第十八話 強者の余裕

夜空を見上げると、赤と緑の月が眩しいほどに輝いていた。いや、月なのかどうかはわからないけども…向こうで一瞬見えたのは、やはりこの世界の風景だったんだ。彼女の言う通り遅かれ早かれこの世界に来ていたんだと思うと本当に一人じゃなくて良かったと痛感する。


「星、綺麗だね」


「うん。向こうじゃ見れないからね、ダリオさんは?」


「寝ちゃったみたい。マコトも少し休んだら?」


荷台に乗っていただけなのでそれ程疲れていないし、戦ってもいないから体力が有り余っているのがわかる。


「まだ眠くないから、アオイが先休んでよ。それまでは僕が見張っているから」


「私もそれ程疲れてないから…じゃぁ一緒に見張ってよ?」


前々から思っていたことだけど彼女は僕の前では絶対に休もうとしない。僕が信用ならないって言うのもあるんだろうけど、それだけじゃないような気がする。


「気を悪くしたらゴメンね。どうしてアオイは僕の前だと休まないの?」


素朴な疑問をぶつけてみた。彼女は黙って俯いたまま話す気配がない…


「アオイが教えてくれ事はちゃんと覚えてる。休めるうちは休まないと、いざという時に上手く動けないって…だから、今はまだアオイに頼ってばかりだけど君に不調があったらと思うと…」


「だ、大丈夫だよ、ほら、私は元気だけが取り柄だからさ」


そう言っておどけて見せているけど嘘だって言うのは分る。言いたくないのか、言えない理由があるのかそれでも恋人の心配をするのは悪いことじゃないと思う。


「もしかして、それも「今は言えない」のかな?」


「そう…だね。それを言う時があるのなら…きっとマコトが私を見限るとき…かな」


何となくだけど、理解できた気がする。そうでない事を祈りたいが彼女の反応を見る限りきっと…


「そんな時が来るなんて思いたくないなぁ…やっぱり先に休ませてもらうね、交代の時間になったら起こしてね」


「うん…そうする」


ダリオさんが荷台で休んでいるから、邪魔をしないように御者台に横になった。足が出てしまうけど今は気にならない。満天の星空を眺めていると徐々に瞼が重くなっていき、次に目が覚めた時には日が昇り始めていた。




起き上がって荷台を見るとダリオさんはまだ眠っているようだった。彼女は馬への食事と水を与えているところだった。


「おはよう、ごめんね任せっきりで」


「おはよう。いいのよ好きでやっているんだから」


アオイの顔色は悪くない。起き続けている訳でもないようで目の下に隈なんかもない。いつもの綺麗な表情をしている。ダリオさんを起こし朝食をとると、再度交易都市へ向けて出発を再開した。



暫く進むと急に左腕につけていた腕輪から振動があった。探査系の魔法が込められておりモンスターか何かが近づいてきているのを知らせてくれた。


「アオイ、何かが来る。腕輪が教えてくれた」


「わかった。ダリオさん馬車を止めて。マコト、方向はわかる?」


振動を感じることに集中すると、右前方に振動が発生している。


「右前方森の中、モンスターかな?」


「待ってね…私も探ってみる…残念だけどモンスターじゃないわ、数が多すぎる。山賊なんかの類でしょ」


ヒィッとダリオさんが小さな悲鳴を上げ、荷台に隠れているように言うと彼女が前方、僕が後方を守る。正直対人戦闘なんてやりたくもないが、降りかかる火の粉は払わなけばならない。今は日本にいるんじゃないんだ。ダリオさんを交易都市に送り届けるという仕事があるんだ。



「おい!そこの馬車積んでいるモノを置いて行けば命は取らねぇから言う通りにしろ!」


そう言って現れたのは、10人ほどの集団、全員が武器や防具で武装しておりリーダーと思しき人物が前に進み出た。


「なんだなんだ?久方ぶりの獲物は女付きか!ほほぅ…黒髪は珍しいがいい女じゃねぇか。ちと若すぎる気もするが、売っぱらえば…いやそれはもったいねぇか」


「何だよ、お頭の後じゃ楽しめねぇよ」


「いや、あれだけのいい女だ、後でもいいから回してくれよ」


随分と勝ち誇ったように言いたいことを言っているけど…あれ?何で僕はこんなに冷静にしていられるんだ?彼女が矢面やおもてに立っているから?彼女に絶対の信頼を置いているから?向こうで10人もの人にすごまれたら怖くて動けないはずなのに…


「マ、マコトさん。大丈夫なんでしょうか?相手は相当な数がいますよ?アオイさん一人で…」


ダリオさんが小声で聞いてきたが不思議と僕は落ち着いて答える事が出来た。


「心配ありませんよ。お任せください」


自分でもびっくりするぐらい冷静に物事を捉えている。負ける筈がないという絶対の自信、油断や慢心じゃない。


「伏兵がいないか調べます…サーチ」


目を伏せ、集中すると判る。前方に大きな力を感じる。これはアオイ、そのさらに前方に小さいながらも11人の小さな力、これが山賊たち。僕のすぐ近くにさらに小さな力、これはダリオさん。更に範囲を広げると山賊たちの後方、障害物の影に一人…恐らく不意打ち要員。他には…ない。


成程。注意を集めて不意打ちがあるからの余裕なのか。遠距離からの攻撃は弓か魔法、ならばエルフの里で見た結界で馬車ごと覆ってしまえばいい。


「ダリオさん、荷台から動かないでください。シールド」


念のため2重に結界を掛け彼女の横に並び立つ。


「アオイ、後方に一人いるよ。不意打ちには気を付けて」


「じゃ、そっちは任せてもいい?」


僕は首を振る。


「大丈夫、一人で出来る」


「そう、なら任せるわ。ダリオさんは…結界ね…見せてもらうわ。貴方の力」


彼女と場所を入れ替わると、それが気に入らないのか山賊たちからの馬鹿にしたような挑発が続く。


「おいおい、今度はガキの登場か?男にゃ用はねぇんだよ!殺されたくなきゃ、すっこんでろ!」


「格好いいな坊主!彼女を守るってか?いいねいいね、こいつは殺すなよ、こいつの前であの女を痛めつけて…」


狙うは山賊たちの後方へ手を翳す。速さを重視しろ、威力は要らない、僕の適正は何だ火、雷…風!


「貫け…ソニック・アロー」


耳をつんざく音がしたと同時に後方の障害物ごと吹き飛ばす。唖然とした山賊たちの中でリーダーらしき男がいち早く我に返った。


「クソッ魔法使いか!接近戦だ!近づいてぶっ殺せ!」


山賊たちは一気呵成に突撃してくるが、遅い…アオイならもっと速い。集団を相手するなら正面からじゃなくて…翳した手を上から振り下ろす。


「落ちろ…招雷しょうらいさん!」


一筋の稲妻は山賊たちの頭上で散開しそれぞれに落ちていく。威力も抑えてあるし、痺れて動けない程度の威力しかない。アオイがこちらに歩いて来て腕を上げる。僕もそれに倣い手を打ち鳴らした。

結界を解き荷物あったロープで一人一人を縛り上げると武器を回収し先を進む。思わぬ対人戦闘となってしまったが不思議と冷静でいられることには驚いていた。



「いやーそれにしてもマコトさんの魔法、凄かったですね!私は魔法などは分りませんが詠唱破棄えいしょうはきでしたっけ?高度な技術なのでしょう?本当に凄かったです!良いものを見せて頂きました」


道中ダリオさんからの賞賛しょうさんの言葉が続くがめられる事に慣れていないので何だかむずがゆい。


「師匠が優れていますから。この位はしないと師の面子が立ちませんよ」


「ほぅ…それはそれは。失礼でなければ、そのお師匠様というのは?」


「アオイです。僕は彼女から生きるすべを学んだんです」



そうして日が沈みかけ、キャンプの準備をし夕食を取るとダリオさんはそうそうに眠りについた。


「今日はお疲れ様。ダリオさんじゃないけど本当に凄かったわ」


「ありがとう。なんでかな?戦闘だって言うのに凄く冷静に物事が見れたんだ。だからじゃないかな?」


「マコトって集中力が凄いんじゃない?ほら武器屋でもそうだったし、何かに集中するとそれ以外が見えなくなるって言うか…でも周りも見えていたしね…」


そうなんだろうか?いや、きっと違う。


「アオイが言っていたじゃないか。君の強さはこの世界でも上位だって、そんな君と模擬戦までしたんだ。きっとそういったことの積み重ねが今回の結果になったんじゃないかな?」


「そうだと鍛えた甲斐もあったっていうものね、今日は先に休むといいわ。疲れたでしょ?」


「そうだね…悪いけどそうさせてもらうよ。おやすみ…」


………


……



マコトが休むと、一人で焚火を絶やすことのないように薪をくべていく。改めて今日の戦闘では彼の凄さが身に染みて理解できた。マコトは自己評価が恐ろしく低い、私との模擬戦の積み重ねと言っていたがそう簡単に身につくものじゃない。


彼は今、物凄い速度で成長している。進学校でトップクラスになるほどの勤勉さ、集中力、これらは元々持っていたモノだったのだろうが、この世界に来てそれらの才能が一気に開花したとしか考えられない。

それらに加え吸収力の高さ、応用が出来る対応力。恐らくだが未だ発展途上だと感じる。


「隣に並んで歩くどころか、置いて行かれそう…」


私の方が自信を無くしそうだ。マコトがもっと力をつけて私の目的を知ったら?それなら今のうちに?そう考えだすと嫌気がさす。


「………結局マコトを利用することしか考えてないんだもの、愛想をつかされても仕方ないか…」

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