第二十三話 圧倒
「バレバレですよ?アーシャさん。いきなり後ろからなんて
「お…お前…どうして?」
ゆっくりと振り返ればアーシャさんの右手には短剣が握られていた。どうして…と言われても
「この腕輪、感知系の魔法が込められているんですよ。それに…精霊ですかね?貴女が短剣を握ったところから教えてくれましたよ。危険だ、守れって。あとはアオイにも結界を張るように言われましたから」
不意打ちをする自信があったのだろうか、アーシャさんの顔は酷く歪んでいる。神王様に斬りかかったアオイのように…
「ふん、結界なんてこの魔法で…逆巻き燃え上がれ!ボルケーノ!」
足元から燃え上がる炎の熱すらも感じないのは、結界や防具の効果というよりは、周りにいる精霊のおかげだろう。僕は心の中で感謝しつつ次の行動に出る。炎を散らすのは風…
「ウインドグロウ」
確かに魔法は発動したが、炎を散らす程じゃなかった。イメージはしっかりしたし…
「無駄だ!この魔法は炎属性でも上位の魔法、そのような詠唱無しの魔法で防げるものか!」
アーシャさんの勝ち誇ったような声が聞こえるが、詠唱有と無しで、それほどまでに違うものだろうか。そういえば、精霊が力を貸してくれた時も詠唱をしたんだっけ…腰の短剣を抜き逆手に持つ。イメージをするため目を伏せると、以前と同じような声が聞こえる…少し高く子供ような声だ。
『やっと呼んだ』『火ばかり使うな』『さあ、行くぞ』
目を開けると、緑色の胞子が宙を舞っている。これが風の精霊?
「力を貸してくれ、ウインドグロウ」
はじめは小さなつむじ風程度だったが、その大きさはあっという間に竜巻クラスへと成長を遂げ、風は炎を散らし視界が開けるとアーシャンが入り口付近まで吹き飛んでいた…恐るべきは風の精霊…。頭の中では精霊が物騒なことを言っているが、僕の目的はそうじゃない。
「すみませんが、少しその中にいてくださいね…シールド…6重層」
アーシャさんの周りに6層に及ぶ結界を重ね掛けし、動きを止める。ある程度なら結界からは出られないだろうから、アオイたちの方向に目を向けると、すでにそこには存在せず、どうやら外へと移動したようだった。
「外に出ても邪魔になるだろうし…ここで待っていようか…」
「そうだな、それがいい。お前に聞きたいこともあるしな」
突然背後からの声に慌てて距離を取ると、男性が立っていた。何より驚いたのが僕と同じ黒い髪…まさかこの人が?
「お?気が付いたか?この世界じゃ黒髪は珍しいもんな。オレは夜久颯太。こっち風で言うならソウタ・ヤク。で?お前の名前は?聞いてもいいだろ?」
ソウタと名乗った男性の年齢は…20代?30代?僕よりは上なんだと思うが、腰に差している剣や動きやすそうな鎧なんかは僕と似たようなものを付けている。
「長部誠です。貴方は…繋ぐ
「夜久と名乗ったろ?それが答えだ。今回の繋ぐ
「エレノア?誰ですか?その方は」
「ん?ああ、そうか、悪かった。エレノアって言うのはこっちの世界で勇者と呼ばれた少女だよ。お前と一緒にこの世界に来たんだろ?」
アオイの…この世界での彼女の名前…なら…
「今は下にいるみたいですけど、貴方も彼女と旅をしたんですか?」
「答えになってねぇ。オレはエレノアとの関係を聞いてんだよ。仲間か?恋人か?夫婦か?」
改めて他人に関係を聞かれると、戸惑ってしまう。それがわかるのか、ソウタは豪快に笑いだした。
「はっはっはっはっは!そうかそうか、
そう言うとソウタは腰の剣を抜く。少し体が沈んだかと思うと一気に距離を詰めてきた。
「…!シールド!」
とっさに防いだが、障壁を切り裂かれ僕は大きく吹き飛ばされた。壁に背中を強く打ち付け、呼吸がうまくできない。
「ゲホッゴホッ…いって…何をするんだ!」
「反応が遅ぇ、障壁も
ソウタの魔法が来る!こっちも応戦だ。短剣を持ちイメージをする。
「力を貸して…」
「だから遅ぇって、オサベ君よぉ!」
魔法を打つ前にいつの間にか距離を詰められ、ソウタが剣を振るったかと思うと胸のあたりが一気に熱くなる…
「ぐあああああ!はぁ、はぁ、はぁ…い…痛い…斬られた?」
「痛みにも慣れてねぇのか。大げさなんだよ、おい!アーシャ、いつまでも
あの時のアオイと同じで剣圧を飛ばすと、甲高い音と共に6層の結界はあっさりと破られる。
「しかし…その男は…」
「オレの命令が聞けねぇと?お前の崇拝する
「承知しました。直ぐに」
アーシャさんの魔法で痛みは引いたみたいだが、まだ斬られた感触や与えられた恐怖は残っている。ソウタを睨み返すが、目が合えば勝手に逸らしてしまう。心の何処では彼に勝てないと思い込んでしまっている。
「…オサベ君よぉ、今オレには勝てないって思ってるだろ?殺意を向けられたのは初めてだろ?ま、この世界はこういう世界だ。強くなれなきゃ生きて行けねぇ、でもよ、お前にも出来る事があるんだぜ?」
ソウタは僕に剣の切っ先を向け、更に目の前まで近づける。今まで味わったことのない恐怖、自分が強いと感じてきたモノがあっさりと崩れ落ちる瞬間だった。
「声も出ねぇか。エレノアが見込んだと聞いていたが、見込み違い過ぎるだろ…」
しゃがみこんでいる僕に視線を合わせるが、僕はまた視線をそらしてしまう。彼の目を真っすぐに見る事が出来ない。そんな態度が気に入らなかったのか、僕の髪を掴み強引に目を合わさせる。
「いいからこっち向け。お前に出来る事を教えてやる。エレノアと縁を切れ、そしてオレの駒として働け、それが出来ないっていうんなら…ここで死ね…少しくらい考えさせてやる。おいアーシャ。こいつを閉じ込めとけ、って言っても
ダメだ。何も思いつかない、とにかくソウタと離れたい一心でアーシャさんに連れられ、地下牢へと追いやられた。意外にもイメージとは大きくかけ離れていて、寝台などはしっかりとしたものだった。
「あの方が言わなければ、今すぐに殺したものを…まぁいいでしょう。少しここで考えを改めなさい。私としてはあの方への協力を拒んでもらって殺されることを切に願いますよ」
施錠され、足音が遠ざかると僕は漸く腰を下ろすことが出来た。悔しくて、情けなくて、でもどこか安心してしまった自分がどうしようもなく大嫌いで、涙が止まらなかった。
「僕は…どうして…こうも…情けないんだ」
「…だ…れか…なか…ま…?」
か細い声に振り返ると、どうやら僕の他にも閉じ込められた人がいるみたいだった。暗闇に目が慣れてくると、長い間閉じ込められていたのだろう、髪や髭が伸び放題であったが来ている服装には見覚えがあった。確かギルドへ連れて行かれた時に、マスターと紹介された人物が着ていたのと非常に似ていた。
「失礼ですが…貴方は…」
しばらくの沈黙の後もう一度聞こうと息を吸った時、微かながらに声が聞こえた。
「カ…イン…シェイ…ズ…」
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