第二十二話 古き友

僕が安易あんいな受け答えをしたせいで彼女と共にギルドの一室に軟禁なんきんされてしまった。幸い独房や牢屋と違い寝具や洗面所なども完備されていて、このような状況でなければ快適ともいえる環境だと思った。彼女と向かい合わせに座るとなんだか疲れがドッと押し寄せてくる。


彼女は気にする必要は無いと言ってくれたが、僕が原因なのは誰が見たってそうなんだろう。


「いつまでも落ち込んでないの、今の現状が変えられないのなら、これからを考えましょう?」


「う…うん。でもさ、精霊魔法ってそんなに重要な事なの?失われた魔法と聞いているけど、本当にそうなの?使っている人を見ていないだけ…じゃないのかな?」


よくよく考えればおかしな話だ。仮に本当に失われた魔法だったとしても、こんな軟禁や別の場所へと移送なんてするだろうか?より詳細な内容を聞くため?だったら脅迫きょうはくまがいな事をされたら余計に話したくはない。


「少なくても私がこの世界で生きていた頃では、確認されなかったよ。この世界での勢力については覚えている?」


「そりゃ…まぁ…世界の大半を魔王が支配していて、この大陸の4つの国が協力して魔王と対峙しているんだよね?」


「そう。精霊魔法は使い方一つで、その勢力関係を大きく変える事が出来るの。この世界にかつていた勇者ですら使えなかった精霊魔法。だからマコトは世界で見ても非常に貴重な人材なの。他の国にも渡したくない程にね」


勇者…アオイの言葉から何となく想像していたことが現実味を帯びてきた。かつていたのであれば今はいない。エルフの里で見た彼女に似た肖像画、この世界でも上位の強さを持つ人物…


「アオイでも使えなかったの?…勇者なんでしょ?」


彼女の瞳が一瞬大きくなり、何かをあきらめたかのように、ゆっくりと閉じられる。


「凄いわね…いつかは話さないと、って思っていたけど…いつから気付いていたの?」


「自信があったわけじゃないけど、最初はエルフの里で見た肖像画かな?髪の色は違ったけどアオイに似ていたし、かつていた。ってことは今はいないんでしょ?そう考えたら…そうとしか思えなくて」


「そんな前から…そうね、マコトの言う通り。私はかつてこの世界で勇者と呼ばれていたわ。自覚があったわけじゃない。仲間と一緒に戦っていくうちに、いつの間にかそう呼ばれていた。だからかな?強さに自惚れて何でもできるって思ってた、世界を救う事だって私なら出来るって思ってた…でもね…できなかった…」


きっとその辺りがアオイの、この世界での死因や目的なんかにつながっていくだろう。アオイとかつての仲間達ですら手が届かなった相手…それが魔王…。



「マコトは、私が何で死んだのか…知りたい?私の目的でもあるんだけど…」


「魔王…を倒して、世界を救う事?」


彼女は立ち上がり、ゆっくりと首を振る。


「私はね…殺されたのよ。…かつての仲間達に」


声が出なかった。理解が追い付かない、勇者が仲間たちによって?なぜ?ただアオイの目からは悲壮感ひそうかんが感じられない。強い意志を持った瞳がそこにはあった。両肩を押されベットに仰向けに倒れると彼女がおおいかぶさってくる…僕の横に顔を近づけると、ゆっくりとした口調でハッキリと言った。



「私は復讐するために、この世界に返ってきたのよ…」



アオイはゆっくりと僕から離れると「おやすみ」とだけ言い隣のベットに潜り込んだ。僕は何も言えずただ天井を見つめる事しか出来ず、いつの間にか眠りに落ちていった。



翌日、ギルド員の人に起こされ身支度を整えると、回収された武具を返却され、それらを身に着ける。ギルドホールを抜けると、強靭きょうじんな足を持つ4匹の馬に繋がれた白と青の装飾が入った馬車に乗せられた。中は2人が向き合う形になっており、僕とアオイ、反対側には黒いコートに白い紋章が入った服を着たギルドマスター補佐のアーシャさんが同席していた。



「これから、城壁都市の近郊にある聖神王庁せいしんおうちょうへ向かいます。そこには世界中の教会を束ねる神王様が、おわしますので拝謁はいえつして頂きます」


アーシャさんの言葉もうまく入ってこない。僕はずっと昨夜の事ばかりを考えていた。アオイの目的は復讐すること…きっとそれは魔王じゃなくて、かつての仲間にって事なんだろう。それを知って僕はどう彼女と接すればいいのだろう…今朝から彼女とは話せていない。距離は近いはずなのに…


「…すか?…トさん?…マコトさん!」


「え?ああ…なんでしょうか?」


「聞いていましたか?拝謁した後は精霊魔法を実際に見せて頂きたいと言ったのですが…」


僕は頷くと、また無言のまま馬車は進んでいく。馬車は特殊な素材で出来ているようで、馬車とはいえ中に入れば揺れなどはさほど気ならない。また馬車引いている馬に関しても特別でモンスターを寄せ付けないらしい。


途中で小休止を挟み、日が落ちる頃には聖神王庁へ到着した。高位の人に会うのだから昼間になると思いきや、どうやらすぐに会ってくれるらしい。迷惑になるのでは?と断りを入れると神王様という人は、そういった慣例かんれいをあまり気にしない大らかな人らしい。



見上げれば首が痛くなる程の大きな神殿の中に入ると、暗い外とは大きく異なり、昼間のように明るい。白で統一された壁に光が反射し眩しいくらいだ。階段を上がり回廊を進むと等間隔で絵がかけられている。


僕が見入ってしまい、ついて来ないのを確認したアーシャさんが説明してくれた。


「それは世界創生の物語を表した絵画ですよ。さあ、神王様がお待ちです」


アーシャさんの後をついていこうとすると


「変わらない…おめでたい頭ね」


アオイの呟きが聞こえた。


「え?どういう事?」


「なんでもないわ。さ、行きましょうか」


アオイの表情は以前と変わらない…だけど何かが違うように感じる。アーシャさんの後をついていくと、ひときわ大きな扉の前で立ち止まった。


「こちらに神王様がいらっしゃいます。寛大な方ですが、くれぐれも粗相そそうのないように…」


扉は音もなく開くと、アーシャさんが道を譲ってくれる。先に行けという事だろうか…


「マコト、自分の周りを結界で覆いなさい。何があっても決して解いてはダメよ。強く何事にも動じないそんなイメージで。ゴメンね…何も話せないで…最後に…これだけは信じて欲しいの」


「最後って…止めてよ、僕はまだ…」


「ゴメンね…もう…抑えら…れないの…貴方は強い。きっとこの世界のだれよりも。だからね?自分を信じなさい」


そうれだけ言うと、アオイの表情がみるみると変わっていく…怨み、憎悪、そういった負の感情を前面に押し出すと、あっという間に神王様に斬りかかる。


「フィーーーーーアーーーーー!!」


キーーーン!


甲高い音が鳴り響き、アオイと神王様が鍔迫つばぜり合いをしていた。まさかあの神王様がアオイを殺した勇者パーティーの一人?


「ご無沙汰ですね。エレノア、いえ今はアオイ・カミサカでしたっけ?」


「どっちでもいい!お前を殺すために帰ってきたんだ!今ここで殺してやる!ライルも!リノも!全てだ!」


この世界でも上位の力を持つ彼女と互角に戦える神王様もかなりの強さなのだろう。アオイの繰り出す攻撃をあの細い錫杖しゃくじょうのようなもので軽々と受け止めていた。


「今回はあちらの御仁ごじんが繋ぐリンカーですか?なんともまぁ…頼りない方ですね」


「お前が!マコトを語るな!」


今回?じゃあやっぱり僕の他にも繋ぐリンカーはいるんだ。それなら…アオイの死にも関係しているのだろうか?アオイと神王様の戦いはさらに苛烈かれつになっていく。アオイの魔法を弾き、攻撃も受けきる。アオイも神王様の攻撃をかわし、その少ない隙を狙っているように見えた。


………おかしい。やはり僕はどこか冷静にこの戦いを見守っている。驚きで声が出ないのではない…しっかりと目で追っていける。そして、僕の背後にも迫る危機を感じる事が出来た。


「無駄ですよ?アーシャさん。あなたに僕は倒せない」

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