て!何で脱ぐ必要があるんだ」


「私には何もない。マコトに置いて行かれたら、どうしていいかわからない。だからね?この体を使って?貴方の思うようにして、もう…それしか…思いつかないの」


そうか…だからいつもエルザは「もっと頼れ」「役に立つ」そう言っていたのか…本当に情けない。何が精霊魔法だ、何が純粋な想いの子だ、何が仲間になれた気がするだ、エルザを一番傷つけたのは戦いでもなく僕じゃないか…



今、僕が出来る事…何を彼女に言うべきか、謝る事じゃない。本当の仲間になるために僕は…脱ぎかけた服を着るように言い僕は話し出す。



「エルザ…君の言う通りだ。僕はいつも君に謝ってばかりで、君のいう事を何もわかってなかった。僕はどうやら、相当頭が悪いらしい。一緒に戦おうなんて言っておきながら結局は君の気持ちを何も理解していなかった。きっとこれからもそういう事は何度もあると思う…だから…」



エルザはうつむきながらも聞いてくれている。アオイにしろ彼女にしろ僕は本当に恵まれていると思う。こんなにも素敵な女性が話を聞いてくれているんだ。怒られて殴られて仲間を失う事だってあるのに、彼女は聞いてくれている。



「だから…その度に僕を怒ってくれないかな?そうでもして貰わないと、きっと僕はいつまでたっても気がつかないまま…なんだと思うから。エルザ…君に出会えて本当に良かった。君がいてくれて本当に良かった、これからもどうか、僕を助けて欲しい。僕には君が必要なんだ」



声を上げ泣きだすエルザの頭を撫でながら、僕はようやく自分に足りないものを見つける事が出来た。

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