第二十五話 絶望の中で

「カイン…さんですか?僕は…マコト・オサベと言います、失礼ですが貴方はなぜ此処ここに?」


カインと名乗った男性はこちらからの呼びかけには首を振るという仕草しかしてくれない。非常に気まずい空気が流れるが、今は耳が痛くなるくらいの静けさが安心できた。



脱出しようにも、魔法は反応せず精霊も応えてくれない。そういう場所なのだろうか…それにアオイも心配だ。元とはいえ仲間と戦うというのもそうだが、ソウタと戦うなんていくら彼女が強いからとはいえ無事で済むとは思えない…だからといって僕が出て行っても状況は変わらないだろう…



だけど、ソウタの下で駒として動くなんて言うのはできない相談だ。でもそれを断ればきっと…

命の惜しさに強い相手にへりくだるのだって生きて行くのであれば選択肢に入れてもいいのかもしれない。だがもし、無理難題…そう、人を殺せと言われたら?どう考えても無理だ、出来るはずがない。だが断れば結局僕が…


何を考えても、どうして良いのかなんてわかるはずがない。認めたくはないけど、ソウタの言う様にアオイの後ろについているだけだったんだと痛感する。そしてアオイに執着するようなソウタの言い方、きっと僕の知らない彼女をたくさん知っているんだろうな…


「そう言えばこっちの世界での名前は初めて聞いたな…エレノア…だっけ?」


そう言ったとたん、物言わぬ置物と化していた男性がカッと目を見開き、僕の両肩をつかんだ。


「エ…レノ…ア…今何と…言った…少年」


何と答えれば良いのか…経緯けいいを話しても仕方がないし…だんだんと肩を握る力が大きくなってくる。


「放してください!僕の大切な人がエレノアという名前だったと言ったんですよ」


「エレ…ノア…は、勇者で…死んだ…」


この人もアオイの知り合い?勇者ってアオイの事だよな…自分でも言っていたし。なら、牢屋こんなとこに幽閉されているのなら味方になってくれるかもしれない。だが、どうやって話す?転生や転移なんて話はきっとこの世界の人だって安易あんいに信じないだろうけど…



「あの…カインさん…でしたよね?とても信じられないような話かもしれませんが聞いてください。僕は…」


そうして僕はカインさんにこれまでの経緯を話した。異世界の事も隠さずに、うつろだったカインさんの目に話を進めるたびに光が戻ってくる。


「…と。そうして今に至ります」


「なぁ、少年。本当にエレノアは生きているんだな?」


「そこに関しては何とも…一度死んでしまったことは事実のようですから、生きているのかと聞かれれば何とも言えません。ですがこの世界の事はしっかりと覚えているみたいのなので…」


「まあでも、記憶はしっかりとあるんだろ?そうか…やっぱり…ありがとうな少年。そういや名前を聞いてなかったな。オレはカインってんだ」


最初に名乗ったはずなんだけど…言っても仕方ないか。


「マコト・オサベと言います」


「そっか。マコトか、何だか人と話すのが久しぶりなモンでよ。なら今度はオレの話を聞いてくれ」


次はカインさんの話を聞く。そうやって話を聞いていくうちにアオイの、いや、勇者という存在がどれだけ多く人に希望や勇気を与えていたのかがよく判った。


「マコトよ、お前はもう一度戦おうとは思わないのか?」


「それは…」



出来るのであればそうしたいとは思う。だがもう一度ソウタと対峙すればきっと委縮いしゅくしてしまうだろう。それだけ彼との差が開き過ぎていたのは理解が出来る。



「まあ…そうだろうな。自分よりも強いと判っている奴に立ち向かうなんてそうそう出来る事じゃない、オレにだってそういう時もあった。でもな、オレにはお前がうらやましいよ。オレがガキの頃から望んでいた場所にお前は立ってる。それだけの力がある、どうしてオレじゃないんだろうなって考えちまうよ」


「カインさんは…どうなんですか?自分よりも強いと判っている相手と戦えるんですか?」


「…さっきも言ったが、そういう時もあった。怖くて怖くて仕方なかった、何度も死を覚悟した。けどよオレを信じてくれた人がいたんだ、オレの憧れた勇者が言ったんだ。頼むって。なら…やるしかねぇじゃねぇか、勝ったのは偶然なのかもしれねぇけど、いいじゃねぇか、それで。偶然で何が悪い?」



言われてみればそうなのかもしれないけど、そう言えるのはきっとそれだけの強さを持っているからなんだ。


「お前は今、強いからそう言えるんだって思ってんだろ?」


「え?」


「そう顔に書いてあるんだよ。最初から強い奴なんていない、けどよ。最後に頼りになるのはやっぱ自分自身なんだ。諦めちまったらそこまでだが、あと一歩、もう一歩前へ出るヤツがきっと、お前の言う強い奴なんだろうぜ…ま、自分の言うのも可笑しいがオレにはそれが出来た、後はお前のここ次第だ」


そう言うとカインさんは僕の胸を叩く。自分の気持ちか…アオイにも言われたな。カミルさんもそう言っていた。けれど、もし、失敗したら?そう考えれば考えるほど、その一歩がとても困難に思えてくる。


「んー。なら、こう考えろ。マコト、お前は良いのか?惚れた相手に今のお前を見せられるのか?格好いいとこ見せてやれよ。どうせ負けるなら戦って負けろ。余裕こいて勝つよりみっともなく戦って負けろ。それが男ってモンだろ?男が戦う理由なんて今も昔も未来だって変わらねぇ…惚れた女の為に、だろ?」



「カインさんが、そうできたのは…勇者の為ですか?」



「そうだな、お前には複雑な感情かもしれねぇが。エレノアに、惚れてたんだろうなぁ。一緒に居たかった。一緒に戦いたかった。当時のオレは強いなんてお世辞にもいえねぇただの小僧だった、いつか勇者と一緒に…なんて夢を見ていた。…というかそれしか考えてなかったな…」


彼は照れ臭そうに笑う。…いつも僕はそうだ、他人ひとには僕の事はわからないとどこか諦めていた。だから積極的に関わろうとしなかった。でも…変わると決めたじゃないか、あらがうと決めたじゃないか。アオイの為に…


「良い顔つきになったな。クッソ、羨ましいぜ」


そんな会話が終わると、地下に響く足音が聞こえる。途端に心臓の鼓動がいきなり早くなった。そんな僕の表情を知ってかカインさんに痛いほど背中を叩かれた。


「気負うな。出来る事をやりゃいいんだ」


「おや?意識が戻ったのですか?あのまま壊れていれば良かったものを…」


「っへ。若いモンの説教はオレの十八番おはこだからな、お前もどうだ?アーシャ」


「必要ありません。お二人にも参加してして頂きましょうか、さらなる絶望を味わってもらいますよ?」


アーシャさんに連れられ、僕とカインさんは牢を出た。腕につけられた魔法具の影響か歩くことすら非常に辛い。


「呪いの類か、そんなにオレたちを警戒してんのか?ビビりな野郎だ」


「それは私の判断です、騒がれては厄介ですから」


そうして苦労しながら地下を出て、階段を上がっていく。礼拝堂らしき場所に設置してある像を動かすと魔法陣が現れる。その上に立つと一瞬で周囲の景色が変わる。そこには玉座のように装飾が施された椅子に座るソウタ、その横に控える神王…数段下に膝をつくアオイの姿が目に入った。


彼女の服装は装備類を一切外し、淡い青色のドレスを身に着けている。フラフラと近づくと見えない壁によって阻まれる。



「おうおう、観客も来たな。さて…始めようか。フィア」


「これに」


ソウタが受け取ったのは、装飾がほどこされた剣。気だるそうに段を降りアオイの一段上で剣をかかげる。



「我はここに神儀しんぎり行う!」


ソウタの言葉にカインさんが見えない壁を叩く。


「おい…ありゃ不味いぞ、アイツ従属じゅうぞくの儀式をやるつもりだ」


「従属?」


「言ってみりゃ、エレノアがあの男の文字通り一切の拒否を出来なくする言わば呪いだ。本来は王族が騎士に対して行う儀式だがその儀式だって簡略化されて、今は形だけのモンだ。止めねぇと…アイツの道具にされるんだよ!」


…じゃぁ…アオイが?ソウタと?そんな…やっと、やっと決心したのに…それだけは…嫌だ!



「アオイ!アオイ!聞こえてる?早くそこから離れてよ!そうじゃないと…」


進めないもどかしさから壁を叩いてみても、ビクともしない。向こうの声は届くのに僕の声は届かない。


「無駄だよ。オサベ、エレノアは自ら望んでこの場所にいる。自分の身よりお前の安全を取ったんだ。いいねぇ、泣けるじゃねぇか。だからそこで大人しく見てろ。自分の女が俺様のおもちゃになるところをよ!がははははっ」


悔しい、情けない、毎回毎回アオイに迷惑をかけて、カインさん、ロミナさん、カミルさん数々の人に叱咤激励しったげきれいされて、それでも理解してなくて自分の不甲斐なさを受け入れて…


何度叫んでも、何度拳を壁に打ち付けても、アオイはこちらを向いてくれない。それどころか儀式は順調に進んでしまう。


もう…嫌だ。世界が?ソウタが?違う!こんな弱い僕が、大切な人を守れない自分が一番嫌いだ!


…ならばどうする?


戦う!


…ならばどうする?


あらがう!


…ならばどうする?


信じる!


…ならばどうする?


僕の中の力を!



とどろけ…雷光」


あれだけ強固だった障壁を破り、アオイのもとに駆け寄る。もっと速く、ソウタが剣を振り下ろす。


「アオイ!」


僕は彼女の袖を掴み、力任せに引っ張ると彼女との位置が入れ替わる。



そして…



次の瞬間、僕の目の前は真っ赤に染まった…


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