第十二話 エルフの里

…驚いた。マコトは頭が良い事はわかっていたが、あくまで知識として覚えている程度の認識だった。それがオークを単独で倒し攻略法も教えた通りにできている。知識を実践じっせん出来るというのは中々出来ることじゃない出来たとしても戦闘でそれが出来る人間は更に数が少ない。更に言うなら彼は命の危険がない世界で育って来たのに…


襲われていたエルフはオークが油断したところに魔法を使うつもりだったのは見ていればわかった。彼がどういう反応をするのか知りたくて見過ごすように言ったが、まさか制止も聞かず飛びたしていくとは思っていなかった。…だから少し心配だ。こんな事は日常的に起きている。奴隷制度だってあるし滅ぼされた村や町も一つや二つじゃない。それを彼が見たら?助けるのは構わない、でもその先は?全てを守るなんて無理な話だ。それをしたせいで私は…



「同じ女性として見過ごせないとか…なかったんですか?」


そうは言われてもそのエルフは男だし…


「それはないかな」


同じじゃないし。


カミルと名乗ったエルフは私達をエルフの里に案内してくると言う。里は結界で守られているので見つける事はできないと…知ってるんだけどね、場所は。ただそれを言うほど空気が読めなかったのは昔の話。そういった技能スキルは向こうでしっかりと覚えて来た。


カミルの横を歩く彼はカミルと話すたびに少し顔を赤らめていた。あれ?マコトって…そう思って彼の腕をつかんでそっと耳うちする。


「ねえ、カミルは男って言ってたよ?」

「そうですよ、どうしたんですか?カミルさんから色々とめられちゃって…」


ああ…彼は認められる事に慣れていないんだった…一瞬違う方向で考えてしまった。そうこう考えているうちに里の入り口に着いたようでカミルがふところからペンダントを取り出しかざすと目の前の風景がぼやけてエルフの里が見えた。…うん、ここは変わってないね。それに…確か…周りを探れば地面に刺さった剣が二本…これも変わってない、あの時のまま…



さて、エルフならば最初に族長に合わせるだろう。ここは私一人で行って彼に待ってもらわないと…女性のエルフに鼻の下を伸ばさないかは心配だけど…


「先ずは我らのおさに会ってもらいたい。助けて貰った礼もしたいので」

「それなら私が会うわ。マコトは…里の中を見せて貰ったら?外に出なければ自由で良いから」

「ならばこれを首からかけておくと良い。盟友めいゆうの証だ。これがある限り皆親切にしてくれるだろう」


そう言って証を首から下げキョロキョロとしながら里の中を見ている。これなら一時は安心かな?


「終わったら探しにいくから、行ってくるね」


………


……



それだけ言うと彼女はカミルさんと共におさかたへ挨拶をしに行ってしまった。まあ自由にしても良いのなら見て回ろうかな。向こうでは絶対に見られない風景だ。ツリーハウスのような物もあればウッドハウスのような作りの家もあり、軒先のきさきでは弓矢や短剣なんかも扱っている家…いや店かな?なんだか小さな商店街を連想させる。誰もが知り合いで助け合って生きている、そんな雰囲気だ。


「何より美形ばっかり…」


事実エルフは大人も子供も向こうでなら、即モデルや俳優としてスカウトされるであろう外見であった。見ているこっちも何だかにやけてしまう…これじゃ変質者だな…


十分に目の保養をしていると一軒のお店に並んでいる物に目がついた。これは…リンゴ?


「お!お前さんは人間だろ?ソイツが珍しいか?他種族が来るのは珍しいからな、いいぞ一個食ってみな」

「いや…でも僕お金を持っていないので…」

「変なヤツだな、ここの店主はオレだ。金なんていらねえよ、ほら食ってみろ」


試食的なヤツかな?でも…一個丸々の試食なんてあるのかな?好意に甘えて一口齧かじってみると…


「んまい!リンゴ?いやこの濃厚な甘みはバナナ?でかたさなんかはリンゴみたいだけど…」

「ん?なんだって?ソイツはトラットっていう果実だよ。この季節だと甘みが強くてうまいんだ、いい土産話みやげばなしができたな」

「はい、とても美味しかったです。ご親切にありがとうございます」

「いいって、その盟友めいゆうの証があるからな。それはおさかカミル様から貰ったんだろ?それがあるなら他種族であろうとエルフは皆親切にしてくれるさ、無くさないようにな」


敬称けいしょうで呼ばれるって事はカミルさんはおさの家系かな?でも、親切にして貰うってこんなに素敵な気分になれるんだ、向こうではなかったからな…そうしてエルフの里を満喫していると小さな小川を見つけそこで腰を下ろした。


「少し休憩しよう、神坂さんはまだかかるだろうし…でも良いところだな。エルフは優しいし…」


川の流れをただボーッと眺めていた。どこか現実とは受け入れられないのも事実だけど、色々な発見が出来たのは嬉しかった。どこへ行っても新鮮で何を学んでも面白かった。神坂さんも生まれ変わった時はそうだったのかな?そう考えていると後ろから頭を叩かれた。


「痛ッ」


振り返ると小さなエルフが泣きながら僕をにらんでいた。


「?僕が何かしちゃった?この場所は君のお気に入りだったのかな?」


言っても何も答えずただ涙を流しながら睨んでいる。というか言葉は大丈夫なはずだ。先程の果物を貰った時も会話は出来ていたし、文法も間違っていない…と思いたい。


「君が何故怒っているのかがわからないんだ。教えて貰えないかな?」

「…せ…かえ…せ…人間!お姉ちゃんを返せ!」


一層大きな涙を浮かべながら僕を叩いてくる。痛みよりも疑問が出た。お姉ちゃんを返せ?神坂さんの事?え?どういう事だ?


「ちょっと待って、僕はさっきここに来たばかりなんだ。君のいうお姉ちゃんって誰?」

「うるさい!返せ!人間!お姉ちゃんを返せ!」


ダメだ…会話にならないな…何処かに親とか居ないのかな…叩かれているのをそのままに辺りを見回すと親らしき女性がこちらに走ってくる。


「ミラ、おやめなさい。この人は…カミル様のお知り合いよ?申し訳ありません。どうかご容赦ようしゃください」


深々と頭を下げられるが、そんな大層な事はされていない。叩かれたと言っても痛くなかったし…


「いや…良いんですよ。失礼ですがお姉さんというのは…」


…聞くんじゃなかった。森で人間の罠にかかって連れて行かれたなんて信じられないし信じたくない。連れて行かれたエルフの行末なんて気分が悪くなる話だ。でもそれが事実だとあの親子の表情が物語っていた。僕はそんな人間の仲間だから…このあかしが無ければ、とっくに殺されていただろうな…そう考えると里の中にいる場所を見つけられず入り口まで戻ってきた。



まだ神坂さんがいるから相談できるし、間違った事をすれば怒ってもくれる。もし彼女の言う通り1人で転移してしまったら?きっと何も出来ず何もわからず死んでいたんだろうと思う。そう考えれば彼女がいてくれてどれだけ心強かった事だろう。散策という気分にもなれず入り口で待っていると彼女が小さく手を振りながら戻ってきてくれた。


「お待たせ…どうしたの?なんかあった?」

「うん…でも…」


僕が言いよどんでいると


「当ててあげよっか?エルフの子供に何か言われたんじゃない?そうね…家族を返せって」

「え!?見てたんですか?」

「そうじゃないよ。連れ去り《そういう事》は珍しくないよ。見た目がうるわしいエルフは特にね。信じられないって顔してる、でもね残念だけど事実なんだよ。マコトや私はあかしがあるからいいけど、そうじゃなかったら見向きもされないよ。それよりもマコト、おさがあって話がしたいって」


僕に?あぁ…人間だから悪さをするかどうかを確かめるのかな?そんなつもりは全くないけどおさに気にいられなかったら追い出されるのかな?また彼女に迷惑を掛けちゃうな…


「はい…わかりました」


それだけ言うと彼女の後についていく。少し奥まった場所に他とは違う二階建ての家があった。


「あの…僕は礼儀とかまだ知らないんですけど、大丈夫なんですか?」

「そんなにかしこまらなくても大丈夫。私たちが別の世界から来たって言ってあるから」


流石…と言うべきなんだろうか、彼女がどんな話をしていたかは知らないけど会わない訳にも行かないんだろうな…今更ながらこんなに気分が優れないのに影は見えてこない。もし見えたら…僕は帰れるんだろうか?来る前までは、あんなに楽しみにしていたエルフの里も今となっては早く出て行きたい気分だ。


けど…彼女の言葉を信じるならどこへ行っても、きっと同じなのだろう。彼女に促され玄関の戸を開けるとカミルさんが待っていてくれた。


「おや?顔色が優れないな。君がいた世界とは大きく違うのだから戸惑う事もあるだろう。君は…いや、これはおさから話すべきか…ついて来なさい」


「今はアレコレ考えても答えは出ないよ?さ、私たちも行こう」


僕は無言で頷くと二人の後についていく。里を代表する人の家だけあって家具や調度品なども景観にピッタリとあっている。そして何より驚いたのは階段踊り場にかけられた人物画だった。


今にも動き出しそうなリアルな描写、エルフと同じような髪色で成人…というより少女?僕らとそう変わらない年齢に見える。意志の強そうな眼差し、真一文字に結ばれた口元、剣を杖のようにして両手で持つ姿は髪色さえ違えど彼女によく似ている…


「その人はね?自分の力を過信して何でもできる、全てを救える、周りの声に一切耳を貸さず自分の考え、行動こそが正義だとそう考えて生きてきた人よ。…勇者なんて呼ばれていい気になった哀れな女の姿その勇者はどうなったと思う?」


「勇者なんですからゲームのように魔王を倒して英雄になったんじゃないですか?だからこそこんな風に飾られているんでしょう?」


「…現実はそうじゃない。その勇者は殺されたのよ、魔王相手でも戦いでもなんでもない…勇者の仲間たちによってね…だから、そうならない為にいましめの意味を込めて飾られているんだって…」



ー私はこの世界で生きて…そして死んだー

ーどうしてもやらなきゃならない事があるー



彼女は前にそう言った。それならこの勇者は…僕の彼女?


「まさかこれって…アオイさん?」


彼女は何も答えずカミルさんと共に部屋に入っていく。急ぎ僕も部屋に入る。



それなら彼女がこの世界で死んだ理由って…

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