第三十五話 成長

アオイたちと別れ部屋へ戻ると、何故かカインさんが浮足うきあし立っているのがわかる。何かを言いたそうにしているし顔は何だがにやけていて、少し気味が悪い。


「どうかしたんですか?さっきから何か言いたい事があるような顔してますよ?」


「お?そうか!聞いてくれよ。さっきエレノアが言っていたろ?ジャンカルロって」


ああ…この話をしたかったのか。


「そうですね。有名な武具職人さんだったとか」


「おま…有名どころじゃねぇよ。冒険者をやってりゃ必要なモンがある、わかるか?」


そんなモノ前後の会話でさっしが付くけど、期待しているような顔を見ると正解しなくてはならない。


「武具…でしょうか」


「そう!その中でもジャンカルロっていやぁ、そこらの素材からでも一級品を作りあげるって有名なんだよ。昇華鍛冶イル・スミスって二つ名を持つ超有名な職人だ。ま…そのぶん非常に高額だから手が出せねぇ代物しろものばかりなんだけどな」


そこまでの職人ならエルザの防具も頼みたいところだけど、アオイたちの話を聞く限り交渉は無理だろな…


「惜しいよな…今から行って…いやそれだとな…」


「カインさん、気持ちはわかりますが今動くのは得策じゃないと思いますよ?」


「わかってるよ、けどな…マコト、これから付き合え」


唐突とうとつだな…


「どこへですか?」


「酒場だよ、スッキリしねぇ時は飲むに限る!」


「僕は未成年ですよ?お付き合いはしますがお酒は飲めませんからね?」


同じ村の中だし、アオイたちには行く先を言わず僕らは酒場へ向かう。あれ?僕は…未成年だったっけ…




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「姉さま、さっきはごめんなさい。言いつけを守れなくて」


先程から何度目だろうか、エルザはしきりに昼間の事を謝罪する。気にしなくていいとは言ったが、きっと彼女の心には抜けない何かが残っているのだろう。


「わかった。ならエルザには人間について学んで貰うとするわ、その代わり私にもエルザの事をもっと教えてね?」


「はい。姉さま」


そうして私は彼女に人間の複雑怪奇ふくざつかいきな心情というのを説明しだす。私自身だって全てを理解している訳ではないし、ごく一般論を教えているだけだ。


「人間はいろいろ考えてるんだね、もっと素直に行動できればいいのに…」


「そうね。人は誰だって本心を打ち明けるのには時間が掛かるモノなのよ」


「姉さまも?」


「そう…私もよ。もっと早くに話していたら違った結果になったのかも知れないといつも思うわ」


もし、私がマコトに最初からすべてを話していたらどうなっていただろう、彼を向こうの世界に残して私だけが戻ってくる方法だってあったのかもしれない、彼に偉そうに説教をしながら実は私が一番卑怯者でもう一歩を踏み出せていないくせに…



「姉さま、姉さまはマコトと…夫婦なの?」


「ブッ…ゴホッゴホッ…どうしたの突然…」


いきなりとんでもない事を言いだすから、口に含んだ飲み物をいてしまった…


「姉さまがマコトを見る目が私やカインを見る目と違うから、人間は、つがいの事を夫婦というんでしょ?」


ここは何と切り返せばいいのだろう…正直に言ってしまえば優しいし、自分の弱さを受け入れてそれでも尚前へ進もうとする姿は賞賛しょうさんに値する。キスはしたけどその先はまだ…ってそんな事エルザに言えるはずないじゃない!


「難しいわね…確かにマコトには好意は持っているけど夫婦じゃないし…その一歩手前?というのかしら?」


「なら夫婦じゃないの?そっか…なら大丈夫だよね?」


「…何がかしら?」


「マコトに夫になってもらうの」


「ブーーーッ」


またしても盛大にいてしまった…


「エ…エルザ。貴女今いくつ?そんな簡単に夫婦って…」


「今は14だけど、夫婦になるのって簡単じゃないの?子孫を残すのは当たり前じゃないの?」


どうしよう…そんな事私にだってわかる事じゃない。恋愛経験だってそんなにある方じゃないし、それに…まだ…って違う!


「じゅ…14歳じゃ早いんじゃないの?そう言うのはもう少し成長してから…そ、それにお互いの気持ちだってあるでしょ?エルザだって好きでもない人と結婚したくないでしょ?」


「私はマコトの事好きだよ?マコトは私の事嫌い?」


そんな事言われたって…彼がエルザに嫌いなんて言うはずがない。でもそうしたら…ごめんなさい。エルザ、貴女にはひどいこと言うわ…


「いい?好きや嫌いだけじゃダメなの…ほら、年齢もそうだし…こう…女らしさって言うのも必要なのよ、む…胸の大きさとか…」


私だって大きい方じゃないけど、エルザよりはある…なんだか悲しい気持ちになってきたが、こんな事ならもっと社会勉強を向こうの世界でしておくべきだったか…


「むー。もっと大きく…成長…」


ぶつぶつと言いながら、エルザはあっという間に眠りに落ちて行った。


「つ…疲れた…下手なモンスターとの戦闘より疲れたわ…酒場にでも行こうかな…」


宿の隣は酒場と聞いていたし、少し気晴らしに行こうと一人部屋を出る。マコトを誘おうとも思ったが何だか今は一人になりたい気分だったので、そのまま酒場へ向かった。



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「おら!飲めよマコト」


「だから僕は飲みませんって、いい加減学んでください」


先程から、しつこい位にカインさんが誘ってくる。酒場の喧騒けんそうの中にあっても彼の声はよく響く。そう言えばクライブにも勧められて断ったっけ…なんだかすごく遠い過去のように思えてくる。並べられている料理は味付けもしっかりしていて、どこか懐かしく思えてくる。


そんな雰囲気を楽しんでいると、喧騒がさらに大きくなる。

「嬢ちゃん、一緒にどうだ?」

「こっちに来て一杯やろうぜ、驕るからよ」

「抜け駆けしてんじゃねぇよ!そんなオッサンよりこっちに来いよ」


まさかとは思い、振り返るとアオイが一人で来ており、こちらに気付くと手を上げ席に座る。


「おう!エレノア。お前も飲みに来たのか?嬢ちゃんはどうした?」


「さっきグッスリ眠ったわよ。少し疲れちゃってね。それで」


「大丈夫?疲れているなら眠った方が…」


「ありがとう。疲れたと言ってもね…」


エルザとアオイの間に起こった事を聞くと、顔が赤くなるのがわかる。カインさんはゲラゲラと大笑いしているしアオイも珍しく疲れている顔をしていた。しかし…いや…そう思ってくれてるのは嬉しいけど僕は…


「で?モテモテのマコト様はどういった結論を出すんだ?」


初めて酔っ払いというのはここまでわずらわしいものかと思った。


「結論なんて…エルザはまだ子供ですよ?それを気にしていても仕方ないでしょう」


「それだとエルザの気持ちに真っすぐに答えたことにならないわよ?子供だからと言ってはぐらかすのはどうかしら…」


「アオイ…君がそれを言う?いいですか?僕は…」


何かを言おうとしたが、それが何のか判らない。あれ?どうしたんだ、何か…が抜け落ちた気がする。


「どうしたの?マコト?」


今はそれを考えてもしょうがない。


「いや…何でもないんだ。とにかくエルザには隷属れいぞくの呪いを解除してから、気に入った人を探して貰えばいいんです。気持ちよりもそれが最優先です」


そうだ。僕は決めたじゃないか、例え偶然であろうと、エルザが気にしていないと言おうが、解除には一生をかけてでもつぐなうと。


「それもそうね、マコトには恋人もいるんだし…ね?」


「わっはっはっはっは!モテる男はつらいなマコトよ!良い酒のさかなになる話だった。楽しかったぜ」



その後も散々イジられ、僕はあまり良い気分ではなかったがアオイやカインさんが少しでも楽しんでくれたなら、それも悪くない。そうして宿へ戻りそれぞれの部屋で別れようとすると、アオイの部屋が開き中から銀髪の美女が出てきた。


「姉さま!また大きくなったよ!これなら大丈夫…ってマコト!良かった話があるの!」


まさか…エルザ?え?うそ?だって、さっきまでは子供の姿だったのに…今は僕よりも少し上のような…


「「「エルザ?」」」


彼女は満面の笑みを浮かべ僕に抱き着いてきた。…マズイ…いろいろと成長し過ぎじゃないか!


「マコト!私と夫婦になろう、そして子供を作ろう!」



ダメだ…もう頭がついて行かない…エルザの嬉しくも柔らかくも激しい抱擁ほうように僕は意識を手放した…


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