第二十六話 オリジン

痛みがない。ただただ寒い。何故だろう…アオイが泣いている…こんな感じで膝枕ひざまくらしてもらったのはいつ以来だっけ?ちょっと疲れたかな…少し…眠ろう…


……………………


………………


…………


……



誰かが…呼んでる…誰だっけ?…随分ずいぶんと…懐かしい…声がする…


「…てよ!…おき…よ!…お兄ちゃん!」


ゆっくりと目を開けると、何かを振りかぶったように両手を上にあげている…少女が目に入った。


「君は…誰だ?…フボッ!」


何か柔らかいものが上から勢いよく降ってきて変な声を上げる。


「寝ぼけてんの?珍しく寝坊するから起こしてあげたんよ?、早く降りて来てね」


「…?かえ…で?」


「何よ?ホント大丈夫?早く起きてよ、学校遅れるよ?」


あれ?ここは…僕の家?僕の部屋?いつ帰ってきたんだ?周りを見渡しても僕の部屋であることは間違いない。時間は…しまった!学校!


大急ぎで制服に着替え、リビングに行くと両親と妹が笑いながら僕を出迎えてくれた。


「珍しいよね?お兄ちゃんが寝坊するなんて」


「ホントにね?早くご飯食べて」


「夜遅くまで起きているから、こうなるんだ。時間の管理はキチンとしろあれほど…」


妹、母、父、とそれぞれが僕を気遣きづかってくれている。…そうだよ…これが普通じゃないか。悪い夢だったのかな?急ぎ朝食を取り学校へ向かう為玄関を出ると、そこに一人に女性が立っていた。



「君は…」


「おはよう。長部君。いつもより遅かったね?早く行かないと遅刻するよ?」


「いいなぁ。お兄ちゃんは彼女と登校だもんね。私も早く彼氏が欲しい」


「楓ちゃんは可愛いからきっとすぐ見つかるよ。何かあったら相談乗るからね?」


「葵さんって、綺麗でスタイルよくて勉強できて…お兄ちゃんより私の彼氏になってくれませんか?」


彼女?僕に?アオイって…どうなってるんだ?僕は…ここが…現実?今までのファンタジーの世界が夢?頭が割れそうに痛い。一体何がどうなっているんだ。


「お兄ちゃん?大丈夫?」


「長部君?どうしたの?大丈夫?」


その場にしゃがみ込むほどに頭痛がひどくなっていく。僕に声を掛ける二人の顔を見ると…黒く塗りつぶされたかのようになっており、不気味に口だけが動き、口内の赤が血のように見えた。



「うわああああ!」



再度目を開けると、そこは真っ白な空間で目の前には二つの窓があった。片方は先程までの僕がいた世界。もう片方は…血まみれの僕の体を抱き泣いているアオイが見えた。


「ここは一体…」


「ここは精霊界。時間や空間とも隔離かくりされた世界」


振り返ると、短い金髪の男性が立っている。顔つきは勇ましくもあり優しくもあり、白い布地をまとっている。


「貴方は?」


「我が名はオリジン。精霊の王にしてこの世界の創造主である。精霊に祝福されし子よ、其方そなたは死を迎えた。ゆえにこの世界で選択肢を与える。一方を選べ、其方は選んだ世界の住人となる」


「選ばなかった方は?」


「其方がいない世界として生き続ける。安心せよ、思い出すこともない。さあ選ぶがよい」


現実を選べばいつもの光景になり、ファンタジーの世界を選べばまた戦いの日々を送ることになるんだろう。それなら答えは決まっている。


「決心がつきましたか?」


今度はオリジンの姿が美しい女性へと変わっていった。声も少し高く髪も伸びており、服装は変わらないが体つきも女性そのものだ。


「精霊には性別がありません。見方を変えれば男性にも女性にもなります、さあ人の子よ、貴方はどちらを選ぶのですか?」



「…僕は、弱くて、意気地なしで、人にほこれるモノなんか何も持っていませんが…生まれて初めてです。負けたくないと思ったのは。僕の彼女は勇者で異世界人で…けれど今は僕が異世界人。生まれた世界が違ったっていい、彼女に対する想いだけは誰にも負けない…だから…僕の選ぶ扉は決まっています」



「成程、貴様の純粋なる想いに我が子らはかれて行ったのだろう。精霊は純粋な想いにこそ応える。いつからか人の子はその想いを忘れてしまった。ゆえに精霊が人の世界に姿を現さなくなってどのくらいの月日が流れただろう」



今度は男性の姿になった。そうか、戦う意志を示したので姿が変わったのか。



「さあ、人の子よ。行くがよい、そして我が力を貸し与えよう。どこまでも純粋で無垢むくなる想いの子よ。貴様の行く道に精霊の加護を授けよう…」


続く言葉は女性のモノへと変わる。


「さあ、行きなさい。精霊の力は想いの力、そしてあなたの力もまた想いによって成り立つと知りなさい。我らは世界にして個、個にして世界。我らが認めた精霊の神子みこよ」


言葉に後押しされるように僕は扉を開ける。確かに嫌なことが多かった、けれど受けた愛情は確かに感じている…父さん、母さん、楓…こんな僕を愛してくれてありがとう…迷惑をかけてごめんなさい。僕は…



一度だけ振り返るとオリジンは女性の姿でうなづいてくれた。僕の決断が間違っていないかのような安心感があった。扉の先は黒い道が真っすぐと伸びていてそれの沿って進むと、眩しい光に包まれた。





「う…嘘でしょ?どうして?なんで?私はマコトを利用して…助けてもらえる資格なんて無いのに…」


徐々に意識が戻ってくる。アオイが流した涙が僕の頬を伝う。痛みは無いようだし…大丈夫だ…戦える。


「障壁を破ったのは驚いたが、多少はマシな駒になるかと思ったが…仕方ねぇな」


「勝手に…決める…な…僕は…お前の駒になんてなるものか」


流した血が多すぎたのか若干フラフラするが、立ち上がれない程じゃない。


「てめぇ…この死にぞこないながぁ!」


ソウタの振り上げる剣の速度も見えている。信じろ!自分の力を、オリジンも言っていた僕の力は想いの力だと。この想いは誰にも負けない。


願うは強固な障壁、何ものにも砕けない強さ。足先で地面を叩く。


「頼むよ…シールド」


「懲りずに…今度こそ送ってやるよ!」



ガギーーン!



「もう…砕かせない。もう…負けない」


今回の障壁はソウタの攻撃を防ぐことが出来た。何度か剣を振るわれるが、それでも障壁は砕けない…


「マ…マコト…どうして?…どうやって…」


「ゴメン、僕も覚悟を決めたよ。詳しくはあとで話すよ…今は…僕が戦う!頼むよ…閃雷せんらい


アオイを抱え、カインさんのもとへ移動する。カインさんは僕を見ると涙と笑顔が入り混じった表情をしていた。



「何だよ!泣いて…損したじゃねぇかよ…大丈夫なのか?…痛くねぇのか?怖くねぇか?」


「はい。覚悟を決めました、アオイを…エレノアを頼みます」


再度二人の前に大きな障壁を張る。ソウタと対峙するが以前のような恐怖はない、彼は剣を持ち替えた、恐らくは儀式用の剣と戦闘用を持ち替えたのだろう。いくらオリジンにあったからと言ってもう一度攻撃を受ければ、今度こそ…


ただ剣を当てればいいだけのソウタと違って僕には殴ったり剣を振るったりは出来そうにもない。そして決定的に違うのは、殺す気で向かってくる彼と違って僕にはその気が無いこと。戦う覚悟は決めたが、殺すために戦う事はしたくない。



「随分と…余裕そうだな、オサベ。てめぇがどんな魔法を使ったかは知らねぇが、もう一度送り返してやるよ」


「僕だって負けるわけにはいかないんだ…頼むよ、シュート!」


てのひらかざし、火球を放つ。だが、ソウタに当たるだいぶ前に青い障壁によってはばまれる。水の魔法?そうか神王様もいるんだ。


「オレはキレイ好きでな、ゴミは全力で排除するぞ?フィア、火と風の守護をよこせアイツの属性はその二つだ。アーシャ、回復をおこたるな。フィアの隙を守ってろ」


アーシャさんも含めれば3対1…不思議と負けるという気持ちよりも…むしろ、不思議な高揚感こうようかんがある。僕ならできる。大丈夫だ…決して負けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る