第十九話 交易都市

「見えてきましたよ、交易都市が」


前方に見えてきた都市は、端すらかすんでしまう程の大きさだった。検閲けんえつ所を通過し馬車を脇に止めて僕らの依頼は達成出来た。依頼料の銀貨を頂きダリオさんと別れる。


「これからどうするの?冒険者の登録だっけ?」


「それでもいいけど、先に宿を押さえましょうか。宿屋は多くあるけど日が落ちてくると清潔な宿は空いてないから」


大通りは露天や多くの人で賑わっていた。先日訪れた町よりも多くの人が行き交い、あちこちで値段の交渉や呼び込みが頻繁ひんぱんに行われている。余り気にしていなかったが、こうして周りと比べると確かに黒い髪は余り見かけない。


「なるべく昼間の行動を心がけてね、夜は別の顔があるから」


「別の顔って?」


「歓楽街、覚えてると思うけどこの世界の成人は16歳だからね?そういうお店もあるって事」


僕には縁のない場所だろうけど、しっかり覚えておこう。彼女の案内でギルドなどの施設にほど近い宿屋へ着いた。


「この宿は比較的安いし食事も美味しいから、ここで良い?」


「うん。僕はわからないからアオイに任せるよ」


中へ入るとホールは広く複数人が座れる席が多く配置されており、その奥には受付と思われるカウンターに恰幅の良い女性が立っている。


「あら、いらっしゃい。食事?それとも部屋?」


「銀貨30枚で食事と宿泊が出来るだけ、勿論もちろん前払いで」


「部屋はどうする?二部屋?それとも…」


「二部屋で」「一部屋で良いわ」


僕らは同時に答える。そう言えば前の街でも同じようなことがあったな…


「あんたらはまだ新米だろ?前払いが出来るって言うなら二部屋なら8日、一部屋なら12日だよ」


「少しでも長く滞在するなら一部屋が効率的じゃない?」


「冒険者として登録するんだろ?報酬も合わせれば二部屋だって…」


「登録したてなら稼いで銅貨10枚がやっと、夕飯代くらいにしかならないわ」


やはり物の価値がわからないと、どう足掻あがいても彼女の意見が採用される。不満そうな僕を余所に手続きを始める。これで毎日があの朝のようなら僕の精神が崩壊する。満足げな彼女の後に付いていき部屋に入ると、早速意見を言う。


「一部屋なのは、納得するけど…以前のような冗談は止めてよ?」


「わかった。そこは約束するわ、早速だけどギルドに言って登録しましょう。出来れば何か仕事があればいいのけど」


ギルドへは歩いてそこまで遠くない、途中に換金を専門に扱っているお店もある。特に目立つのは剣なら剣のみと専門的に扱うお店が多く価格も性能も帝国内でも一、二を争う程だという。また武具の修理を行うお店もあるが修理を依頼するには専門的な素材も必要とのことだった。


ギルドは赤いレンガの3階建ての建物で、剣をくわえた動物がマークの特徴的なものだ。ホールは宿屋よりも広く中央の通路を挟むように左側には円形のテーブルのみが複数置かれ、冒険者たちが何かを話し合っている。また右側では、大きな掲示板に所狭ところせましと張り紙が出され、それを見ている冒険者もいた。



通路を進むと突き当りに長いカウンターが置かれていて、等間隔とうかんかくに空いた受付にはそれぞれ人が座っている。彼女は迷わず中央の受付に向かう…僕なら邪魔にならないようにはじっこに行くんだけど…


「冒険者ギルド レスト へようこそ。あまり見ない顔ですね?登録ですか?」


「そうね。登録をお願いしたいの私と彼の二人で」


「登録料はお二人で銀貨10枚です…確かに。ではこちらに必要事項を書いてお待ちください」


何だか事務的な対応なんだなと思った。聞いた限りじゃギルドは準公的機関という事だから、そうなるのも仕方ないのかな?書類を書いている彼女を覗き込む。


「必要事項って何があるの?」


「名前、年齢、職業くらいかしら、出身地を書く欄もあるけど本当の事を書く人いないでしょうから」


「職業って?学生とか?」


「マコト…この世界で学生なんて職業は無いの、あるとしても上流階級の貴族くらいよ。職業は得意武器を書けばいいの。ちなみに私は剣士、マコトは魔法使いって事にしてあるから」


その後事務員の人から証明書として、魔法石で出来たペンダントを貰った。達成した依頼の量、難易度なんかを記録できるモノでその情報を記録すると一定の量で色が変わるようだ。下から順に 白、緑、青、赤、金、虹と6段階の順位があり、金以上の冒険者はまれらしい。情報は所属ギルドでしか入力できないらしく少し面倒に思える。


「だから冒険者は基本ホームで活動するのよ」


と、彼女からの補足があれば納得できる話でもある。何処かで見たような気もするがそんな筈もないと首にかけて、折角だからと依頼を探す彼女を空いているテーブルで待っていると、同じ年位の二人組が近寄ってくる。


「なあ、お前さっき冒険者登録してたよな?良かったらオレらと組まないか?」


マズいな…どうやって話すんだっけ?いつでも彼女のお膳立てがあったからこそ話せてはいるが初対面だと…なんと言ってわからない。


「クライブ、馴れ馴れしいわよ、困っているじゃない。ごめんなさい、私達も冒険者に登録したばかりなの。私はラシャール・フローチ、彼はクライブ・リドリーよ。依頼を受けたのは良いんだけど、慣れないから仲間を探しているんだけど、初心者と一緒に依頼を受けてくれる人が見つからなくて困っていた所にあなた達を見かけたから声をかけたんだけれど」


そういう事か。と言っても僕一人で決められる事じゃないし、そんな事考えているより自己紹介だっけ…緊張するな。


「いえ。少しビックリしただけですから。僕はオサ…じゃなくてマコト・オサベと言います。僕にも連れがいますので直ぐに答えられなくてすみません」


「マコト?変な名前だな。まあいいや。で?どうする?というか…お前職業は?見たところ武器もないし、戦士じゃないよな?触媒しょくばいもないから魔法使いでもない。神官…にしては服がな…」



え?魔法って触媒が無いと使えないの?…ああ、だからラシャールという彼女は杖を持っているのか。クライブは背中に剣を背負っているから戦士なのは理解ができる。どうしようか…なんと答えれば…



「彼の触媒は腰につけてる短剣よ、だから彼は魔法使い。それで?あなた達は?」


依頼を見に行っていたアオイが戻ってフォローを入れてくれて本当に助かった。僕はクライブらを紹介して経緯けいいを話しアオイは彼らの持っている依頼書を確認し出す。


「ゴブリンの群れを討伐…ね、確かにこの群れの数だと彼らじゃキツいかもね。私はいいけどマコトは?」


「僕も問題ないよ。いつ出る?」


「お!話がわかるヤツだな。アオイだっけか?よろしくな!同じ戦士同士仲良くしようぜ」


そこは男同士じゃないのか…まあ良いんだけど。明日出発する事が決まり一旦別れようとするとクライブからの提案で親睦しんぼくを兼ねて夕食を共にすることになった。同年代の人達と食事なんていつ以来だろう…成人なのだからとクライブからお酒を勧められたが、丁重に断ると、あからさまに不機嫌になった。ラシャールからは「根はいい人なんどけど…ごめんね」と謝られた。


支払い時には予想よりも金額が上がってしまい、彼らの持ち金を払ってしまうと寝るところにも困るとの事だったので、アオイをなだめながら僕らが払うことにした。店を出る頃にはすっかり日が落ちていてアオイの言う通り昼間とは違った雰囲気があった。


「マコト、少し人が良すぎるんじゃない?」


宿も戻るなりアオイからの不満が出た。


「でも彼らだって寝る所がないと困るじゃないか。それに…」


「何かあるの?」


「同年代と食事なんて余り経験がなかったから、少し嬉しくて…だから…」


「そのお礼って事?それだと良いように使われるわよ?私が言うことじゃないけど信用しすぎないでね」


「そう…だね」



意外とビックリしたのが魔法を使う時は触媒しょくばいを使う事や詠唱えいしょうが必要な事だった。アオイや僕のようにイメージをそのまま魔法として使うのは、この世界でも数える程しかいない事、それがバレたらもの凄い騒ぎになるから控えて欲しいという事は、そのやり方を覚えなければならない、そしてその時間はほぼない…



夜明け間近までアオイからの特訓を経て、頭がパンクしそうだったが一応の合格を貰い彼らとの待ち合わせ場所へと向かった。

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