第三十九話 勧誘
僕が目を覚ました次の日、アオイに支えられ食事を取っているが、腕や足が動く気配もなく指を動かすだけでも激痛が走る。昨日はカインがギルドマスターに連絡を入れてくれ、今日の午後には再度治癒の魔法をかけて貰える手筈となっていた。
「アオイ、ありがとう。これ以上は入らないよ」
「そう?少し食べる量が減ったわよね?無理してない?」
少しだけ過保護になったんじゃないかと思うくらい僕を心配してくれる。
「うん。体調は悪くないんだ…少しやってみたい事があるから悪いけどもう少し支えてくれる?」
「ええ。喜んで…もし、もしも貴方がこのままだったとしても私の気持ちは変わらないから…」
「ありがとう。でもね?それはないかな」
僕はそう言うと目を閉じて集中する…やはり精霊が感じられない。治癒魔法の効果が無いのはこの辺りが原因なんだろうな…たぶん。アリスさんの事を思い出し、もっと深く、僕の想いの源は何だと更に意識を僕の中に向けると誰かが語り掛けてくる。
-----覚悟ができたか?
もちろん
-----戻れないと知ってもか?
それは以前にも聞かれた、後悔はないよ
-----ならば何も言うまい。その光の玉を壊すといい、さすれば真の精霊魔法が使えるだろう
ありがとう…オリジン。そしてさようなら、向こうの世界の思い出。きっと僕はどこかで向こう世界の事を忘れたくなかった。その思い出にしがみ付いていたんだ、すこしでも記憶があるから魔法も中途半端になってしまう。その辺りはオリジンがわかっていたんだろうな。だから徐々に記憶がなくなるという恐怖を与え本当の覚悟を見極めていたんだろう。
掌に乗るくらいの小さいが大切な記憶。けれど、アオイ、エルザ、カインが傷つくことの方が遥かに怖い。だから僕も覚悟を決める。力いっぱい握ると光の玉は、あっけない程簡単に壊れサラサラと指の間を抜けていくと同時に、感じられなかった精霊たちを見つける事が出来た。
「…ト?マコト!」
その声に目を開けると、心配そうにこちらを見る仲間たちが目に入った。
「どうしたの?そんな顔して」
「どうしたの?じゃないわよ!やってみたい事があるからって目を閉じたら、そのまま動かないんだもん!声を掛けても反応が無いし、そりゃ心配もするわよ!」
そんなに深く集中してたのか?自分では数分程度だと思っていたら、すでに治癒魔法をかけてもらう時刻だった。
「あ…ごめん。でももう大丈夫だよ」
「なにが?」
「怪我、少し待ってね」
あっけにとられている皆とは正反対に僕は再度目を閉じると、精霊が感じられる…これなら…できる
「ふぅ…
やはり精霊魔法は使えるようで、直ぐに痛みは無くなり手足も自由に動かせるようになった。
「………今の…魔法?」
「うん。精霊魔法、戻ってきてくれたみたいだよ精霊が。もう大丈夫」
そう言ってベットから飛び降り、動き回って見せる。体のどこも痛くない。むしろ快調すぎるほどだ。
「オレは何度マコトに脅かせられりゃいいんだよ…そっか、よかったじゃねぇか!」
「マコト!良かったわね!もう…心配ないね?」
「カインもアオイもありがとう。それと…エルザ」
「私?どうしたの?」
今の僕ならきっとエルザの
「君にかかっている隷属の呪いを解こうかと思っているんだ」
「え?どうして?私は…もう…いらないの?」
「違うよ!そうじゃない!…君の自由を奪いたくないんだ。あんな事になってしまったのは本当に申し訳なく思っている、だから、エルザの自由に行く先を決めて欲しいんだ。勿論僕らと一緒に居てくれのは何より心強いし僕も嬉しい。でもね?それは君が決めるべき事なんだ、強要されちゃいけないんだよ」
涙ぐむエルザの頭を撫で、首の鎖に手を当てる。解呪…呪い…それを破壊する魔法…
「
パキンッ
甲高い音を立て鎖が外れる。エルザも僕も特段変わった様子もない…これで出来たのだろうか?
「どうだい?何か変わったところは…」
「特にはないかな…」
確かめる方法が何かあればいいんだけど…何か変な命令でも出してみるかとも考えたが、もし解呪が出来ていなかったらと思うと中々行動に移せない。だが、首の鎖が外れただけでも良しとする。不釣り合いな首の鎖に目が行きがちだけど、エルザって本当に綺麗だよな…
「ねえ、マコト。私はこれからどうすればいいの?もうみんなと一緒に居られないの?」
「それを決めるのはエルザ自身だ。さっきも言ったけど僕らは君がいてくれるのならとても嬉しいよ。でも君が白狼族の元に戻りたいと言うのなら…」
エルザは僕らといる事を選んでくれた。よくよく考えてみれば白狼族の中にあってもハーフという事で差別を受けてきたのだった。それを帰ってもいいなどと言われては不安になるのも頷ける話だ。どうも僕はこの手の話は本当に苦手だな。相手に選択肢を示しているようで、その実、答えなんて一個しかない…そうか、僕がアオイと初めて会った時と同じか…
何だかアオイと同じという事だけで少し笑ってしまう。似た者同士…なのかもしれない。
ギルドが用意してくれた聖職者は「珍しいものが見れた」とわざわざ来てもらったのに逆にお礼を言われてしまった。さて、これからどう言うべきか迷ってしまう。ライルに渡された物についてアオイに言うべきだろうか?言えば当然戦闘になりかねないし、助けてもらってお礼も言わないのは例え敵であっても失礼なんじゃないか…散々迷った挙句やはり伝えることにする。
「アオイ、これからいう事を落ち着いて聞いて欲しい」
「どうしたの?…マコトがそう言うんじゃ何かあるのね?わかった、ちゃんと聞くわ」
「約束だよ?僕とエルザを助けてくれたのは騎士団の人じゃなくて…ライル・バリモアという騎士だった。君の…
途端にアオイの目が開き、拳を強く握り怒りに耐えているのが痛い程わかる。
「大丈夫よ…続けて」
「彼は強くありたいのなら導いてやるって、この紙を渡してきた。そこに来いと…君に言うかどうかも任せるって」
「そう…随分余裕じゃないライル…ありがとう伝えてくれて、それでどうするの?」
「うん。やっぱり行こうと思う。君の
そうして全員でライルの示した場所であるヘンゼの街の裏手にある小高い丘へ向かう。時刻もまだ昼過ぎなので、いきなり戦闘という事は無いと思う。なぜなら街には人手も多いし、何よりアオイには申し訳ないが彼がそこまでの悪人とは思えないと言うのがあった。
彼がその気なら僕とエルザを見殺しにしてもいい筈なのに助ける理由が判らない。アオイに対しての
「皆、いつ戦闘になってもいいように準備だけして置いてね」
「おう!任せとけ」
「マコト?大丈夫?」
エルザが心配そうに僕を見ていた。そうだ、どんな理由があるにせよ余計な事は考える時間は無い。
「ゴメン。少し考え事をしていて…大丈夫。僕も覚悟は出来ている」
そうして丘に近づくにつれ、一本の大きな木の元に一人の鎧姿の人が待っているのが見える。
「そうか…全員で来るとはな。一人で来ると思っていたが…それはいい。久しいなエレノア」
「ええ…本当に…ね。ライル…」
赤いマントを
「早速だが、我々と共に来るといい。貴様らが強くなりたいと言うならそれが一番の方法だ。そして…エレノア、お前もだ」
「私を殺した張本人の一人が今度は仲間になれですって?随分と大物ぶっているじゃない」
「何とでも言うがいい。エレノアにその気が無いのは知っているさ。本当の目的は、そこの魔法使いだけなんでな。答えを聞こうか」
「貴方には助けて頂いた恩があります。そのお礼を言う為だけにここに来ました。ですが貴方達の仲間にはなれません」
ライルは大きく息をはくと、剣を僕らに向けてきた。
「貴様らは大きな勘違いをしている。オレが言ったのは共に来いという事だけだ。誰も仲間になれとは言っていない。貴様らが俺たちと同格だと?仲間だと?思い上がるな!人間風情が!」
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