第十七話 ある従者の憂鬱
交易都市・クラリは帝国領内にありその大きさは帝国内でも一二を争う大きな都市である。交易と冠する都市なだけあって、人が多く行きかい商才を磨くものが多い。その次に多いのが冒険者の存在。彼らはこの都市を訪れる商人の護衛、この都市から離れる者の護衛、近隣のモンスター討伐等この都市で冒険者となれば仕事に事欠かない。
その冒険者を纏め、管理するのが冒険者ギルド「レスト」、そのギルドの応接室に座る男女がいた。
男はギルドマスターのビガン。40代前半とは思えない程の白髪、過去に冒険者として名を馳せたとは思えないふくよかな体格。ギルドマスターが着る正装も彼のサイズに合わせた特注品。地位と権力に魅せられ過去の栄光をかなぐり捨て今の地位にいた。
女の名前はアーシャ・カミンズ、城壁都市の前ギルド「エルドラド」の副マスターにして聖神王庁のトップである神王の側近。その彼女から無言でビガン宛の書類を渡す。
「いやぁこの所暑くて仕方ありませんなぁ…ところでこれは…」
「聖神王庁より神王様の勅命です。無駄な話は結構ですから目を通しなさい」
ビガンは内心悪態をつきながら書類に目を通す。その内容を読んでいる内に様々な所についた
「こ、こんな横暴あってたまるか!要はお前の犬になれという事ではないか!ふざけるな!」
肥えた体はより多くの空気を必要とし、口と鼻両方からすごい勢いで吸っては吐くの繰り返しをすればフゥ~ッフゥ~ッと聞くに
「どこに不満が?貴方は今まで通りにその地位にいれば良い。あくまで私は貴方の補佐をするというのです。私の命令には絶対順守という事さえ守ってもらえれば今まで通りで結構なのに?」
「それが不満だというのだ!何故貴様のような女の言う事に従わねばならんのだ!この都市の治安はギルドが管理しているのだ!」
アーシャは大きく息をはき首を振り、掛けていた眼鏡の位置をただす。
「管理?管理と言いましたか?
ビガンは大慌てで書類を読み返すと、確かにアーシャの言う通りの事が書いてあった。序文しか読んでいなかった為それ以降の文字が入ってこなかったが、納得が出来ない。裁かれこともなく見逃され、シスターまで…どう考えても怪しい。
冒険者としての感は、とうに失ってしまったが、甘い言葉には何かしらの裏があることだけは覚えていた。
「一体何を考えている…」
「貴方にそれを話す必要はありません。それで?答えは?従わないのなら裁きを受けて極刑で終わりですが
………
……
…
そうしてその日の内にギルド内の掲示板にマスターからの指令書が提示された。
・副マスターの設置とギルド内業務は全て副マスターの一括管理とする事。
たった一文だけであったが冒険者たちはビガンの悪行がバレたのでは?暗殺されたのでは?と噂が絶えなかったが、その後精力的に働くアーシャの手腕、美貌、強さに全幅の信頼を置いた。ビガンの生存も確認されたが、あまり表に出て来なくなった為女性冒険者からのアーシャへの信頼度は非常に高いものとなった。
そんなある日、ギルド受付員のリース・ライアーは所定の資料を両手で抱え執務室前で立ち往生していた。ノックはしたいが両手は塞がっている。足でノックなんて失礼な真似は出来ない。床に下ろせば持ち上げるのに一苦労する。どうしたものかと迷っていると後ろから声を掛けられた。
「貴女は…受付を担当しているリースさん…よね?わざわざそんなに沢山を一度に運ぶ必要はないのに…誰かに手伝ってもらおうとは思わなかったの?」
クスクスと笑いながら執務室の扉を開いたのは敏腕で有名となったアーシャその人であった。
「え、いや、すみません。今は人も少なくて…それで…」
「ごめんなさい。怒っている訳ではないの。ご苦労様、そうだ、南方の商人から珍しい飲み物が手に入ったのよ良かったから飲んでいかない?」
資料の半分を持ちテーブルに置くと、リースを座らせ保冷庫から黄色の液体を取り出した。
「いえ。今は人も少ないのですぐ戻らないと…」
そう言って席を立とうとするリースを止めると
「ちょっとくらい平気よ、頑張ってくれたご
そう言って悪戯っぽく笑うアーシャは冒険者だけではなくギルド内で働く全ての人に人気があった。偉ぶる訳でもなく
「これはリモチというんだって。酸味が強いけどこうやって薄めるか甘みを足すと…さ、飲んでみて」
「じゃぁ…頂きます…ん!美味しい!」
「でしょ?口に入れた瞬間は酸味が強いけど、飲み込んでしまえばスッキリとした後味で疲れた時に飲むともう…最高なのよ」
話すまでは取っ付きにくい印象を受けるが、話してしまえば女性には同じ女性として、冒険者にはその強さからくる経験で一気に距離が近くなる。そうなれば日頃言えない事や冒険者ならではの裏話などアーシャはあっという間に交易都市で有益な情報を多数手に入れる事が出来た。
誰も居なくなった執務室で資料に目を通していると、ガタンッと本棚が横に移動し、そこから半裸のビガンが汗まみれで現れた。アーシャは不快感を表し席を立ち窓を開けた。立ち込めてきた異様な匂いを部屋に残さない為だ。
「ビガン、隠し通路からは出ないように厳命したはずですが?貴方の脳はそんな初歩的な事も出来ないのですか?」
「へへ…すいません、どうもこちらの方が浴槽に近いもので…」
全く悪びれた様子もなく部屋を出ていった。副マスターとなってから執務室内に作った隠し部屋は専らビガンの趣味の部屋となっており彼は日がな一日、その部屋に籠っている。中で何が行われているのは容易に想像がつく。ギルド専属のシスターは配置されてからほぼその姿を見ないとなれば、…そういう事だ。
城壁都市に比べれば格段に仕事はしやすい。金や女で懐柔できるのであれば基本裏切りはしない。より多くの金、女を希望するからだ。カインのようにそう言ったものに
「どうも、ビガンを見ると気分が優れませんね…さっさと殺してしまえば…ですがそれだと…」
権力を振るい、暴力を行使し、女性をモノとしてしか見ないあの目、その全てがアーシャの古い記憶を呼び覚ます。もう無力な自分じゃない、冒険者や権力者とでも渡り合える力を手に入れた。仕事とはいえビガンの顔を見るだけでも吐き気がする。…だが、今は自分も同じだと考えると気分は優れない。
無造作に執務室の扉が開きアーシャの嫌悪対象者が姿を現した。
「アーシャさん、すいませんがそろそろ代わりを…もう使えなくなってきましたんで…」
「配置されてからまだ数日です。そんなに変えられる筈が無いでしょう?もう少し大事に…いえ、さっさと消えなさい。
ビカンが姿を消すと、窓辺に立ちリモチを口にする。時間が経ってしまったせいかひどく温くて味がしない。
「こんなに気分が優れないときは…いえ、私が口にする事じゃないですよね…カインさん…」
執務室を後にしたアーシャは一人交易都市の教会に入っていく。夜中ともなれば祭祀もおらず邪魔されることなく祈りをささげる。捧げる相手は聖神王庁のトップでありアーシャの恩人でもあり、自分を暗闇から救い出してくれた人物…
「フィア様…」
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