第三十四話 それぞれの休日②

アオイ・エルザside


宿の部屋に着くと、清潔感があってそれだけでホッとする。野宿が多いのは仕方がない事とはいえ少しでも清潔な場所で寝泊まりしたいとも思う。これでマコトと一緒ならば尚更良かったが、彼はそれをかたくなに否定した。お年頃なのだろう…


「エルザ、早速だけど防具を見に行きましょうか。いつまでもその恰好じゃぁねぇ…」


戦闘のたびにボロボロになる布切れじゃ、可愛い姿が台無しだ。今は私の外套がいとうを胸に巻き、マコトの外套を腰に巻くだけの姿だ。それに裸足はだしだし…


「でもいいの?姉さまに迷惑じゃない?私はこの姿でも大丈夫だよ?」


「貴女が良くても私は困るかな?それにマコトも…ね?」


彼の名前を言うとうなづいてくれた。このあたりは主従関係が影響しているのか、複雑な心境ではあるけどマコトの名前を出せばある程度は彼女の行動を制限できる。



「ま、予想はしてたけど…ね」


可愛らしい容姿に不釣り合いな鎖の姿は誰が見ても異様な光景だろう。道ゆく人は振り返り、商人らしき男にはゆずってくれと何度か頼まれた。これが大きな街じゃないのが幸いなのかもしれない。


「姉さま、私の格好は変なの?みんな見てるよ?」


「今の格好じゃそう見られるかもね。大丈夫よ、すぐに仕立ててもらうから」


こういう時に限って目当ての防具屋が見当たらない。聞いてみると村の外れにあるらしい…もっと入り口近くに店があればとも思うが、それを言っても仕方ない。


「随分と奥まったとこにあるのね…さ、行きましょう。エルザ」


やっと見つけた防具屋の戸を開けると、言葉は悪いが古臭い…胸当てや鎧などは一昔前のデザインだ。商品も決して良品という訳はなさそうで、至る所に埃が被っていた。いくらつなぎの装備とはいえこれではエルザに申し訳ない。


「…なんというか…独創的どくそうてきなお店ね。取り敢えずは動きやすそうなモノを見て行きましょうか。エルザも気になったものがあれば言ってね」


「はい。姉さま」


とは言ったモノの…小手や胸当て、どれも仕事が雑だ。この革鎧なんかはほつれているし、この盾は…ただの鉄板だ。これで良く商売をする気になったものだとある種、感心してしまう。


「…あら?珍しい、お客さん?」


店主であろうか、細身の女性が奥から出てきた。


「ええ、この子の防具を買いに来たのですが…」


続く言葉出てこない。粗悪品そあく以外はありますか?なんて聞けるはずもないし…


「それはそれは、置いてあるものではご満足いただけないでしょう?何せ粗悪品ばかりですから」


認めるのか…ならもう少しまともな商品を扱って欲しいものだ。


「姉さま、これはどう?」


エルザが持ってきたのは鉄製の鎧…ではあるんだけど、この薄さじゃほぼ役に立たなそうだし左右で対象ではないし…褒めるところが見つからない。


「そうね…貴女が気に入ったのなら良いんだけど…もう少し見てみましょうか」


「あなた方は冒険者の方?」


様子を見ていた店主が話しかけてくる。


「ええ…まあ…この子には軽装の鎧や胸当てが良いと思ったのですが、何かおススメは?」


「正直言えば店の商品はどれも粗悪品だから、お勧めできなわね」


見た感じ店主は本当に商品が粗悪品だと理解している様子だ。冒険者でなくともその位はわかるだろうし、だまして売ろうとする気もないみたいだ。


「失礼ですが、ならば何故防具屋を?」


「店の防具は全て主人が作っています。本人もそれが生き甲斐みたいなものでしたから、ですが…」


店主ではなく奥様だったのか。話を聞くと、ご主人の作る防具はこだわりが多く材料費を考えると、どうしても値段は高くなる。だが性能は一級品で王都や帝国からも防具を求めて来客があったという。


「それがどうして…」


「主人が作った防具を着た方が亡くなったそうです。それも王国貴族の方だったとか…そのせいでしょうかお店への嫌がらせなどが増え更には貴族様へのお見舞金などであっという間にこの有様です。本当は村の入り口に店を構えていたのですが、お金も無くなりこの空き家で防具屋紛まがいの事をしているのです」


「それに…」


どうやらそれだけではないようだ。奥様の話を聞く。


「主人は人間ではなく亜人なので、そう言った事も関係してくるのでしょう」


それで納得がいった。少なからず王国では人間と亜人の間に差別的なものは存在する。もちろん表立った事にはならないが、貴族と亜人ともなれば容易に想像はつく。


「奥様は、人間なのですよね?」


「ええ。ですが愛し合うのに種族は関係ないでしょう?いつの日か主人がもう一度防具を作れる日が来るまでこの場所を守るのが私の役目ですから」


「そうですね。とても素敵な事です」


よく見れば手の至る所に切り傷や火傷の跡が見て取れる。少なからずご主人の為にと防具を作っていたのか。だからいびつな形が多かったのか。それも知らずに…


「姉さま、これ…凄いよ?」


エルザが渡してきたのは、薄汚れた小手だ。だがこの店のどの商品とも違い精巧せいこうに作られているのがわかる。それに…小手の裏側に刻印こくいんが有った。これって…まさか



「奥様、ご主人様はもしかしてジャンカルロさんでは?」


「まあ、よくご存じで。確かに主人はジャンカルロ・ドリオです。私は妻のシビルと申します」


王国内でも有数の腕利きの職人の名前だ。知らないはずがない、ならば…


「シビルさん、ご主人様に合わせて頂く事は出来ませんか?」


「何だよ、騒々しい。ゆっくりと酒が飲めねぇじゃねぇか」


酒瓶を片手に出てきたのは、顔には深いしわが刻まれていてひげが豊かで両腕の筋肉が非常に発達している…ドワーフ?いや、それにしては身長が高すぎる。ドワーフはもっと身長が低いはずだけど…


「あ?何をじろじろ見ていやがる…その恰好かっこうは冒険者か?なら帰れ。冒険者に売るモンはなにもねぇよ」


「あなた、ごめんなさいね。せっかく来て頂いたのに。そのお嬢さんには悪いけど、道具屋にも服はあるから、そちらを見てきたら?」


取り敢えず今は引き下がろうかと、エルザに声を掛ける前に彼の目の前に立っていた。


「あんだよ!ってお前…その鎖…てめぇ!亜人になら何をしても良いって言うのか!そんなに人間様は偉いのかよ!言っとくが女だからって容赦ようしゃはしねぇぞ?」


胸倉をつかまれるが、こういう手合いには何を言っても聞かないのはわかりきっている。大人しく引き下がるしかない。


「姉さまから手を放せ!この意気地なしめ!」


エルザが割って入ってくる。


「あ?誰が意気地なしだコラ!生意気言ってると、てめぇも…」


「貴方の事情は聴いたけれど、その子にそれ以上酷いこと言ってみなさい…二度と鍛冶が出来なくしてあげるわ」


彼に向かって剣を抜いた。


「エルザ、貴方も言い過ぎよ。事情はそれぞれあるのだから、これ以上は無駄な言い争いになるわ、もう行きましょう」


エルザは頷くと、私も剣を収め二人に謝罪する。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。ですが、彼女は私の大切な妹です。侮辱ぶじょくは絶対に許さないわ。エルザ、貴女も言った言葉を訂正ていせいなさい」


「…嫌だ。この人は意気地なしだ!自分の つがい がこんなに頑張っているのに、なぜ何もしない!ここにある物は全部暖かい、全部にお前への気持ちが入っている。なんでそれが判らない!」


「うるせぇ!てめぇみてぇなガキに何がわかる!いいか?オレはドワーフと人間のハーフだ。それだけで、どれ程理不尽な思いをしたか、てめぇにわかるか!」


「わかる!私だって白狼族と人間のハーフだ!人間の父に売られてこの鎖を付けられた、でも!私は生きる事を諦めなかった、そうしたら姉さまに出会った。カインにあった、…マコトに会えた!だからここに居る!」


興奮しているエルザを引きりながら店を出る。こんなに感情を出すなんて初めてじゃないだろうか?


「姉さま、ごめんなさい。言いつけを守れなかった」


「良いのよ。それでいいの、自分の気持ちはしっかりと出さないと相手に伝わらないものね」


そう言ってエルザの頭を撫でると彼女もにっこりと笑ってくれる。防具を諦め道具屋にて布製の服を数点購入し、宿に戻ると丁度マコトたちと鉢合わせた。彼らの道具屋での出来事、私たちの防具屋での出来事を報告し合い、その日はそれで解散となった。

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