第十六話 冒険者

「………昨日は少しはしゃぎ過ぎたかな…んーっ、よく寝た…」


大きく腕を伸ばすと全身に血が巡り徐々に頭が冴えてくる。起きようと思えば起きれるのだが、何だかまだ寝転がっていたい気分だ。


「おはよ、ぐっすり眠れたみたいだね?」


「うん。なんで…だ…えええええええ!」


横からの声に答えると同時に一瞬で目が覚めた。何で彼女が僕の横に?慌てて飛び起きると彼女はクスクスと笑いながら上半身を起こすと…シーツ落ち彼女の体をあらわにする。


「ア…アオイ!服!着てない!」


僕は後ろを向きしゃがみながら顔を両手で隠す。え?は?何が起きた?程よく大きな…いや大きさなんてわからないけども!バッチリと目に焼き付いて離れない。


「少し悪戯が過ぎたかな?ゴメンね?もう服を着たからこっちを向いてもいいよ」


そうは言われても見るに見られない、だって…恥ずかしいじゃないか。…いや恥ずかしいのは僕か?彼女だろ!でも恥ずかしがっていなかったような、見られることに慣れている?もしそうなら…いやそんな事じゃない!恐る恐る振り返ると宣言通り、すでに服を着ており装備品を身に着けていた。


「まだ心臓がバクバクいってる…あんまり驚かさないでよ」


彼女が洗面所へ向かうのを確認してから僕も装備品を整える。ベットに目を移すと先程まで半裸の彼女がいたと思うと…しばらくベットは見ないでおこう。


「マコトも顔洗ってきたら?」


「うん。そうする…」


彼女とすれ違うと…


「見たでしょ?私の、おっ…」


一気に顔が赤くなり、慌てて洗面所の扉を閉めた。


大きく息をはき、改めて洗面所に設置してある装置を見る。向こうのように捻れば水が出るような蛇口は無く、六角形の魔石が埋め込まれている。中心には青い円がユラユラと揺れておりこれに魔力を込めると一定数の水が出る。魔石の形は一定で中心に現れる円で火や水等の用途によって使い分けられる。


顔を洗い洗面所を出ると彼女が「簡単なものだけど」とパンとシチューを用意して待っていてくれた。

どうやら宿屋では朝食は部屋で食べるのが一般的で、下の階で用意されているモノを部屋に運んで食べるみたいだ。シチューは何だか懐かしい味がするが、パンは異様に硬い…


「パンは切ってシチューにつけてしばらくしてから柔らかくなったら食べるのよ」


「できれば先に言って欲しかったよ」


「ナイフがあるのわからなかった?」


「わかっていたけど…」


朝食を終え、一息ついていると彼女から話し出した。


「これからだけど、交易都市へ行って冒険者として登録をして生活資金と情報を集めたいの」


「情報ってアオイの目的の為だよね」


そう言うと彼女はうなずく。アオイにはやらなきゃならない事があり、それは転生して向こうの世界で17年生きても忘れる事がないほどに大事な目的。でも…それを言うと僕に嫌われるとも言っていた。いつかは話してくれるとも言っていたし、今は聞かないでおこう…。


「で、早速交易都市へ向かいたいんだけど…」


「うん。僕は特に…あ」


「どうしたの?何か必要なものあった?」


「いや…そうじゃないんだけど…」


ハッキリと言わない僕を不審に思いながらも彼女は続ける。


「どうしたの?ハッキリ言えばいいのに…まさか朝の事気にしてるの?」


「違うよ!いや違わないけど…武器屋に行ってみたい…と…思って」


成程といった具合で手を叩くと、「男の子だもんね~」とまた子ども扱いをする。むくれる僕を宥めながら宿屋を出て武器屋に向かうが元々持っている装備品は強力なもので買い替える必要がないようだ、そうではなく実際に見てみたいのだ。



「ここが…武器屋…」


「そう。そんなに目を輝かせないの、急ぐわけでもないけど、あまりのんびりは出来ないからね」


「うん」


そう言って扉を開けると、目の前に飛び込んできたのは剣や弓、斧、槍、短剣、杖、と言った漫画でしか見た事のない武器が種別ごとに綺麗に陳列ちんれつされていた。


「うわ~凄い、これが…武器屋」


「いらっしゃい、新人か?」


「そうでもないけど、彼はちょっと…ね」


そんな会話が後ろで行われているのも気付かないほど夢中になっていた。


「マコト、そろそろ行くわよ。買いもしないのにあまり長居するのは失礼よ?」


「え?まだ来たばかりじゃ…」


「もう、1時間以上は見てるわよ?」


「え?そんなに?」


店主さんらしき大柄で革製の前掛けをした50代くらいの人が苦笑いで僕を見ていた。


「す、すみません。すぐに出ますので…」


「悪かったわね、長居してしまってお詫びじゃないけど、そこの腕輪を貰うわ。マジックアイテムでしょ?」


「よく判ったな。感知の魔法が付与されているから不意打ちなんかも防げる代物だ、けど高いぜ?嬢ちゃんたちに買えるか?銀貨350枚だ」


確か、道具屋で魔石を還金したときは銀貨10枚に銅貨8枚、宿代が2人で銀貨2枚だから…いや無理じゃん。

超がつくほどの高級品だよ…


「感知系が使えてその値段…妥当ね。おつりは要らないから」


そう言って店主にさんに向かってコインを弾く。綺麗なを描いて店主さんの手に収まる。


「おいおいおい、これって純金貨じゃねぇか!いいのかよ?これ1枚でこの店の最高品を買ったって余裕が出来るくらいなのに…」


「いいのよ。それじゃありがとね。オジサマ」


「長居をしてすみませんでした。失礼します」


そう言って店を出ると腕輪を僕につけてくれた。純金貨?そんなの持っていたっけ?ん?確か価値の低い順に銅、銀、金、白金、純金じゃなかったっけ?一気に顔が青ざめた。


「ご、ごめん。高価なお金を使わせちゃって、つい夢中になっちゃったけど、本当にごめん」


僕はひたすら彼女に謝り倒すが彼女は笑って


「いいの、だってこれが私の値段らしいから」


そう言うと先程の純金貨を数枚取り出した。値段?ってまさか


「わかった?あの変なヤツが投げて寄越よこしたモノよ。使わないと悪いでしょ?」


「いや、それは…使っていいモノなの?」


「私の価値・・・・よ?私が使い方を決めても文句はないでしょ?純金貨は大きな買い物をするとき以外は滅多に出回らないから、使ってもお店の人が逆に困るのよ」


そうかもしれないけど…しっかりしていると言うか、ちゃっかりしてると言うか、何ともたくましい…交易都市へは寄り合いの馬車等を利用するのが一般的らしいが、徒歩で行けなくもない…凄まじい日数が掛かるのを覚悟できればの話だ。ただ、寄り合い馬車を利用するにも費用が掛かる。


払えない金額ではないが支払いに純金貨を使うわけにも行かない。両替を提案してみたが純金貨を扱える店は交易都市や城塞都市と呼ばれる大きな場所でないとできないらしい。


「アオイ、文句じゃないんだけど歩いて行くなんて言わないよね?」


「それでもいいけど、嫌でしょ?顔に書いてある」


おっしゃる通りだ。移動の魔法もあるが、それを使うには移動する全員が目的地を認識している必要があるから今の僕らには使えない。となれば資金を作るしか方法は無いが…移動をしながら考えていると彼女がある場所を指さす。


「マコト、あの人…」


見てみると、酒場の前でウロウロとしている男性がいた。酒場を覗き込んだり入ってはものの数分で出てきたりと見るからに挙動不審だ。だが、彼の近くにはほろ付きの馬車がある。


「こんにちは。どうかしたの?」


いつの間にか彼女は男性に声を掛けていた。


「あなた方は…冒険者の方ですか?」


「今は…違うかな。登録もしてないから。何か困りごと?」


「ええ…実は…」


彼が言うには交易都市への道中の警護をギルドに依頼したが、請け負ってくれる冒険者が未だ戻らないという。先約に時間が掛かっているみたいだが彼も彼で出来れば急ぎ出発をしたい。その為ギルドの受付も兼ねている酒場の周辺をウロウロしていたのだという。


「ねぇ、私たちを雇わない?私たちも交易都市へ行きたいんだけど、先立つものが無くてね…依頼料はどのくらい出してるの?」


「ギルドへは達成報酬で銀貨120枚です。相場よりは安いですが道中の食事もこちらで受け持ちますから妥当かと思ったのですが…」


「なら半額で良いわ。達成報酬で銀貨60枚、食事は頂くけどね?私たちも出来ればすぐに出発したいし私も彼も戦いには自信があるから、身の安全は保障するわよ?」


「おお!それならば是非お願いします。私は早速ギルドへ依頼の取り消しをしてきます。少しお待ちください」


彼はすぐさまギルドへ向かっていった。


「アオイ、良かったの?半額って思い切ったね?」


「こっちには純金貨があるし交易都市に行けば両替も出来る。タダでも良いんだけど、そうなると怪しいじゃない?」


成程。只より高い物はないというやつか。


「ところで、僕は戦いに自信ないんだけど…」


「規格外の力を持つあなたが何を言ってるの?頼りにしてるわよ」


「頑張るよ…」


暫くすると彼がギルドから出てきた。不安ごとが解消されたのかその表情は明るい。


「ギルドへは取り消しをしました。取消料がかかりましたけど、あなた方が半額で請け負ってくれたのですから大した出費じゃありません…っとこれは失礼。改めて私は交易都市で商人をしているダリオ・ビアンキと言います。よろしくお願いします」


「ええ。私はアオイ・カミサカよ。こちらはマコト・オサベ。私たちこそよろしくお願いするわ」


そう言ってそれぞれ握手を交わし出発する。御者台にはダリオさんが、ホロの中に僕らが乗る。いざという時は…あまりそういう事が起きないでほしいな。


「お二人は珍しい名前をしていますね、失礼ですがご出身は?」


まさか異世界の日本から来ましたなんて言えるはずもない。どうもこういう言葉の駆け引きは僕には難しい。


「東の果て、小さな島国よ。私たちの国では一般的な名前だけどね」


「成程、極東の話は聞いたことがあります。生活様式から食べ物、衣類や住居などあらゆる事が違うらしいですね、そういえば昔勇者パーティーに…」


「その話は聞きたくないわ。お互い良い関係で交易都市へ向かいましょう、ダリオさん」


途中でさえぎられたダリオさんも僕も、余りの彼女の変貌へんぼうぶりに声も出なかった。


「そ、そうですね…安全は保障して下さるのですよね?」


「ええ、雑談程度あれば喜んで答えるわ」



そこからは無言の空間が続いた。そういえば彼女は以前のこの世界の事を話したがらない。そりゃ死んでしまった事を思い出す事は辛いことだとは思う。エルフの里で見た勇者の肖像画、ダリオさんから出た勇者パーティーという言葉。もしかしたら彼女の死因はその勇者に関係しているのではないだろうか…

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