第二十九話 亜人の少女

つどえ!コンバージ!」


茂みを飛び出した僕は、3体のハイウルフ目掛けて風の魔法を放つ。つむじ風は徐々に大きくなり3体を一か所に集める。


「落ちろ!フレイムフォール!」


まとまった場所へ火球を落とす。大きな爆発の後に被害が飛散ひさんしないように風の魔法は最後にくと、どうやら片付いたようだ。あまり意識はしていないが、それでも狙った通りに魔法が発動してくれた、これも精霊たちのお陰だ、心の中で礼を言うと二人の様子を見る。


「おとっとっと…なんだこりゃ…威力が強すぎる…」


そうか、どれ程の強さで加護を付与ふよすればいいのか加減をしていなかったな…カインさんが槍を振るえば大地から鋭い隆起りゅうきが現れ、ゴブリンたちを貫いた。


「ちょっと…これは…戦闘じゃないわね」


アオイが剣を振れば、剣圧が巨大な炎となり、オークたちを焼き尽くしていた。


「「マコト!これじゃ戦闘にならないから、せめて加護は無しにして」」


二人は全く同じタイミングで言い放つ。


「ご…ごめん、初めてだったから…加減がわからなくて…」


自分で使うのと付与ふよするのでは、やはり勝手が違うようだ。もう少し勉強しないと…


「まぁ、普段できない体験をしたからそれは良しとするが、どんな状況であれ普段通りに戦う事が出来るっていうのも冒険者にとっては重要なんだ。頼むぞ、マコト」


「すみませんでした…」


「まあ、何事も失敗はあるから気にしなくていいわよ、というか失敗じゃないけどね。私たちの攻撃にここまでの加護を付与できるのは本当に凄いことだから、安心してね」


「オレだって別に怒ってる訳じゃ…」


そんなやり取りをしていると、馬車の荷台からガタンと音がする。馬車を引いていた馬や人なんかはおらずモンスターに驚いて逃げてしまったのだろうか。取り敢えず荷台を確認すると、四角いおりの中に一人の少女がとらわれていた。


少女はうつむき、苦しそうに肩で息をしている。首に着けられた華奢きゃしゃな体に似つかわしくない太い鎖が目に入る。薄汚れた服と言っていいのかさえ疑問な粗末そまつな布切れ、よく見れば足にも太い鎖がつながっている。そして何より、そんなみすぼらしい恰好かっこうであっても、一際ひときわ輝く長い銀色の髪の毛は日の光を通さないほろの中でもその存在感は圧倒的だ。


「っと…一瞬見入っちまった。おい!嬢ちゃん、大丈夫か?」


「取り敢えず牢を何とかしないと…鍵…が落ちてるはずないわよね」


荷台の中を探してみるが鍵は見つからなかった。それなら…


「ならカギを壊します。炎よ…頼む」


鍵穴から内部的に破壊が出来れば開くはずだ。精霊には出来る限り穏便おんびんにとお願いすると


パキンッ


と甲高い音を立て鍵が壊れた。


アオイが彼女を牢からだし、横たえると額に手を当てる。


「ひどい熱…一旦どこかで休みましょうか。この子をこのままにもしておけないし」


僕は頷くと、精霊に水場を訪ねる。少し歩くが行けない距離ではない。僕が先頭になって歩きカインさんが少女を背負う。アオイは荷台にあった使えそうな物資を頂いていた…。



程なくして小川の側に出た。少女を寝かしアオイは火を起こす。カインさんは幸いまだ日も高いのでと、川へ入り魚を捕るらしい。僕はまきを集めに森へ入った。戻ってくると武器で使うであろう槍で大漁だぞ、と笑顔で迎えてくれた。


「あの銀髪に首輪、恐らく白狼はくろうの亜人か」


「白狼?亜人?それって…」


「そういやマコトは異世界から来たんだったな。亜人ってのは姿形は人間と一緒だが尻尾があったり…言い方は悪いが、動物の一部を受け継いだ人種の事さ。白狼は銀色の毛皮を身にまとった狼の事で、この嬢ちゃんは白狼族の一人なんじゃないかと思った訳だ」


僕とカインさんは焚火たきびを背にしていた、その後ろではアオイが少女の汚れをぬぐっている。当然振り返るなんて事が出来るはずもなく、僕はさらに質問を続ける。


「あの首輪や足の鎖はなんですか?」


「…奴隷。恐らくは…だけどな。見た目の良さで言えばエルフ、あの嬢ちゃんみたいに希少きしょうな亜人は奴隷として良い値が付くそうだ。マコトも見たろ?隷属れいぞくの儀式を、あれほど大げさじゃないが所謂いわゆる呪いだな、それを受けたら主人の命には絶対服従、逆らえば死だ。帝国内では禁止されているんだが、そういう商売は富裕層に人気があるから、いつまでたっても無くならないクソみてぇな商売だ」


うやむやになってしまったが、エルフの里でもそのような事があったな…


「もういいわ。終わったから」


その言葉を聞き僕らは振り返ると、目を疑った。体のあちこちについていた汚れは綺麗にぬぐわれ、その肌は透き通るように白く、銀色の髪は風になびきキラキラと輝いて見える。薄汚れた布は取り払われ真っ白な布地によくえている。


「こりゃ…驚いた。エルフですらかすんじまうくらいじゃねぇか…なあマコト」


「ええ…本当に綺麗だ」


「二人とも鼻の下が伸びすぎ。でも…本当に綺麗な子よね」


許せない行為である事は十二分に理解しているが、この子の美しさを見れば納得してしまいそうになる。


「ま、詳しいことは嬢ちゃんが起きてからじゃないと判らないし、取り敢えず食うか」


カインさんの言葉で見惚みとれていた意識を取り戻し、食事を始める。


「そういや、マコトに言いたいことがあるんだった」


「何ですか急に」


「それだよ」


「何がですか?」


「その言い方だよ。オレたちは仲間だろ?そんな話し方じゃなくてエレノアに話すみたいに話せよ」


「ですが…」


カインさんの年齢を考えれば、僕よりもずっと上だ。いくら仲間と言えそれは失礼じゃないのかな?そう考えているとアオイが助け船を出してくれた。


「無駄よ。マコトは最初私にだってそうだったんだから。まあ向こうの世界では年長者にはその人に対する話し方って言うのがあるから我慢なさい」


「そんなもんかね…マコトがいた異世界って言うのは面倒くさいトコなんだろうな」


そうして少し話をしていると、少女が気が付いたようで起き上がる。


「…ここは…私は…あれ?」


「気が付いた?私たちは…冒険者よ。貴方が乗っていた馬車が襲われていたから助けに行ったんだけどあなた以外は見つからなかったの、少しでもいいの、何か覚えてない?」


「冒険者…ニンゲンか⁉」


少女が威嚇いかくを始めると、頭上に耳が現れ尻尾が大きく膨らみ低い位置で小刻みに震えてる。


「落ち着け。オレたちは敵じゃない。嬢ちゃんを助けてやったんだ、な?」


「近づくな!ニンゲンが私に何の用だ!何が目的だ!」


少女の警戒は止まらない、それはそうだろう。訳の分からない人間が近くにいればそうなるだろうし、どこかこの世界に来たばかりの僕と似たものを感じた。


「ゴメンね。ビックリしたよね?僕はマコト・オサベって言うんだけど君の名前を聞いてもいいかな?もし嫌なら食事でもどうかな?お腹空いてない?安心して、僕たちは君の敵じゃない。だから…どうかな?」



少女の大きくふくらんだ尻尾が徐々に小さくなっていった、少しは警戒を解いてくれたかもしれない。だけど、ここは焦っちゃダメだ。


「今から食事をもってそっちに行くよ?ほら、それ以外は持っていないから…いい?」


彼女の近くまでゆっくりと歩き、食事を差し出すと匂いをぎだし凄い速さで奪い、あっという間に完食してしまう。


「お腹、空いてたんだね?もっといる?はい、どうぞ」


更に一つ、もう一つ、カインさんが捕ってくれたくれた魚はあっという間に彼女の胃袋に収まった。


「…ありが…とう。白狼族は恩義には恩義で返す。私はエルザ、白狼族が一人…マコト、感謝する」


「どういたしまして、お礼なら僕だけじゃなくて、体を綺麗にしてくれたのはこちらのアオイ、食事はこっちのカインさんが準備してくれたんだ。二人にも…ね?」


「アオイ…カイン…感謝する」



ようやく警戒を解いてくれたエルザは、焚火に当たりだんを取っている。不思議そうにアオイとカインさんが小声で聞いてくる。


「おい、どうやってあの嬢ちゃんの警戒を解いたんだ?」


「何か秘訣でもあるの?それも精霊?」


「ち…違うよ。エルザの耳と尻尾が…向こうの世界で祖父が飼っていた犬みたいだったから…尻尾を小刻みに動かすのは警戒しているから、ゆっくりと焦らず近づいて行けって教えて貰ったから…」


まさかこんな事で向こうの知識が役に立つとは思わなかった。いつかは忘れてしまうのかもしれないけど少しでも記憶が残っていたことをオリジンに感謝しなくちゃ…


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