第三十話 ある魔女の狂楽

初めて魔法を使ってモンスターを倒した時の感覚…あれが忘れられなかった。


生まれてすぐに魔法適正が判明し、王国内の学校を平民の出でありながら首席しゅせきで卒業したのは良いが、待っていたのは、くだらない派閥はばつ争いや権力闘争に追われる毎日だった。


そんな時、勇者という言葉を聞くと共に行けばモンスターを殺す大義名分が出来る。という結論に達するまでそう時間はかからなかった。



だが、ハッキリ言って期待外れもいいトコだった。勇者とは名ばかりの突き進む事しか知らない少女と頭の固い騎士、流されることしか知らない神官という御伽話おとぎばなしとは縁の遠い面々だった。だが、それでも一緒に行動したのはひとえに、魔王の存在だった。モンスターを殺す感覚を味わえ、いにしえの魔法である精霊魔法、人間では到底たどり着けない領域ではあるが、長い時を生きる魔王ならばその片鱗へんりんでも知っているのではないか?と考えたからだ。



青臭い理論も薄ら寒い正義論も、その為だけに我慢が出来た。





そして…ようやく…見つけた。




勝手知ったる魔王城を私の足音のみが響く、謁見えっけんの間には転移も出来るがこの音はいつ聞いても心地が良い。もう一つ浮かれていることがある、精霊魔法を使える異世界人と戦ったという彼の報告を聞けるからだ。


謁見の間を開けると、相も変わらず玉座の横に陣取る顔見知りにため息が出る。だが肝心の玉座には誰の姿もない。


「主様はいらっしゃらないの?」


「まだお姿が見えない。それよりも準備は出来ているのか?」


「当然。いつでも」


そうしていると再度扉が開き、一人の人物が歩いてくる。金色の髪、澄んだ青い瞳、凛々しい顔、私のすべての価値観を壊してくれたお方…ひざまずき、頭を下げる。


「やあ、二人とも、遅くなって悪かった。頭を上げてくれ」


そう言うと彼はマントをひるがえし玉座に座る。


「早速だけど、リノ。頼めるかな?」


おおせせのままに…あるじ様」


転移の魔法陣を展開し、一室に閉じ込めて置いた3人を呼び出す。


「さて、早速だけどソウタ、報告を聞こうか。フィア、アーシャは許可を出すまで発言は禁止だ」


「アイツは…全属性適性アトリビュートだった…精霊魔法を使えているのは…間違いない」


「ソウタ、それは既にリノから聞いている。僕は戦ってどうだったと聞いているんだ。無駄な時間を使うつもりはないよ?で、どうだった?」


相変わらず主様は容赦ようしゃがない。ソウタの顔色がみるみると青ざめて行くのがわかる、散々偉そうな態度を取っても所詮は先兵せんぺいだという事がまるでわかってない。


「戦いに関しては慣れていない、体さばきも素人同然だった。厄介なのは障壁だけだ」


「ソウタ、君には感謝している。君が持ち込んだ技術も君自身の戦闘力にも…だから君にはある程度ではあるけど優遇ゆうぐうもしてきた。地位、金銭、君が執着していた女性も…だ。だが君はそんな素人同然に負けたんだろ?フィアもアーシャも後衛だ、二人に責が無いと言っている訳じゃないが大部分は君にある、指揮官が責任を取るのは当然だろ?」


主様が剣を抜き、ソウタに切っ先を向けただけでソウタの右腕が斬り落とされた。


「グッグアアアアアア!オ…オレの腕が…」


「まあ、こんなものかな?フィア、治してあげてくれ。二度も素人に負けるなんて恥はさらさないでくれよ?それと伝言、彼らは王国領内に向かっているようだ。くれぐれも余計な真似はしないようにだって…報告は聞くけれどね。そうだ、リノ。成果は出ているかい?」


「はい。やはり魔法適正は母親からの遺伝が強いようです。多くの適正を持つ種族を掛け合わせてみましたが、結果は変わりません。となれば全属性適性アトリビュートというのは…」


「偶然に生まれてくるものじゃない、ましてや遺伝でもない。となれば偶発的な事象の元に現れると言っていいようだ。彼に兆候ちょうこうが表れたのは、いつだろうか」


「ソウタとの戦闘中です。ですが精霊を使用したのはそれよりも前です」


「そうか…すまない、リノ。僕も聞いておけば良かったが、そうなる前に死別してしまったからね」


主様はそう言って頭を下げてくれる。配下になんか礼を尽くさなくてもいいのに主様はそれを良しとしない。この辺りの感覚というのはやはり…


滅相めっそうもありません。私は研究と行き詰った時の息抜きの場があればそれだけで満足です。主様のお役に立つことが出来ない私をお許しください」


「いや、リノはよくやってくれているよ。それじゃ僕はこれで。後の事は…ソウタ、今回は君が出ることは許さない。ライル、頼めるね?」


「はっ。身命しんめいに変えましても」


「そこまで難しいことじゃない。君を見つければ襲い掛かってくるだろうが、あしらうだけでいい。これ以上あの人の機嫌を損ねるわけにはいかないからね、頼んだよ」


主様は右手を上げ、謁見の間を出て行く。転移の魔法で帰ってもいいが少しだけ堅物に声を掛ける。


「もし彼を捕らえる事が出来たら教えてね、興味があるから」


「フン、狂人きょうじんに渡すものか。一体どれだけの犠牲を払えば気が済むのだ」


「これも、お仕事よ。それに今更正義を語るの?とっくに手遅れなのに?」


「そうではない。必要のない犠牲は払うべきではないと言っているだけだ。少しでも生かし主様の為に働かせた方が何倍も有意義だ」


頭が固く考え方を変えようとはしない、私の嫌いなタイプ。今は数える程度しか会わないのだから、気にしても仕方ないか。下段でうめいているソウタを見るとフィアやアーシャに文句を言っている、コイツも嫌いなタイプだ。実力はあるんだろうが、誰彼構わず下に見るから油断も多い、唯一興味があるのはソウタは異世界の知識を持っているという事だけ。


もっと静かにできれば、話し相手にもなってやるのに…


「それじゃ、私も帰るわね。ライル、例の件よろしくね」


魔法陣の中へ入ると、研究所へ転移する。


「はぁー疲れた。主様に会うのは良いけど他の面子めんつには会いたくなかったわ…うーん何だかスッキリしないわね…ちょっと早いけど…」


研究室の一室を開けると、さまざまな人種が私を見つめる。その瞳に映るのは…絶望。


「今から向かいの戸を開けるから、思い思いに逃げなさい。但し…しばらくしたら追いかけて…殺すわ。さあ…行きなさい」


向かいの扉を開けると、やはり動こうとしない。何かの罠と思っているのだろう…その通りだけど。

だが逃げて貰わないと楽しくもない。


「逃げないのなら、今すぐに殺してあげる…」


震えている人物に向かって魔法を使うと、大きな爆発を起こし、周囲の者まで動け無くしてしまった…


「ほら、早く逃げなさい…もう一回見てみる?」


頭上に火球を作り出すと、大声をあげながら散り散りに逃げてゆく。飛行魔法を使い頭上から眺めていると、ようやく誰かが気付いたみたいだ。私はその人物の後ろに転移する。


「お疲れ様、貴方が最初に気付いたのよ?何かご褒美ほうびをあげましょうか、何がいいかしら?」


「村へ帰してくれ…」


「そうね、そうしましょうか。じゃぁ…」


魔法でその人物の右腕を吹き飛ばす。ゾクゾクとした感覚が背中を走る。いつ感じても良い…


「っぐ…な…なぜ…」


「村へ帰してあげるの。だってあなたの村は…もうこの世には無いのだから!」


わずかな希望が絶望に変わる瞬間、私は最高の快楽を得る。そうやって逃がした者たちを全て葬り、やっと落ち着きを取り戻せた。しかし、少し多すぎたかもしれない。


「ま、どうせ増やせるし気にしないで行きましょ」


お楽しみは最後に取っておくの、エレノア…貴女も必ず…もう一度あの表情を見てあげるから…


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