第十三話 規格外

エルフのおさ、そう聞けば誰だって年配者を想像するだろう。実際に見てみれば20代前半?後半?とにかく想像以上に若い人でビックリした。カミルさんがその横に立つがよく似ている。


成程こうやって見ればカミルさんの方が背が高く、体つきも一回り大きい。顔つきはどちらも美形でうらやましい限りだ。少し高い位置に座るのは位の高い人なら当たり前か…


「よく来てくれた。私はこの里のおさをしているロミナという。どうも慣れないゆえ、こちらの世界の言い方で許してくれ。アオイ・カミサカ、マコト・オサベ二人の来訪を歓迎しよう」


すごく綺麗な声…袖を引っ張られる感覚に我に戻ると神坂さんは頭を下げていた…慌てて僕もそれに倣う。


「早速で悪いが、アオイからおおよその経緯は聞いている。すまないがマコトよこちらへ」


「ほら、近くまで行って。大丈夫すぐに終わるから」

「でも…作法とか知らないので失礼になったら…」

「さっきも言ってたでしょ?経緯は聞いてるって、マコトがそういうのに慣れてないって知ってるから安心して」


そうまで言われるとなかなか行動に移さないのも失礼に当たるのか…こちらへと言われてもどの程度近づけばいいんだろ?目の前って言うのは無いにしろ段を上がるべきか?いやそれはそれで失礼に当たる気がする。取り敢えずカミルさんの表情を伺いながら近づくと


「マコト、そこで良い。膝をつく必要はないから気持ちを楽にな」


カミルさんからの指示があって良かった…。僕が止まるのを見ると今度はロミナさんが席を立ちゆっくりと段を降りてくる。座っている姿もそうだが立っている姿もとても絵になる。現実感がない。


「フフッそう緊張しなくてもよい。少し調べさせてもらうだけだ。…と言ってもその顔を見る限り、それも無理そうだ…そうだな、少し質問をするからそれに答えてほしい。そうしている間に終わる」


そう言うと僕の額の前に手をかざす。淡い緑色の光をじっと見ているが緊張は収まらない。


「マコトの世界…ニホンといったか?争いは多いのか?」

「特段そう言った事はありません。世界でも安全な国という認識です。ですが…」

「多かれ少なかれそう言った事もある…か。そんな平和な国で争いごとにも無縁なお前が何故カミルを助けた?エルフやモンスターなどもいないのだろう?」

「判りません…襲われているように見えて、助けなきゃって思ったら体が勝手に…」


ロミナさんは優しく微笑むと最後に…と言った。


「もし今、その二ホンに帰れるとしたら帰りたいか?」

「え!?」


今何といった?帰れたら?じゃぁ帰る方法があるのか?帰れる…日本に、あの世界に…


「…わ…わかりません」


僕の答えが意外だったのか、ほぅ…とだけ言い僕の言葉の続きを待っているようだった。


「帰る道を選択しても、きっと彼女の事が気になって、そうしなきゃ良かったと後悔すると思います。でも、帰らない選択をして二度と帰れないと判れば、それでも後悔すると思います。なので…わからないです」


どうしてだろう、つい先日までは帰れるものなら帰りたいと願っていた筈なのに…神坂さんがいるから?離れたくないから?…恐らく僕はこちらの世界の方が居心地がいいと思っているんだ。帰れれば繋ぐリンカーの力もなくなるだろうから、以前のようにはならないだろう…でも向こうの世界での事態を好転させられるとも思わない。「もう一歩踏み出す」彼女から言われた一言は事実だ。僕にはそれが出来なかった…だから…



「そうか、わからない、か。その答えはマコトにしかわからぬよ。申し訳ないが帰れるというのは仮の話だ。今すぐにどうこうなるものでもない。期待させて悪かった」


「いえ…大丈夫です」


なんだか少し安心してしまった。答えを先延ばしできたみたいで…それも当分先に。


「さて、アオイよ依頼通りマコトの能力チカラを調べさせてもらった。はっきり言えば…規格外。流石幼少のころから魔力を吸収しているだけの事はある。その許容量で言えば世界でもそうそういないだろう。勿論、アオイや私、カミルと比べるまでもない」


「やっぱり…今の状態は?」


「巨大な湖が干上がり、そこに僅かばかりの雨が降った程度。言ってしまえば無いのと同義だ。やはり繋ぐリンカーというのは規格外の猛者ばかりという事か」


魔力?吸収?規格外?何が何だかわからない。でも気になることを言っていた。「繋ぐリンカーというのは規格外の猛者ばかり」まるで僕以外にもいるみたいな言い方だよな…思い切って疑問をぶつけてみた。


「あの…聞いてもいいですか?」


「聞こう」


「今の言い方ですと僕以外にも繋ぐリンカーがいるみたいな言い方でしたけど、そうなんですか?」


一瞬にして空気が変わったのがわかった。聞いたら不味いことだった…?


「その質問には私が答えるわ。でも後でね?最後にロミナ様、彼の適正は?」


「うむ…アオイの見立て通り武具の扱いよりは魔法に力を入れれば効果は大きいだろう。だが…今のままでは…な」


「そうですか…ありがとうございました。それでは私たちはこれで…マコト、行くよ」


「え?は…はい。ありがとうございました」


ロミナさん、カミルさんい頭を下げ、部屋を出ようとした時に再度声がかかった。


「マコト、エルフのおさとして今後の為になるかもしれない。一言だけ…あらがえ」


部屋の扉は音もなく閉まった。あらがう?何に?


「マコト、別邸を借りられたから今日はそこで休みましょうか?思う所もあるでしょうけどまずは移動しない?」


「わかりました」


おさの家を出て左に向かい少し歩くと、以前過ごしたログハウスを二回り程小さくしたような場所があった。彼女曰くエルフの里には部外者が来ることがまずない為宿屋のような場所もないという。その為、別邸とは聞こえがいいが要は空き家だ。ここに数日滞在する程度は問題ないらしい。


「色々疲れたでしょ?」


装備もそのままに長椅子に腰掛けると一気に疲れが来て、そのまま寝そべった。


「そうですね。わからない事が多すぎます。一時は全てが新鮮だとも思いましたが、話が複雑すぎて何が何だか、何から知っていけばいいのか…」


「そうだよね。私の時とは違って知らない事が不安だよね?差し当たって今大事なのは疲れを取ること、その為には何が必要?」


「休息じゃないですか?」


わかっていないと言わんばかりに首を振る。疲れを取るには休む以外にないと思うんだけど…


「疲れを取るにはお風呂でしょ?エルフの里には天然の温泉があるのよ!」


「え?温泉なんてあるんですか?」


まさか異世界にきて温泉に入れるなんて…以前のログハウスでは水源から水を運び、溜めそれを魔石で暖めるという云わば「かけ湯」であったが、そう聞くと行ってみたい気持ちになる。疲れた体に鞭を打つように起き上がり彼女の後についていく。そう言えばいつ以来かな…風呂に入るなんて。


道なりに歩いていくと直ぐに懐かしいような匂いが漂ってきた。


「ホントにあるんですね…温泉。しかも硫黄いおうの匂いじゃないですか、森の中の秘湯って感じで楽しみです」


「初めてじゃない?マコトがそんなにテンション高いのは。まぁ無理もないか、言っておくけど証は外さないでよ?それが無かったら裸で追い出されるから…」


それもそうか。それでも向こうの世界で見慣れたものがあると少なからずテンションも高くなる。幸い?当たり前だが、男女とは別れていて脱衣所で装備を外し服を脱ぐ。よく見てみれば風呂場全体が木製で出来ており少しお高い旅館の大浴場みたいだ。


「あぁ…生き返る…」


少し熱めのお湯は濁り湯みたいで効能とかはわからないがとにかく気持ちがいい…

じんわりと暖まってきて疲れが溶けていくようだ…

周りにはエルフも数人入っておりやはり温泉というのは全種族共通の癒しなのだろう。


「おや?マコトもここに来ていたのか、どうだエルフ自慢のかり湯は」


「カミルさん…えぇ…とても良いです。僕がいた世界でも温泉と言って似たようなものがあるんです。懐かしい気分になりました」


カミルさんは「そうか」とだけ言い僕の横に座り、そこからはお互い何も話さず温泉を満喫している。


ふと彼の方を見ると、やはりエルフは美形…というか美しいと感じてしまう。何というかなまめかしい…というか色っぽい。水分を含んでも真っすぐに伸びた金髪、つややかな唇、無駄のない二の腕、適度に割れた腹筋、スラっと伸びた長い脚。同じ男でもこうも違うのだ、これが女性だったら…


「どうした?何をジロジロと見ている何かついているのか?」


しまった…あまりにも絵になりすぎて凝視していたのがバレた…


「す…すみません。あまりにも、その、綺麗だったのでつい…見惚みとれてしまって…」


「ふむ。まぁエルフというのは他種族から見れば、そう映るのは知っているが我々にとっては些細ささいなことだが…成程なるほど。マコト、お前は何というか…順応性じゅんのうせいが高そうだ。どうだ?エルフの里に永住しないか?もちろん…私付きとして、可愛がってやるぞ?」


カミルさんの手が僕の頬に触れる…新緑のような深い緑色の瞳が僕を見つめる…水滴がついた顔は正に水も滴るいい男…肩をつかまれ抱き寄せられる。カミルさんの顔が僕のすぐ脇にあり息遣いが聞こえる…


「あ…あの…」


「エルフは耳がいい。あまり大きな声を出さないでくれ」


温泉の効果もあり、今まで以上に心臓の鼓動が速い。あれ?僕は?まさか…



「冗談だ」



「え?は?で…ですよね…冗談ですよね?びっくりした…」


カミルさんは微笑むと僕から顔を逸らし、もう一度息を吐いた。


「マコト、繋ぐ者よ。君はきっと大きな決断を迫られる時が来る。それは未来への前進か勇気ある後退か無謀への挑戦か…どんな決断をしたとしても、私は君を信じるし君なら成し遂げられると信じている」


僕はそんな大層な人間じゃない…何かを成し遂げられるのであれば、それきっと…


「カミルさんはどうして…」


「どうして、そう言い切るかって?君は平和な世界で戦いも知らず生きてきたと聞いた。そんな君が死ぬかもしれないのに私を助けてくれた。例えそれが君の意思じゃなく体が勝手に…と言ったとしても助けられた事実は変わらない。そして…私には成しえなかった事が君は出来る立場にいるのだから。エルフは長寿だ。生きた年数だけは君よりもはるかに長い。その年長者からの助言だ。マコト、君はもう少し自分を信じるべきだな」


そう言うと「お先に」と言いカミルさんは出て行った。その後すぐ僕も温泉から上がり四苦八苦しくはっくしながら装備を整え神坂さんと合流し家へ戻る道中カミルさんとの出来事を話すと、


「私もそう思う。マコトは自分で気づいていないだけ。きっかけは凄く簡単だけど、それに自ら気づく人の事を他人は何て呼ぶと思う?」


「何でしょうか…想像もできません」


「天才って言うのよ」

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