真実編

第三十一話 新たな仲間

白狼族のエルザを助けたのは良いが、彼女をこのまま放置しておくわけにも行かず、取り敢えずは次の街まで一緒に連れていく事にした。アオイもカインさんも連れていく事に否定的であったが僕が納得しない様子を見せると、仕方なく…と言った様子だった。


冷たいな…とも思ったが、僕らの置かれている現状を考えれば納得できない話ではないが、エルザの容姿から恐らくはまだ子供だ。それを裏ルートとも呼べる場所に放置するのは、やはり容認ようにん出来る事じゃない。



「エルザ…つらくないかい?もし疲れたら言うんだよ?」


「平気。マコトは心配しすぎ…でも…ありがとう」


…特に疲れている様子も見受けられないが、何で僕はこんなに気に掛けるんだろう…彼女が子供だから?僕が言い出したことだから?判らない事を気にして仕方ないか…。



そうして森を進んでいくと、小高い丘の上に出た。遠くには長く続く国境らしき壁が見える。日も傾いてきたので僕らはそこで休むことにした。火をおこし、携帯食料を食べながら今後について話し合う事にする。


「あの国境を越えれば王国領内だが、ヘンゼの街まではもう少しかかる。途中で補給もしたいとこだが…地図を見る限り補給をするにも、もう少しかかるな。ところで…エルザの嬢ちゃんは何処どこから来たんだ?家族は?」


カインさんの質問にエルザは答えようとしない。


「エルザ、別に貴女を今すぐどうこうしようって話じゃないの、一緒に旅をするなら少しはエルザの事を知って置いた方が良いから…わかる事だけでいいわ」


アオイの質問にも首を振り、答える気が無いというよりは…答えたくないのだろう。


「話したくないのなら、今はそれでいいけど…いつかは話してくれるとありがたいな、それよりカインさん、今のペースで進むとなると補給が出来る場所まではどのくらいかかりそうですか?」


「そうだな…あと3、4日ってとこか。それにしてもマコトよ、ずいぶんと嬢ちゃんには甘いんだな」


カインさんはにやけた様子で言った。


「マコトの趣味を少し疑っちゃうかな…趣向しゅこうは人それぞれだけど…」


今度はアオイが間髪かんぱつ入れずに僕をからかう。


「僕は!…その…なんていうか…放って置けないんですよ。エルザはまだ子供なんです、取り敢えずは自分から話してくれるまで待つべきなんじゃないかと…思っただけで…」


「ゴメン、冗談。マコトには向こうの世界に妹さんがいたんでしょ?だからじゃない?どこか重ねちゃってるとか?」


アオイにそう言われて初めて気が付いた。…僕は完全に忘れていた。今は思い出せたからいいが、いつかはそれすらも判らなくなるんだ。そう思うと急に怖くなる。


「マコト…どうした?何で泣く?私が答えないからアオイとカインに責められた?マコトが泣くのは嫌だ。大丈夫、話せる」


エルザに頭をでられ僕は涙を流している事に気が付いた。情けないな…自分で決めた事なのにいざとなると…


「ち、違うよ。カインさんもアオイも僕をからかっているだけだよ。エルザが気にする事じゃない。僕は大丈夫だから、心配しないで」


「私も平気。私は白狼族だけど、白狼族じゃない」


そう言ってエルザは自分事を話してくれた。


「本当の白狼族は、髪が銀色じゃなくて雪のように白い。私は混ざり者だから一族から追い出された。母は私を生んですぐに死んだ。父は私を連れ、ある村で暮らしていた。だけど生きるには人間族のルールがあって、オカネというのが必要だった。狩りも出来ない、住む場所も食べ物も全てにオカネが必要だった。そんな時、村に商人がやってきて私を買いたいと言った。…なんでもハカクのオカネを得た父は…私を売った…だから、私に家族はいない、帰る場所もない。マコトたちが私を置いていくと言うのなら…私は拒めない」


「つまりエルザの嬢ちゃんは…白狼族と人間のハーフってことか?」


「そう。だから混ざり者、混ざり者は一族に要らない存在」


ひどい話だ。…だけどきっと、この世界では珍しい話じゃないんだろうな。アオイやカインさんも言っていたし…それなら尚更なおさら…エルザを放っておくわけにはいかない。


「ありがとう…エルザ。辛い話なのに話してくれて、カインさん、エルザの首の鎖ですが外すことは出来ないんですか?これが無ければ彼女は…」


「オレも専門家じゃねぇからな…嬢ちゃんは…その…誰かと契約はしてねぇのか?」


「ケイ…ヤク?わからない。商人にこの鎖を付けられて馬車に乗せられて、どこかに連れて行かれる途中だった。そこへマコトたちが助けてくれた。ニンゲンはケイヤク?をしないとダメなの?ならする。マコトと一緒がいい」


「ならまだ隷属れいぞくは効果が出ていないんだろうな。だがもし、あるじが決まっていない状態で鎖を外しちまったら…最悪の場合…」


「どちらにしろ私たちが出来る事は、この子を安全な場所へ移動させること。それからの事はその時にしましょう。今はまず王国領内へ行くことを考えましょう」





翌朝、起きてみると不思議な事があった。昨日までは子供の姿であったエルザが一回り程大きくなっていた。亜人って…こんなに早く成長するものだろうか…


「アオイ、エルザの姿が大きなってない?一日であんなに成長するものなの?」


「ああ、亜人は特殊でね、成長は心のり方で決まるのよ。例えば強くなりたいと心から願えば体もそれに合わせて成長するし、その逆でいつまでも甘えた考えなら体は子供のまま。昨日話した事でエルザの中で何かが変わったのよ」


そうか、つらい話をさせてしまったと後悔もあったが、彼女の中で何かしらの変化があったのなら喜ぶべき事だろう。彼女のように僕も強くならないと…


「おはよう。エルザ、よく眠れた?」


「おはよう!マコト、見て。私少し大きくなれたよ。昨日話した後ずっと考えてたの。ニンゲンはケイヤクって言うのをするんでしょ?私も出来るかな?マコトとケイヤクできるかな?」



大きくなると口調まで変わるのは僕らと一緒なんだ…昨日までは一文区切いちぶんくぎりのように、たどたどしかったが今では非常にスムーズに聞こえる。僕と契約なんて訳の分からないことまで言ってくるし…


「お?ならマコトが嬢ちゃんのご主人様だな」


「バカ!カイン!貴方あなたそれを言ったら…」


「あ…やべ…」


「ご主人様?マコトが?私は…ああッ!」


突然エルザの胸が光り出し、不思議な紋章が浮かび上がる。紋章は毒々しい色を放ちながら一筋の光が僕の右手に届くと、何とも言えない不快な気持ちになると共に異常に熱くなった。


「熱っ…なんだ…これ…」


光が収まるとエルザの首ついていた鎖は僕の右手まで届き、一瞬の内に消えてしまった。右手を握っては開くを何度か繰り返してみるが、異常は見られない。しかし今のは一体…


「エルザ、大丈夫かい?どこか痛くは無いかい?」


項垂うなだれるエルザからは反応がない。体を揺すっても頬を軽く叩いてみても反応がなかった。


「アオイ、カインさん、エルザは一体どうなってしまったんですか?さっきの光と言い胸に浮かんだ紋章と言い一体何がどうなったんですか!」


カインさんは視線を逸らし、何か言いたげな表情をしている。


「カイン!言うべきことがあるでしょ!」


アオイに突かれ、真っすぐな表情で僕を見ると頭を下げた。


「すまない!軽い冗談のつもりだったんだが…まさか嬢ちゃんが受け入れちまうとは…」


「マコト…落ち着いてね?カインが言ったでしょ?マコトがご主人様って」


「う…うん…ってまさか!」


「そう。隷属れいぞくは主人を認めさせて契約が成立するの。だからエルザが思ってしまったのよ。人間には契約が必要で自分には主人がいない…さっきの言葉でマコトが主人と認めてしまって…隷属が発動したの…だから慎重に…」


そんな事が起きていいはずがない!何とかして解除しなくちゃ。アオイの言葉も聞かずエルザに向けて叫ぶ。


「何とかならないんですか⁉どう考えたっておかしいじゃないですか!エルザ!目を覚ましてくれ!」


僕が叫ぶと、右手に消えていた鎖が現れ、先程の光が今度はエルザの胸に向かっていった。光が吸収されると、エルザの体がビクッとふるえ彼女が目を覚ます。


「私は…あれ?マコト?どうしたの?アオイもカインも…なにかあったの?」



「…もう…まぁ今の言葉ならまだマシなのかしら。…発動しただけで効果が表れるのは主人が最初の命令を与えてからなのよ。だから慎重に言葉を選んでと…言おうとしたのだけど」



偶然とはいえ、エルザの自由を奪ってしまった罪悪感が消えない。精霊に頼んでみても隷属の呪いを解くことは出来なかった。エルザに全てを話すと彼女の返答は全くの予想外だった。


「そっか…でも別にいいよ。今の私はマコトのモノなんだよね?だったらマコトたちと一緒に居られるねよね?もう一人にならなくていいんだよね?カインは切っ掛けを与えてくれた。マコトをあるじと認めたのは私自身。アオイは厳しいことを言うけれど私の事を考えてくれているのがわかる…姉さまみたい。そして…マコト」


彼女は真っすぐに僕を見る。僕も彼女から目をそむけない。今からエルザが言う事はきっと大切な事だ。僕にはそれを聞かなくならない。


「貴方はとても優しい人。きっと今も私への後悔の念でいっぱいなんでしょ?判るよ。鎖で繋がっているんだもの。だからマコト…貴方にも判るはずだよ?私が本当にどう思っているのか」


認めたくはない。…けどわかる。エルザは後悔なんてしていない。本当にこれで良かったと心から思ってくれている。


「そう…だね。だけど、エルザ。君は君の意思を優先してほしいんだ。君は奴隷どれいなんかじゃない。僕たちの大切な仲間だ。僕が言いたいのはそれだけだ」


「うん。これからよろしくね、ご主人様!」


「だからその呼び方は止めてよ!」



こうして僕らの新たな仲間が加わった。そして僕の目的も新たになった。必ず彼女の呪い解く、一生をかけても。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る